日々史跡めぐり

日本のあちこちの史跡、神社仏閣を巡っています

三渓園(7)天授院・聴秋閣

2012-05-13 | 建築物
天授院(重要文化財)1651年(慶安4年)建築



もとは、建長寺の近くにあった心平寺の地蔵堂で、1916年(大正5年)に移築されました。




聴秋閣(重要文化財)1623年(元和9年)建築



徳川家光が二条城内に建て、後に春日局が賜ったと伝わる建物。
この建物は小堀遠州と同時代に幕府の造営・修繕に関わる作事方を務めた佐久間将監(さくましょうげん)の作と伝わります。





(案内板、三渓園HP参照)

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三渓園(6)月華殿・金毛窟

2012-05-12 | 建築物
身代り燈籠





月華殿(重要文化財)1603年(慶長8年)建築 



徳川家康により京都の伏見城内に建てられたものといわれ、 1918年(大正7年)に春草廬と共に移築されました。







障壁画は、桃山時代の画家 海北友松によるものと伝えられます。

三溪が建てた金毛窟とつながっています。

金毛窟 1918年(大正7年)建築 





三溪が建てた一畳台目の茶室。
金毛窟という名は、床柱に京都大徳寺の山門 金毛閣の高欄の架木を使用していることにちなんでいるそうです。

(案内板、三渓園HP参照)

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三渓園(5)臨春閣

2012-05-10 | 建築物
臨春閣 (重要文化財指定)1649年(慶安2年)建築









桃山時代に豊臣秀吉が建てた聚楽第の遺構と伝えられていましたが、現在では和歌山県岩出市にあった紀州徳川家の別荘、8代将軍・徳川吉宗が幼少期に遊び育ったという巌出御殿(いわでごてん)ではないかと考えられているそうです。
内部は狩野派を中心とする障壁画があります。



部屋の境にある欄間には、波の彫刻(第一屋)や、和歌を書いた色紙(第二屋)をはめ込まれ、第
三屋「天楽の間」にある欄間には、笙と笛など本物の楽器があしらわれています。











(案内板、三渓園HP参照)

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三渓園(4)旧天瑞寺寿塔覆堂

2012-05-09 | 建築物
旧天瑞寺寿塔覆堂(重要文化財)1591年(天正19年)建築





豊臣秀吉が母のために建てた寿塔を覆うための建物で、現在、秀吉が建てたものと確認できる数少ないものなのだそうです。寿塔とは、長寿を祝って生存中にたてる墓で、現在、寿塔は京都大徳寺内の龍翔寺にあります。



迦陵頻迦(かりょうびんが)や蓮の花などの彫りの深い装飾が見られます。



(案内板、三渓園HP参照)

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三渓園(3)蓮華院 

2012-05-08 | 建築物




この建物は、三渓が1917年(大正6年)に建てたもので、土間と壁には、宇治平等院鳳凰堂で使われていた古材の太い円柱と格子があります。
蓮華院という名は、三溪が茶会を催した際に広間の琵琶床に、奈良東大寺三月堂の不空羂索観音が手に持っていた 蓮華を飾ったことに由来しているそうです。

(案内板、三渓園HP参照)

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