中仙道が美濃から近江へ入って、柏原・醒ヶ井と続き、次の宿場が番場である。
邑の入口に一里塚が立っている。 江戸幕府が設けた施設である。
榎の木が植樹され、夏の陽射しをさけて旅人はほっと一息ついたのであろう。
躑躅もゆ南北朝の血のいろに
時の京都 六波羅探題・北条仲時以下430名は、鎌倉への逃走のみぎり、南朝軍に囲まれて
蓮華寺でことごとく自刃して果てたのである。 そのおびただしい墳墓がかたまって祭られている。
49世の和尚の門弟であった、斉藤茂吉の歌碑がある。
松風の音きくときは古への聖のごとく我は寂しむ 茂吉
そして池波さんの師匠である、長谷川伸原作の「瞼の母」は、この番場が始まりなのだ。
長谷川伸自身が、産みの母親と生き別れした経験を持つそうである。
錦之助の東映映画「瞼の母」を、何度観たことであろうか。涙滂沱である。
母恋ひし忠太郎地蔵つつじ山
咲きみちて花は近江の蓮華寺
近江の地とはまこと歴史にみちみちて、古代から江戸時代まで、色合いの多彩さ!!
秘めもつ襞のその深さに、ため息をつきつつ楽しんでいるのである。