わが母は歌が好きである。
満州から、戦中に帰国した。戦後の引き上げのどさくさの混乱に遭わなかっただけでも、
幸運だった。そして、南方の戦線の父を待つ日々。 父が帰還して、大阪で田端義男ショウを
二人で見たそうである。 戦前・戦中の歌謡曲の数々を、口移しで教えてもらったものだ。
「湖畔の宿」の歌詞は、作詞家への勉強の一番の教科書だと、言われたものだった。
月さやか湖をねむらせ秋深む
小春日や母を連れゆく眼科院
むらさきの音符並べる式部かな
彦根に一緒にバタヤンを聞きにいった。握手したバタヤンの手の小さいこと、暖かかったこと。
弟が大阪の高峰さんのコンサートへ連れていった。
高峰さんと母は、生まれ年が同じだ。そして、面影もよく似ているのです。
「純情二重奏」は、しょっちゅう聴いている。そして、今、テレビがくだらない。
そんな時は、高峰さんの映画・・・「懐かしのブルース」「別れのタンゴ」「思い出のボレロ」の
ビデオを、母と見ている。 何分にも古い映画で、音量をかなり上げての鑑賞であるが、
俳優・女優の言葉づかいの、端正な美しさにうっとりしてしまう。ことに高峰さんは素晴らしい。
高峰さんのカセットを、ポーチを縫いながら母が聞いている。亡き母恋しいの歌が、多い。
テープが伸びちゃうのを危惧してCDを買った。母亡き後は、繰り返し聴くのでしょう。
そして、若き日の母を偲ぶとき、この「純情二重奏」の高峰さんの姿を見ては、
涙を流しながら、ひとりの夜を過ごすことでしょう。
この庭に風の声あり筆竜胆
いとけなき秋のあざみに逢ひにけり