「おとっつあんは、読売が売れさえすればそれで良いのかい」。
「その通り。読売が売れてなんぼだ。つべこべ言わずに、朝さんに挿絵を描いて貰いな。そうさなあ、佐助とおえんの道行きが良い」。
庄吉の頭の中にはすっかり話が出来上がっているようだ。こうなると何を言っても無駄。死んだ者に泥を着せても良いのかなどと言おうものなら、死んだらお仕舞ぇ。そう言うに決まっているのだ。
お紺は、渋々朝太郎のやさを訪い、これまでの経緯を話すと、驚いたことに朝太郎は快諾するのだった。
見るからに髪はそそげ、無精髭もちらほら。お紺には、寝起きの朝太郎が未だ夢の中のように思えてならなかった。
「ちょいと朝さん。寝ぼけているからって、いい加減に答えて貰っちゃ困るよ」。
すると朝太郎は、耳迄避けそうな大きな欠伸をしながら、着物の襟から右手を入れて、左の肩をぼりぼりと掻いている。虚ろな目は少しばかり赤くなっており、昨晩飲み過ぎたようだ。
「寝ぼけちゃいねえよ。んにゃ、例い寝ぼけていたって、一度引き受けた仕事はやり遂げるぜ」。
「どうしてさ。嘘を描くんだよ。それにおとっつあんたら剥きになっちゃって可笑しいったらないのさ。だってそうだろう。いつもなら、真を書くのが読売だって言っているじゃないか」。
そう、いつもなら、庄吉がいの一番に佐助が命を絶った訳を調べる様に言うのに、そのことには全く触れようともしないばかりか、おえんとの繋がりも薮の中であるにも関わらず、奇麗だともてはやされてきた茶汲み娘が、死を選び心ならずも死に切れず、日本橋の欄干に晒され、貧困からお店の若旦那に収まった佐助が死んだ。そんな二人っが死に急ぐ世の中、銭も器量も寄る術の無い多くの者はどうしたら良いのだ。そう結ぶと言うのだ。
「嘘にも二通りあるのが分かるかい」。
朝太郎は付いていい嘘もあると言う。
「二通りだって、世の中には真と嘘しかないんだ。嘘が幾つもあったらたまらないよ」。
「違げえねえ。だけどよ、嘘も方便ってな諺もあるくれえだ。それに、今度の件では嘘を読売にする訳じゃねえだろう。真をこう真綿に包み込むだけさ」。
「そりゃあ、そうだけど」。
お紺は唇を尖らせる。その口先を右の手でぐいと引っ張る朝太郎。
「痛いじゃないか、何するんだい」。
「鳥の嘴みてえな顔は器量良しが台無しだぜ」。
ぽっと己の耳迄が赤くなったようで気恥ずかしいお紺。己が器量良しだなんて思ってもいない。むしろ、十人並みに少し欠ける程度だ。だが、こんな仕草で言われると、何だか自分が奇麗な娘になれたような気がするから不思議だ。
(あっ、これが付いても良い嘘ってことなのか)。
人をいい気分にさせるたわいもない嘘である。だが、人の生き死ににたわいもない筈がない。
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「その通り。読売が売れてなんぼだ。つべこべ言わずに、朝さんに挿絵を描いて貰いな。そうさなあ、佐助とおえんの道行きが良い」。
庄吉の頭の中にはすっかり話が出来上がっているようだ。こうなると何を言っても無駄。死んだ者に泥を着せても良いのかなどと言おうものなら、死んだらお仕舞ぇ。そう言うに決まっているのだ。
お紺は、渋々朝太郎のやさを訪い、これまでの経緯を話すと、驚いたことに朝太郎は快諾するのだった。
見るからに髪はそそげ、無精髭もちらほら。お紺には、寝起きの朝太郎が未だ夢の中のように思えてならなかった。
「ちょいと朝さん。寝ぼけているからって、いい加減に答えて貰っちゃ困るよ」。
すると朝太郎は、耳迄避けそうな大きな欠伸をしながら、着物の襟から右手を入れて、左の肩をぼりぼりと掻いている。虚ろな目は少しばかり赤くなっており、昨晩飲み過ぎたようだ。
「寝ぼけちゃいねえよ。んにゃ、例い寝ぼけていたって、一度引き受けた仕事はやり遂げるぜ」。
「どうしてさ。嘘を描くんだよ。それにおとっつあんたら剥きになっちゃって可笑しいったらないのさ。だってそうだろう。いつもなら、真を書くのが読売だって言っているじゃないか」。
そう、いつもなら、庄吉がいの一番に佐助が命を絶った訳を調べる様に言うのに、そのことには全く触れようともしないばかりか、おえんとの繋がりも薮の中であるにも関わらず、奇麗だともてはやされてきた茶汲み娘が、死を選び心ならずも死に切れず、日本橋の欄干に晒され、貧困からお店の若旦那に収まった佐助が死んだ。そんな二人っが死に急ぐ世の中、銭も器量も寄る術の無い多くの者はどうしたら良いのだ。そう結ぶと言うのだ。
「嘘にも二通りあるのが分かるかい」。
朝太郎は付いていい嘘もあると言う。
「二通りだって、世の中には真と嘘しかないんだ。嘘が幾つもあったらたまらないよ」。
「違げえねえ。だけどよ、嘘も方便ってな諺もあるくれえだ。それに、今度の件では嘘を読売にする訳じゃねえだろう。真をこう真綿に包み込むだけさ」。
「そりゃあ、そうだけど」。
お紺は唇を尖らせる。その口先を右の手でぐいと引っ張る朝太郎。
「痛いじゃないか、何するんだい」。
「鳥の嘴みてえな顔は器量良しが台無しだぜ」。
ぽっと己の耳迄が赤くなったようで気恥ずかしいお紺。己が器量良しだなんて思ってもいない。むしろ、十人並みに少し欠ける程度だ。だが、こんな仕草で言われると、何だか自分が奇麗な娘になれたような気がするから不思議だ。
(あっ、これが付いても良い嘘ってことなのか)。
人をいい気分にさせるたわいもない嘘である。だが、人の生き死ににたわいもない筈がない。
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