大江戸余話可笑白草紙

お江戸で繰り広げられる人間模様。不定期更新のフィクション小説集です。

縁と浮き世の通り雨~お気楽ひってん弥太郎~ 俎上の魚九

2011年07月21日 | 縁と浮き世の通り雨~お気楽ひってん弥太郎
 柳橋の置屋・川瀬に由造、小一郎の姿が合った。読ばれたのは松菊と同じ置屋の姉さん芸者の君奴と、新参芸者の小春である。この二人が松菊とは親しかったと川瀬のおかみが指名したのだ。
 「松菊は気の毒だったけどね、鶴二っていうお方も渋くてねえ。そのうちに座敷に上がるだけの金子が底をつくと、毎晩のように松菊を付け回していたのさ。お座敷の帰りを待ち伏せしたり、湯の行き帰りもねえ」。
 君奴は小春に目を送ると、こくんと頷いた小春が、
 「松菊姉さんもそれはそれは気味悪がって、あたしがお供をしました」。
 「なれば松菊を鶴二が殺めたやも知れぬな」。
 小一郎が身を乗り出すと、君奴と小春は同時に苦笑いしながら手を左右に振る。
 「あのお人にそのような気概はありゃしませんよ。まあお目出度いと言うか、松菊が駄目ならと、今度はこの小春に付け届けを始めましたのさ」。
 松菊が殺されたのはそれからしばらくしてからなので、下手人は鶴二とは思い難い。
 「はい。大層迷惑でした。そこいらで団子や饅頭を買って置屋に持って来るもんで」。
 小春は心底迷惑だったらしく眉間の皺も尋常ではない。
 「客の礼儀は座敷での遊び。置屋になんぞ馴染みの旦那衆だとて顔なんぞ出しません」。
 君奴も度々の鶴二の訪問には迷惑していたと言う。
 「松菊から小春に乗り換えたってえのは如何してか解るかい」。
 「ああ。松菊に色がいるって解った途端に掌を返すみたいに、自分には松菊なんかより若い小春の方が似合ってるって言ってたね」。
 境川は目を白黒させるが、由造はさもありなんと頷くのだった。君奴の話は未だ後があり、
 「松菊は、色に貢いでいたのさ」。
 その為に寝穢く金子を集めていたと言う。
 「して、その男のことは解るかい」。
 君奴は、「うーん」。といった表情で上目遣いに由造を見詰める。「解ったよ」。由造は溜め息をつくと懐から紙入れを出し、百文を君奴に握らせた。
 掌で銭を転がしながら、「これだけかい」。といった表情だったが、
 「なんでも町医者って話だけどね。町医者にしちゃあ身なりは派手だし、あれはどう見ても堅気じゃないね。そうだねえ、年の頃は四十半ばかね」。
 「あれ、姉さん。そんな年なんですか。てっきり三十前後かと思っていましたよ」。
 二人の会話から、粋な若衆といった面持ちのがたいの大きな男の姿が浮かび上がる。
 「境川様、小春に乗り換えたってえなら、あたしは下手人は鶴二ではないと思いますが」。
 「左様ですな。松菊の男の線を調べてみます。兄上、またお力をお貸しください」。
 小一郎はそう言うと、最後に、「理世も兄上にお会いしたがっております故、役宅にお運びください」。その晩はそれで終わった。
 「由造さん、柳橋界隈を縄張りにする岡っ引きに聞いたところ、調べれば調べるほど、殺された松菊という芸者の評判は悪いもんですぜ」。
 由造の義弟で、同心の境川小一郎に頼まれた双六は由造に子細を報告する。
 「評判が悪いってえのはどういうことなんです」。
 「始末屋の与太郎で、とにかく銭に汚い。これぞと見込んだ男は尻の毛までむしられるってね」。
 だが鶴二などむしり取ろうにもむしり取る物がない。
 「それで松菊の男の方ですがね、深川辺りでも見られてますぜ」。



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