限りなき知の探訪

45年間、『知の探訪』を続けてきた。いま座っている『人類四千年の特等席』からの見晴らしをつづる。

沂風詠録:(第83回目)『私の語学学習(その17)』

2010-09-05 18:06:04 | 日記
前回から続く。。。

【ドイツ人学生の英語能力、今昔の比較】

1977年の夏休みの間、約2ヶ月間をヨーロッパ旅行をしてミュンヘンに戻ったのが秋学期の始まる9月下旬であった。サンケイスカラシップで合格すると、自動的にドイツ留学の奨学金制度である、 DAAD(Deutscher Akademischer Austausch Dienst, German Academic Exchange Service)の留学生として認められるので、ドイツのどの大学にも入学することができる。留学が決まった時、ドイツ人の先生にどの大学が良いかと聞いたところ、言下に『ミュンヘンだ』という答えが返ってきた。どうやら学問環境ではなく生活環境の観点からの判断であったことが後になって分かった。それで、私の場合ミュンヘン工科大学に行くことにした。

10月の学期が始まる前に、外国人のドイツ語の簡単なテストがあるのは、旅行前に聞いていたので、当日の試験に間に合うようにミュンヘンに戻ってきた。面接官、2人と最初は雑談で、夏休みをどのように過ごしたか、と聞かれたので、地中海まで旅行したことをいろいろと話をすると、にこやかな顔で応じてくれていた。しかし、雑談が終わり、専門の機械工学についての質問でいろいろな専門用語が出てきた途端に私はうろたえてしまった。何しろ、ドイツ語と機械工学はそれぞれは勉強したものの、機械工学の専門用語はほとんど知らなかったからである。それでも何とか切り抜けていたが、最後に『公差』に関する質問が出たときは、しまった、と思った。概念自身は理解していたが、肝心の単語が出てこない。しどろもどろの説明を終えたとき、明らかに2人の試験官に失望の色が見えた。そして、『 Toleranz という単語を知っているか?』と聞かれた時、なぜこのような簡単な単語が思い浮かばなかったのか、我ながら不甲斐なかった。

結果は、不合格で、ドイツ語の語学研修コースの参加を言い渡された。つまり、ミュンヘン工科大学の正式な学生になれず、聴講生扱いになった。最初は、落胆したものの、学生食堂は使える上に、単位こそもらえないものの、どの授業も自由に受けてよいことが分かった。それもミュンヘン工科大学だけでなく、私のアパートの近くのミュンヘン大学の授業も受けることができるのである。ついでに言うと、メンザ(Mensa, 学生食堂)もこの2つの大学の食券は共通であるので、私は都合に合わせてそれぞれを使っていた。



私は留学した時には、京大ですでに、機械工学の学士号を取っていたので、内容的に同じ機械工学をしようとは考えていなかった。それよりも、日本に居ると全く分からない、ドイツを含むヨーロッパ全体の生活や文化、行動様式を自分の目で確かめたいという要望だった。それで、負け惜しみで言うのではなく、正規生ではなく、聴講生扱いでも別段困らなかった。上で述べたように、ドイツ語の語学研修コースの他、どの授業でも受けてよいので、ミュンヘン大学の英語の授業を2つ取ることにした。この2つのコースはどちらもイギリス人の女性の先生が講義していた。部屋は、100人近くはいる階段教室で、出席している学生はほとんどが(日本でいうと)1,2年生であった。授業の形式は当時の日本の大学での英語授業と似たようなもので、学生が英文を読み、先生がその後で説明をする。説明は英語が基本だが、ドイツ語で説明されることもあった。つまりすべてを英語で説明すると理解できない学生がいたからである。

前回の『私の語学学習(その16)』で述べたように、当時(1977年)ヨーロッパでは、小国の学生の英語レベルは相当高かったのは、私も2ヶ月間の旅行で何度も実感した。しかし、このミュンヘン大学の英語の授業に参加して、ドイツの大学生の英語レベルがあまり高くないのには、びっくりした。ドイツの大学には、日本のように偏差値ランキングというものがなので正確にはわからないが、それでもミュンヘン大学と言えば、ドイツでは当時も現在も一流大学と目されている。そのミュンヘン大学の学生が英語の簡単な文法を間違えて先生から訂正されていたり、英語での質問がうまくできなかったり、だった。この授業だけでなく、街中で、外国人旅行客と英語で話しているのを耳にしても、あるいは私の寮に住んでいた学生たちの英語を耳にしても、当時のドイツ人学生の英語のレベルは日本よりすこしましな程度であった。

ところがベルリンの壁崩壊以降、EUの統合化が進み、EU内での英語のニーズが高まるにつれ、ドイツ人学生の英語力は急激に躍進してきた。今やTOEFLの世界ランキングでもドイツはほとんどトップの位置を占めているし、私がセミナーなどで知り合うドイツ人、特に若い年代、と話をしていて如実に時代の変化を感じる。今年の前期に私の英語授業『Informatics in Japanese Society』(日本の情報文化と社会)では、8人のドイツ人学生がいたがいずれもその英語力はスウェーデン人やオランダ人と比較しても全く遜色のないトップクラスのレベルであった。

ちょっと前までは、英語力において中国人学生は日本より下にいた。しかしここ数年、私が実際に話してみて、その英語力には、びっくりする。彼ら中国人学生の英語力向上の秘訣は、英語の成績が悪いと大学の卒業証書がもらえないという、その厳しさにある。ドイツや中国では、高々10年で学生の英語力を格段に向上させたという事実を見たとき、日本の取るべき道は、中国同様、学士号の要件に英語の試験を課し、低いレベル(TOEIC換算で800点)の学生には学士号を授与しないことであると私は考える。

続く。。。
コメント
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