大江戸余話可笑白草紙

お江戸で繰り広げられる人間模様。不定期更新のフィクション小説集です。

一樹の陰一河の流れ~新撰組最後の局長 二十二

2011年07月05日 | 一樹の陰一河の流れ~新撰組最後の局長
 明治三年(1870)十一月。
 曇天の冬空はどこか物悲しい。最も流人の身。青い空よりもむしろ墨絵の様な海岸が己のこれからを物語っているかのようで似合いだと相馬主殿はそう感じていた。
 驚く程何もない港とも呼べない様な砂浜に降ろされた相馬が役人から引き渡されたのは、どう見ても温厚そうな一人の男である。
 流刑人用の獄舎もあるが、相馬は島の大工の棟梁・植村甚兵衛に預けられることになったのだった。住まいは甚兵衛宅の離れの隠居場である。
 相馬の部屋として宛てがわれた隠居場は、一間に土間があるだけの狭さだが、流人としては破格の待遇だろう。しかも、甚兵衛の二女・まつが相馬の世話をすると言うのだった。
 甚兵衛に促されて挨拶をするまつは二十歳を少し過ぎた頃であろうか匂う様な美しさの女性で、相馬は少したじろぐのであった。
 「お世話になります」。
 正座した相馬は深々と頭を垂れる。すると甚兵衛も、
 「こんな島のことで、何も構えませんが、お好きにお過ごしください」。
 そう言うではないか。蟄居を覚悟してた相馬には意外な言葉である。
 「わたしは、こちらで自由に過ごせるのでしょうか」。
 「はい。そう聞いてます。島抜けや悪さをしなければ後は構いません。それが流人です」。
 「ですが…」。
 寸の間黙り込んだ相馬に甚兵衛は、何か技術はないにかと尋ねる。何ぶん小さな島のこと、手に職のある流人は有り難がられるのである。
 「家は大工ですが、もし相馬様が大工仕事が出来ますれば、些少ながら賃金もお渡し出来ますが」。
 「植村殿、こちらに寺子屋などはあるのでございましょうか」。
 相馬は、武家の出である。読み書きなら教えることも出来ようと考えたのだ。
 「いや、島にはそのようなものはありません。読み書きなんぞ出来る者は限られています。」。
 甚兵衛は、島での暮らしに読み書きは必要とはされていないことを告げる。だが、相馬は、
 「いや、時代は大きく変わります。本土と島の交流も増えましょう。これからは読み書きや計算。学問がものを言う時代になります」。
 相馬は寺子屋の看板を掲げる許しを請うのだった。
 「ただ人が集まりますかな」。
 てっきり「剣術を教える」と言い出すと思っていた甚兵衛は、意外な思いで相馬を見るのだった。そのことを口にすると、
 「剣の時代は終わりました。わたしは再び刀を握るつもりはありませぬ故」。
 相馬は静かに言うと真っ直ぐな目で甚兵衛を見るのだった。

 相馬は、食事を運んでくれるまつに、「寺子屋の看板を作りたいのだが、どうすれば材料が手に入るのか」聞いてみた。
 するとまつもこれまた意外そうに、
 「寺子屋ですか。本当に学問を教えなさるのですか」。
 「はい。少しでも島の皆さんのお役に立てればと思います」。
 まつは父・甚兵衛から建材の木切れを貰い受けると、相馬に渡すのだった。
 「これは有り難い」。
 早々、相馬が寺子屋の文字を書くのを覗き込むまつ。
 「お上手ですね」。
 「まつさんは読み書きは習われましたか」。
 すると、まつは頬を赤らめ俯き、
 「おとっつあんが、女に学問はいらないと」。
 「そうですか。ならがわたしがお教えしましょう。文字が解れば本も読めます」。
 するとまつの顔が花のように輝くのだった。
 寺子屋の看板を上げても、新撰組の名は知れ渡り、その局長の相馬を恐れ、屋敷を遠巻きに覗き込むだけでまつ以外は誰も習おうとはしなかった。
 ただまつだけは嬉しそうに日参する。
 相馬は知らなかったが、まつは、「島一番の器量良し」と評判で、島の若い男たちの間では噂に上らぬ日がないくらいなのだ。
 そのまつが毎日、相馬に手習いを受けていることは直ぐに知れ渡り、苦々しく思う者も中にはいた。
 ある晩、酒に酔った島の若い衆三人が相馬の居室を襲撃する事件が起きたのだった。
 「おい、お前が新撰組の局長さんかい。さぞ強ええんだろ。どうだい、俺たちとやっとう勝負だ」。
 男たちは言うなりずかずかと相馬の眠る部屋に上がり込み、木刀を布団に横たわる相馬に振り下ろす。
 相馬はすかさず身を交わし、上掛けを撥ね除けると半身を起こし、
 「お止めなさい。わたしはあなた方に遺恨はござらぬ」。
 「おっと、臆したのかい。なんでえ新撰組ってのも大したこたあねえな」。
 男たちの挑発は続くが相馬は一向に受けて立とうとはしない。ならばと男たちは一斉に相馬に向かい木刀を降る。
 一人目の木刀を右の手刀で叩き落とし、二人目のそれを左腕で受けると、開いた右手の拳を男の腹に。三人目は足で脛を嫌という程蹴り上げる。
 「どうしますか。まだやりますか」。
 一瞬にして、男三人は戦闘不能に陥ったのだった。騒ぎに甚兵衛とまつが駆け付けた時には全てが終わっていた。
 「大したもんだ」。
 真っ暗な室内で耳にしたうなり声は、島でも名うてのごろつきたちで、甚兵衛らも手を焼いていた者であった。
 「これは夜分にお騒がせ致し、申し訳ございませぬ」。
 相馬は丁寧に甚兵衛に挨拶をすると、若い衆に向かい、「お前たちも手習いを覚えないか」と、その場に似つかわしくない事を言い出す始末。



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