限りなき知の探訪

45年間、『知の探訪』を続けてきた。いま座っている『人類四千年の特等席』からの見晴らしをつづる。

百論簇出:(第86回目)『中国の尖閣列島問題への対応について(補遺)』

2010-09-26 12:06:45 | 日記
先日、『中国の尖閣列島問題への対応について』を述べてから、温家宝のNew Yorkでの日本政府対応に対する非難する発言などで、急転直下に船長が釈放された。日本政府の対応が中国やあるいはアメリカの圧力に屈した感を与えるとの非難が国内から巻き起こっている。さらには、中国ではWeb上で盛んに中国の勝利を喜び、今回の日本の処置に対して損害賠償も要求してきている。これらの一連の経緯に対する私の考えを再度述べてみたい。

まず、中国という国では、前回も述べたように論理的な推論が必ずしも正しい原因と結果の因果関係を説明しない。(『魯酒、薄くして邯鄲囲まる』)次いで、全ての内政、外交問題は中国の共産党内の派閥争い、および各派閥の利権と深く絡んでいるということだ。何らかの処置をとるという決定の結果、必ずどこかの派閥に有利になり、別の派閥の不利になるのは、共産党内のパワーゲームの如実な反映に過ぎない。

このような現象は、人民中国になって始まったわけではなく、4000年来ずっと継続している、中国の根深い伝統なのだ。そのパワーゲームの参加者は、必ず国民の1割弱のトップ層だけで、大多数(9割)の人民はゲームに関して門前払いなのだ。今回、Web上で騒いでいる中国人もそれは知っているが、中国政府の風の吹く方向になびいているだけの話で、もし明日、中国政府が手のひらを返したかのように、日本との友好関係を重視するといえば沈黙せざるを得ない。過去の教科書問題しかり、靖国参拝問題しかり、天安門事件しかり、中国政府(正確には、共産党内部の主導権グループ)は、自分達にとって有利だと思うから世論を泳がせてはいるが、やろうと思えばいつでも強権を発動してその世論を押さえ込むことは可能なだけの軍事力は依然として有している。

問題の焦点は従って、共産党内部の派閥争いということになる。そうすると、なぜ今、温家宝までが対日強硬姿勢を示さないといけないのかという理由が明らかになるはずである。私の想像では、共産党内部で、親日派の勢力を削ぐ必然性が出てきたに違いない。言い換えれば、新米派(新欧派も含む)が中国共産党を完全に掌握しようと画策したに違いない。対日強硬姿勢を世界に示すことで、政権の重心がどこにあるのかを共産党内のトップ層に重々認知させようとしているのだ。つまり、外交問題に名を借りて、国内のパワーゲームの決着をつけたのだ。



もう一つの鍵は、前回も述べたように、ODAという金の小槌がなくなった今、どこをつつけば日本から甘い汁を継続して吸えるかという実験を行っていると考えられる。レアアースの禁輸や、訪日観光客の大幅な制限、中国に進出している日本企業に対する賃上げ交渉、日本人社員の拘束、など日本のあわてふためき具合とその反応から、日本政府、日本企業の脆弱性を遍く調査するのに、今回の船長逮捕は格好な事件であった。

元来人権無視が伝統である中国で、中国人の一般常識から言えば社会の最下層にいる漁船の船長に温家宝のような最高権力者が言及すること自体が異常を通り越している。中国社会では噴飯ものであるが、どうやら人権というものを持ち出すと国際社会では効果があるらしいと理解して、国際世論を逆手にとった芝居を打つことにした。主役は温家宝、内心笑いをかみころしつつ真面目な顔つきで『不法拘束中の中国人船長を即時・無条件で釈放することを日本側に求める』と発言すると、聞いている者も、温家宝もなかなか役者としては立派だわい、とこれまた笑いをかみ殺しつつ、その迫真の演技に拍手を送った。

そもそも不法拘束というなら、中国国内で不法拘束されている中国人、外国人はどうなるのか?と私は言いたい。しかし、この怒りは実は中国には通用しない。なぜなら中国には不法拘束という単語は存在しないからである。共産党支配下における全ての拘束は『合法』であるのだ。文明のレベルの低い外国にのみ合法と拘束と不法の拘束の区別がある、と彼らは考えているのだ。

かつて日本軍と戦ったことのある毛沢東、周恩来、小平などの共産党幹部は、中国人と比較してはるかに素晴らしい日本人兵士の規律をみて心の底から日本軍の強さ、日本人の道徳心に尊敬の念を抱いていたと私は想像する。それゆえ、小平が1978年に訪日したときに見た日本は将に中国が手本とすべき国であった。彼の鶴の一声で日本には最優秀の学生が派遣され、日本に追いつくのが国是となった。しかし、その政権も江沢民に引き継がれるや、江沢民自身の思慮のなさと、小平の影響力を脱し、自派の勢力拡大のために、無理を承知で露骨な反日政策をとった。

そして胡錦濤・温家宝政権となって、かつての中国に名づけられた『眠れる獅子』に倣って言えば、日本は『牙を抜かれた獅子』となってしまった。中国の言うなりに貢いだ6兆円ものODA援助を初めとして、中国の意地悪にたいする何らの対抗策も武器も持たない日本は、収奪の対象でしかなくなった。それを印象づけるのが、共産党内の親日派、および一般市民の親日的感情の殲滅を狙った、今回の一連の騒動である、と私は見ている。
コメント (3)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする