湖の子守唄

琵琶湖・湖北での生活、四季おりおりの
風景の移り変わり、旅先でのふれ逢いなど、
つれづれなるままに、語りたい。

泉が森と、ふっちゃんの思い出

2012年07月30日 | 詩歌・歳時記

                    

もう、半世紀もむかしのことになってしまったが・・・・・。

東京の小学校から、茨城県日立市・水木小学校へ転校した。 都会の子供が山と海の自然

豊かな地へ、初めてほっぽり投げ入れられて、戸惑いの日々のなかで、それでも変化に

富んだ生活へ没入していくのに時間はかからなかった。

          水底の砂きらきらと舞ひて湧く

          泉なつかし

          大甕の森                      ・・・おおみか

隣の家に、芙美子ちゃんという一歳年上の娘がいた。五年生の教科書を、すべて戴いて

勉強を・・・・うむっ、しなかったけれど。 一年間、ふっちゃんが使った、あちこちに書き込みやら

折れ目がある、何冊もの教科書の手触りを、しみじみと思い出すと、泉の底からもくもくと湧いて

くる、美しい水のきらめきが昨日のことのように甦ってくる。

 

その頃の「ふっちゃん」との想い出は、たいしてないのだ。 遠くから微笑んで見つめてくださった

のだろう。山へ海へ遊ぶことに夢中だったし、その年頃の男女では、ずっと年上に感じていた

のだろう。細面の少し病的な文学少女の風情のある、美しいひとだった。

        

小学校の卒業間際に、滋賀のほうへまた転校して、それっきりだったのだが・・・・・。

          木蓮は

          白を競ひて天をさす

          地にこそあらめわれのゆく道

20代前半に関東を放浪したおり、泉が森へ寄ってみた。 ふっちゃんは町の療養所に

入院していると聞き、飛んでいった。 痩せて、自分の宿命に諦観しているような、落ち着いた

様子だった。「2日後に、また来てね」 そう言って、さみしく微笑んだのだった。

                       

2日後、白い毛糸で編んだ、やや短い、少しごつごつしたマフラーを手渡された。冬のさなか、

着たきりすずめの、貧しい青年を哀れんで、急いで編んでくれたのだろう。

生まれてすぐ死んだ、顔も知らぬたったひとりの姉を、そこに見た思いであった。

          えごの花咲きそむ夕べ

          哀しみは

          誰に等しく訪なふるもの

東京へ帰って、しばらくして、風のたよりに知らされた。

ふっちゃんが亡くなったことを。24歳の若さであった。

                  

泉が森と同じく、清冽な水が湧き続ける醒ヶ井に住む身にとって、ふっちゃんの想い出は

ちょうど咲き出した、梅花藻の可憐さに、そっと寄り添う永遠のため息である。

   


今井美樹とゆく湖北

2012年07月24日 | 詩歌・歳時記

                彦根・竜譚寺

湖畔道路を北へ走る。これがボクの日常だ。 信号の極端に少ない快適ロードだ。

カー・オーディオにセットするのは、今井美樹の2枚のCDだ。

「アクア」そして「プライド」である。 彼女が格別好きって訳けではないのだが。

この2枚の音楽が、時速65キロで走るハンドル・ワークにピッタリなのだ。

          紗羅の花ことしのいのち見るごとし

心が実にゆったりしてくる。40キロでとろとろ走るおばはんの車のあとについてしまっても、

まぁ、いいか!! と許容範囲が広がるのだ。 ボクは今井美樹のことは何も知らない。

            

彼女の音楽、CDはすべて後追いで揃えてきたのだ。だから、歌手としての歴史も把握は出来

ないのだが、確実に言えること。布袋という男と結婚してからが、才能が開花したと言うことだ。

「アクア」にしろ「プライド」にしろ、このご亭主のギター・プレイが素晴らしい!!

          安曇野は雨と紫陽花道祖神

左に琵琶湖を眺め、右手はるかに見える伊吹山は、刻々とその姿を変えてゆく。

湖岸道路のその先は、実に多彩な方面へと、放射線状に広がる。

北国街道の越前への山越えの道。 余呉湖へ至る道。 敦賀への峠道。

そして湖西地方への道。 進路をどう取ろうとも、美樹の歌声に気持ちよく、

アクセルを踏み込んで、詩心が湧いてくるのである。     


紫陽花の詩・・・・・・・作詞

2012年07月12日 | 詩歌・歳時記

                     

ネットで知り合った、ある女性の昔話に、想を練って・・・・詩を書きました。

 

1  金の背文字の 文学書

   あらかた消えた 本棚に

   一輪挿しを 置きました

     デモ行進と 革命と  危険な夢に 生きるひと

     わたしと夢と どちらを取るの?

     おまえと夢と ふたつを生きる

   一輪挿しの 紫陽花が 白く生まれた夜でした

 

2  汗と血のりの 手ぬぐいが

   流しの隅に ぶらさがる

   歯ブラシ二本 ふるえてた

     裸電球 わびしげに  見果てぬ夢に 生きるひと

     ぷかりふかした 煙草のけむり

     あなたにすがり あなたに生きる

   一輪挿しの 紫陽花が 青くかがやく夜更けです

                              

3  故郷の母の この手紙 

   廻りまわって 届きます

   今は涙を ふりすてて

     傷跡だらけの その腕に  あぶない夢に 生きるひと

     わたしと夢と どちらを取るの?

     故郷をすてて あなたと生きる

   一輪挿しの 紫陽花が 赤く燃えてる朝でした

             


俳句・個人レッスン

2012年07月06日 | 詩歌・歳時記

 伊吹山

マイ・フレのゆっきーさんへ。

俳句なんて、おならをブッーとするみたいなものですよ。へ、みたいなもんさ。

誰にでも創れます。人間がみんな「屁」をするように・・・・。

ただし、この句を読んでください。

     古池や かわず飛び込む 水の音          松尾 芭蕉

どっかで、水の音が聞こえた「気がしたら」、あなたは、俳句を楽しむ才能と資格があります。

それは、この世のなかで、最低限・・・・生きていくための「気配り・感受性」が、あるという証し

なのですね。

 

俳句には、三つのお約束がありまして、「有季定型」。つまり、季語を入れる、五、七、五、の

17文字にまとめる。そして、や、けり、かなの「切れ字」を適材適所に使う、ということですね。

          降る雪や明治は遠くなりにけり        中村草田男

この高名な俳句には、「や」「けり」と、切れ字が二つ入っています。これはタブーです。

季語もひとつと決まってはいますが、これが問題なんですね。

                      

「虹」は夏の季語とされていますが、ここ湖北では初冬の時雨時の風物詩です。

訳のわかんない季語がありますよ。おへそが茶どころか珈琲沸かすぐらいのが・・・・。

ブランコ・・・・・春だって。 納豆・・・・冬だぁー!! 一年中食ってらーい。

まぁー、無視いたしましょう。目の前の花なり、風をじっと見て、感じていれば、それが季語です。

          流れゆく大根の葉の早さかな        虚子

郊外の野辺の、細い流れが眼に浮かびましょう。だからどうした!! と野暮は言いっこなし。

この「早さ」を、しみじみと味わうのが、俳句の醍醐味なんですよ。

          

俳句創りは、登山に似ています。 水の音をかすかにでも聞けたおひとなら、五合目までは

登れます。上達いたします。そうすると、麓にいた時には見えなかった、風景やひとの心が

見えてまいります。普段、見ているようで確かには観ていない、花や鳥やひとの世が、確かに

見えてくるのですね。人生が豊かに満ちてくる訳ですよ。

          遠山に日の当たりたる枯れ野かな         虚子

どこか、しーんとした、人生の深遠を感じますよね。

 

最初はね、見たまま、感じたままを、指を折り数えながら、俳句みたいなものを創りましょう。

さっ、スニーカーの紐を結び直して、未知なる世界へ旅に立とうね。

 

ゆっきーさん、歳時記を買いに・・・・それっ!!! 書店へまっしぐら・・・・・・。