「がきの頃から、母親に甘やかされて育ってきたんだろう。何でもかんでも思い通りになると思ってやがる。母親の居ないところで、手前ぇの力で生きるって事を覚えなくっちゃならねえんだ」。
まともな職にも就かず、穀潰しながら女房、子どもを得て、何ひとつ不自由のない暮らしが、芳太郎のような 偏執的な人格を作り出したのだ。
「して坂巻様。近付けたおなごとは、どちらの娘さんなんで」。
前に、何か思い付いた風な坂巻に、喜七が「まさか」と口を動かしたのが、平兵衛は気掛かりだった。
「なに、ちいとばかり知りええの娘さ。まあ娘っててもな」。
ぽりぽりとうなじを掻く坂巻。
「坂巻様の小者でございますか」。
「小者って言うか、そのな」。
旦那と、喜七が話を引き取った。
「坂巻の旦那の御同輩、八乙女平八郎様の御三男で友之進様と申されやす」。
「友之進様と、では男子でございますか」。
「これが滅法界、男前でやして、女に化けても天下一品でさあ」。
「はっ…」。
一向に腑に落ちない顔の平兵衛に、坂巻はこう告げた。
「本物の女に負けず劣らずで、胆も座って腕が立つと考げぇたらよ、友之進の面が浮かんだのよ」。
八乙女家は長男が家督を継ぎ、二男は与力の家に婿養子に入っている。後は十八歳の友之進の行く末だけだが、本人は至って飄々と暮らしており、かといって、その侭にしておくには惜しい逸材。
組屋敷も両家は近く、暇なのか坂巻が非番で、ごろりと横になっている頃を見計らったかのように現れるのだ。それだけならまだしも、坂巻の持ち場の自身番で待ち伏せをしている時もある。
「友之進様にしてみりゃあ、良い遊び相手なんでさ、坂巻の旦那は」。
目を細める喜七から、その友之進が坂巻に可愛がられている様子が目に浮かぶ。だが、待てよ。十八なら元服をしている筈。しかも武家の子息。幾ら見栄えが良くても、おなごに化けるのは些か難があると言うものである。
「それなら、心配ぇいりやせんぜ。友之進様は、月代を剃っちゃいられねえんで」。
喜七の言葉に、耳を疑う平兵衛。思わず聞き返していた。
「ああ。あいつは、月代を剃っちゃいねえのよ。何でも、元服の時に月代を剃った手前ぇを見て、男っぷりが下がったって泣いたそうでよ。それから、ずっと束髪にしてるのさ。とにかく変わった奴で、親も手を焼いてるのさ。なあ喜七」。
「へい。ですから、変わりもん同士。坂巻の旦那と気が合いなさる」。
「馬鹿言ってるんじゃねえ。俺は、友之進程ひょうたくれじゃねえぜ」。
ふんと、鼻を鳴らす坂巻に、そういったところもそっくりだ。だから可愛がっているのじゃないかと喜七。友之進の話をする二人が、妙に羨ましくなった平兵衛だった。
(お会いしたいものだ)。
「そんでよ三船屋。その今回の助けの礼に、友之進が三船屋の座敷に上がりてえって言うのよ」。
横鬢を掻きながら、申し訳なさそうに坂巻が切り出す。
「はい。その友之進様のお陰で、音江も安心して暮らせます。手前共から、是非ともご招待させて頂きとうございます」。
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まともな職にも就かず、穀潰しながら女房、子どもを得て、何ひとつ不自由のない暮らしが、芳太郎のような 偏執的な人格を作り出したのだ。
「して坂巻様。近付けたおなごとは、どちらの娘さんなんで」。
前に、何か思い付いた風な坂巻に、喜七が「まさか」と口を動かしたのが、平兵衛は気掛かりだった。
「なに、ちいとばかり知りええの娘さ。まあ娘っててもな」。
ぽりぽりとうなじを掻く坂巻。
「坂巻様の小者でございますか」。
「小者って言うか、そのな」。
旦那と、喜七が話を引き取った。
「坂巻の旦那の御同輩、八乙女平八郎様の御三男で友之進様と申されやす」。
「友之進様と、では男子でございますか」。
「これが滅法界、男前でやして、女に化けても天下一品でさあ」。
「はっ…」。
一向に腑に落ちない顔の平兵衛に、坂巻はこう告げた。
「本物の女に負けず劣らずで、胆も座って腕が立つと考げぇたらよ、友之進の面が浮かんだのよ」。
八乙女家は長男が家督を継ぎ、二男は与力の家に婿養子に入っている。後は十八歳の友之進の行く末だけだが、本人は至って飄々と暮らしており、かといって、その侭にしておくには惜しい逸材。
組屋敷も両家は近く、暇なのか坂巻が非番で、ごろりと横になっている頃を見計らったかのように現れるのだ。それだけならまだしも、坂巻の持ち場の自身番で待ち伏せをしている時もある。
「友之進様にしてみりゃあ、良い遊び相手なんでさ、坂巻の旦那は」。
目を細める喜七から、その友之進が坂巻に可愛がられている様子が目に浮かぶ。だが、待てよ。十八なら元服をしている筈。しかも武家の子息。幾ら見栄えが良くても、おなごに化けるのは些か難があると言うものである。
「それなら、心配ぇいりやせんぜ。友之進様は、月代を剃っちゃいられねえんで」。
喜七の言葉に、耳を疑う平兵衛。思わず聞き返していた。
「ああ。あいつは、月代を剃っちゃいねえのよ。何でも、元服の時に月代を剃った手前ぇを見て、男っぷりが下がったって泣いたそうでよ。それから、ずっと束髪にしてるのさ。とにかく変わった奴で、親も手を焼いてるのさ。なあ喜七」。
「へい。ですから、変わりもん同士。坂巻の旦那と気が合いなさる」。
「馬鹿言ってるんじゃねえ。俺は、友之進程ひょうたくれじゃねえぜ」。
ふんと、鼻を鳴らす坂巻に、そういったところもそっくりだ。だから可愛がっているのじゃないかと喜七。友之進の話をする二人が、妙に羨ましくなった平兵衛だった。
(お会いしたいものだ)。
「そんでよ三船屋。その今回の助けの礼に、友之進が三船屋の座敷に上がりてえって言うのよ」。
横鬢を掻きながら、申し訳なさそうに坂巻が切り出す。
「はい。その友之進様のお陰で、音江も安心して暮らせます。手前共から、是非ともご招待させて頂きとうございます」。
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