10歳の頃だったか、東京は武蔵野市に住んでいた。
現在は住宅がびっしりと建て込んで、味も素っ気も、
情緒なんてものは、なおさらない町だろうが、
当時はおおらかで、牧歌的な雰囲気が漂う住みよい町だった。
玉虫やむかし武蔵野林あり
中央線と是政線が分かれる辺り、
「三丁目の夕日」に出てくるような、木造二階建ての借家だった。
道の向こうに麦畑がひろがり、その先が茶畑、遥か遠くに、米軍宿舎が並んでいた。
夜嵐の
北多摩郡り田無町
あの大楠よ生きてあれかし
二階を学生さんに貸していた。下宿屋でもあった訳だ。
夕飯時、学生さんを呼ぶのが、4、5歳くらいの弟の仕事だった。
「トントン兄ちゃん、ごはんですよ」可愛い声で叫ぶ。
すかさず、二階からトントン、トンと軽快に降りてくる学生さん達。
穂麦食む 頃やひめごと あまかりき
遠い記憶の奥底から、
ある時、ふっと聞こえくる「トントン、トン」のおんなじ調子の階段踏む音が、
潮騒のような懐かしさでよみがえる。
とおの昔に失くしてしまった、純真さに充ちた時代の思い出である。
現在は住宅がびっしりと建て込んで、味も素っ気も、
情緒なんてものは、なおさらない町だろうが、
当時はおおらかで、牧歌的な雰囲気が漂う住みよい町だった。
玉虫やむかし武蔵野林あり
中央線と是政線が分かれる辺り、
「三丁目の夕日」に出てくるような、木造二階建ての借家だった。
道の向こうに麦畑がひろがり、その先が茶畑、遥か遠くに、米軍宿舎が並んでいた。
夜嵐の
北多摩郡り田無町
あの大楠よ生きてあれかし
二階を学生さんに貸していた。下宿屋でもあった訳だ。
夕飯時、学生さんを呼ぶのが、4、5歳くらいの弟の仕事だった。
「トントン兄ちゃん、ごはんですよ」可愛い声で叫ぶ。
すかさず、二階からトントン、トンと軽快に降りてくる学生さん達。
穂麦食む 頃やひめごと あまかりき
遠い記憶の奥底から、
ある時、ふっと聞こえくる「トントン、トン」のおんなじ調子の階段踏む音が、
潮騒のような懐かしさでよみがえる。
とおの昔に失くしてしまった、純真さに充ちた時代の思い出である。