限りなき知の探訪

45年間、『知の探訪』を続けてきた。いま座っている『人類四千年の特等席』からの見晴らしをつづる。

百論簇出:(第85回目)『中国の尖閣列島問題への対応について』

2010-09-24 00:31:50 | 日記
私のブログでは、極力時事問題を扱うのは避けている。それは、『ブログ連載、一周年を迎えて』に書いたように、このブログは『5000年後の読者が読んでも為になる内容』にこだわっているからだ。時事問題と言うのは、その問題の性質上、今時点での情報が極めて偏った形でしか入手できないため、原因を推察するしかない。そのため、問題の本質を議論できない場合が多い。さらには、私の経験では、いろいろな本の中に出てくる過去の時事問題は、現在ではその事件背景が一般的に知られていないので、いくら詳しい分析をされても、全く興味がわかない場合も多くある。これらの理由で私は時事問題について、口頭で議論することはあっても書き残すことにはあまり興味がない。


【出典】尖閣諸島

しかし、最近の尖閣列島の付近での中国漁船の船長逮捕とその後の中国政府の対応についてのジャーナリズムや日本の一般の認識について、私から見て歪んでいると思えるので、一言だけ申し上げたいと思った次第である。

まず、中国政府が日本に対して船長を即時釈放するように、何度も要請した。特に、在北京の日本大使が何度も中国外務省に召喚されたのを憤る雰囲気が日本にはある。また、特派員からの報道によると香港では反日デモがあり、日の丸の国旗が踏みにじられたり火をつけられたりしているとのこと。また、日中の大臣級の交流を取りやめたり、中国から日本への旅行ビザの発行を停止したり、と矢継ぎ早の中国の険しい対応に日本は慌てふためいている。これらから単純に日本政府の逮捕行為が中国国民から反発をかっている、と結論づけてしまうのはなんとも浅はかなことだと私には思える。

このような全ての行為を中国側がとるのは、日本政府の中国人船長の逮捕を不当だとか、尖閣列島の所有権を踏みにじられたとかいう理由では決してない。中国を理解するには、一見、矛盾のない論理的な考察から導かれる帰結が必ずしも正しくない、ことに気づくことだ。中国の言葉に『魯酒、薄くして邯鄲囲まる』と言うのがある。この言葉の由来については、以前『データマイニング・夜話(その五:因果関係)』に書いたように、まるで論理的推論が効かない。こういった事象は、中国では珍しいことでなかったのは中国の史書、例えば春秋左氏伝、韓非子、戦国策などをみるとよく分かる。

今回の事件に関する私の結論を述べると、次のようなことになる。

【1】中国政府は従来から、強烈な反日洗脳教育をしてきたが、留学で、あるいは旅行で訪日する中国人が増えるにしたがって、日本が教えられていたような悪い国ではないことを実感して帰国する中国人が増えるのを苦々しく思っていた。

【2】しかし、従来はそのような渡日組の大半は共産党の関係者であったのでまだ思想統一が可能であった。しかし、最近の経済発展で富裕層が増えて自由な海外渡航を希望する人間が増えた。その圧力をねじ伏せるだけの政治的強権を発動できないまま、渡日ビザの発給基準を緩和せざるを得なくなった。しかし、反日的な共産党幹部はこの緩和政策を苦々しく思っていた。

【3】そこで、今回の船長逮捕を奇貨として、20年前の天安門事件のように、共産党の力を人民に誇示して、暗に親日的分子が日本を誉めそやし、その対偶として中国政府を非難するのを抑圧しだした、というのが一連のプロセスだ。

【4】さらには次のような観点からも考えることができる。日本は今までに中国に対して合計6兆円にも上るODA援助をしているが、それも2008年に完結した。当然このおいしい利権に群がっていた中国の要人達は何とかまた意気地のない日本から甘い汁を吸いたいものだと思っているに違いない。今回の事件はまさに、ヤクザの恐喝まがいの姿勢が見え見えだ。もし、中国が本当に尖閣列島にたいする領土権を主張するなら、ハーグの国際司法裁判所に提訴して解決すべき最重要な問題だと私には思える。

いずれにせよ、問題の解決に当たっては、日本の主権をまともに主張するのもよいが、中国政府の面子も勘案することが重要である。つまり、中国政府が、一旦振り上げたこぶしを下げるときには、それ相当の『成果』を日本政府から得る必要があるのだ。というのは、中国政府が一番恐れているのは、他の誰でもない、中国人民そのものである。ようやくのことで鎮圧されている人民の不満が暴動にすり替わるのは、中国政府の弱腰が見えた時だ。それ故、自分達の言動が、世界的な常識から見て正しい、正しくないなどは考慮してはいられないのが中国政府、つまり中国共産党の置かれている切羽詰った立場であることを我々は理解する必要がある。

最後に一言だけ述べておきたいが、千島列島や、尖閣列島が日本の領土だと言ってもそれはたかだか近代百年余の話である。明治維新で琉球諸島が沖縄県として日本国に組み入れられるまでは沖縄ですら、本土の日本人にとっては正直なところ日本の外というのが偽らざる認識であろう。私は、国際法上の日本政府の主張に対しては理解と同意はするものの、これらの諸島を命を賭けて護るべき日本固有の領土だという主張には正直納得できないものを感じている。
コメント
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