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日常生活のあれこれ

江戸東京博物館 特別展 「日本橋」

2012-06-08 07:20:32 | 美術館 博物館

                 特別展「日本橋~描かれたランドマークの400年~」
                 「えど友」(江戸博友の会)の特別観覧会が開催されました。
                 

 

            

                   江戸博の学芸員の方の解説を聞いてから見学です

 

                   

                   400年以上の歴史がある日本橋、石の橋になってから
                   101年目、昨年架橋100年でしたが記念の展覧会は
                   延期になり、今回開催されることになったのです。

                   江戸から東京にかけての絵の展覧会ですが、江戸が半分
                   明治以降が半分、日本橋が描き続けられ、その描く方法も
                   技術も変化しています。

                   

 

                   

                   江戸東京の象徴として日本人に愛され、浮世絵などにも
                   描かれてきた日本橋、江戸時代に木造で架橋されました。

 

                   

                     江戸東京博物館の日本橋です

 

            

              江戸日本橋より富士を見る図   渓斎英泉 (文政1818~29)中頃

           富士山と江戸城を背景にして日本橋を描いた江戸時代の典型的な構図による
           作品、周囲にアルファベット風の囲みがある「蘭学枠」という通称を持つシリー
           ズのひとつ、青の濃淡を基調とした構成は江戸期に人気を博した表現。
           日本橋図でありながら 、独特な印象の作品。

 

                  

                 東都名所年中行事 四月「日本橋初かつお」 歌川広重

                 季節感を添えて江戸名所を描いた12枚揃えのひとつ、
                 旧暦四月の風物詩である初かつおとともに日本橋を
                 描いたもの。
                 擬宝珠(ぎぼし)のある柱と2人の女性の立ち姿が、日本橋を
                 舞台にした美人画としても楽しめる作品。

                 かつお売りが描かれるのは魚河岸が近いことを表していて、
                 魚を売る棒手振りが描かれることは魚河岸の活気をも
                 表しています。

 

            

                冨獄三十六景 江戸日本橋  葛飾北斎  天保(1831~3)

             川の向こうに江戸城と富士が望めるここは日本橋、渡る人々の中央に
             擬宝珠が見える、擬宝珠により日本橋と分かる。
             (擬宝珠は幕府により作られた橋にのみ付けられた柱の黒い飾り)

             橋の下を流れる日本橋川も重要です、海に面した隅田川につながっており、
             この川からさまざまな物資や文化が江戸に運びこまれました。

             逆に日本橋川から川を下り、隅田川に合流した後、上流に向かったのは
             江戸見物を楽しむ人や、浅草見物や、吉原に向かう人々を運んだのです。
             都市江戸の陸路と水路の十字路となっていた日本橋は魅力です。

 

             文明開化が到来し、明治維新を迎えた日本橋でしたが、絵に描かれる
             姿は、江戸時代の定型化された名所絵から一転激動の時代に合わせて
             時々刻々と変化してゆくことになります。

 

           

        東京日本橋風景   歌川芳虎  明治三年 

   3枚続きの錦絵、正面に日本橋を描いた図、正面左に威容を誇るのは高札場、その下に
   この年営業許可が下りた人力車の幟が見える。
   人力車、馬車、自転車などさまざまな乗り物が描かれていておもしろい。

   明治6年(1873)西洋型木橋への架け替え、明治15年鉄道馬車の敷設など日本橋は
   文明開化最先端をゆく名所のひとつとして、鮮やかな舶来絵の具を用いた華やかな
   錦絵にたくさん登場することになる。

   (明治15年(1882)三代歌川広重による「鉄道馬車往復日本橋の図」には日本橋の上を
   走り始めた鉄道馬車が描かれている、多くの人が行き交う中、魚を運ぶ棒手振りが大通り 
   に一人しか描かれていないのは、人々の興味、関心が文明開化の新風俗に向かって
   しまったからでしょうか。)

 

                

                  日本橋(夜明け)    川瀬巴水  昭和40年

           日本橋北側下流から眺めた図、縦型画面にすっきり描かれた日本橋
           柱の装飾が印象的、石造りの橋をより美しく見せるため、全体に淡い
           青色に包まれた画面と、一部が淡い赤に染まった朝焼けの雲が美しい
           近代の日本を代表する作品です。

 

           石で造られた橋は、明治44年(1911)4月3日に開通した。
           花崗岩を主要材料とした西洋風アーチ橋に、青銅製の獅子や麒麟など
           日本人に親しまれたモチーフの装飾を施したこの橋によって江戸時代
           以来の日本橋のイメージが一新します。

           幸い関東大震災や、第二次世界大戦でも破壊されることなく残り続け、
           平成11年(1999)重要文化財に指定されました。

             

           400年以上の歴史を持つ日本橋の姿を江戸から明治、大正、昭和に
           至るまでの浮世絵や版本、絵巻、そして近代版画や写真など、江戸東京
           博物館のコレクション130件紹介されています。
           加えて日本橋近くの版元から安永三年(1774)に出版された「解体新書」や
           明治初期に橋のたもとで営業を開始し、全国へ広がった「人力車」なども展示。

 

           * 筆者不詳の「隅田川風物絵巻」(日本橋部分・18世紀中ごろ)
           この絵巻には「影からくり絵」の細工が施され、絵の裏側から光を当てると
           昼の景色が一転夜景として浮かびあがります。

           今回特殊な装置でこれが見られます、ゆっくり立ち止まり観賞しました。
           驚きの影からく絵りでした。

                     日本橋定点観測400年、変化は都市そのもの歴史と共に楽しめます。

 

           現在の日本橋は何回か紹介しています、日本橋の真上を横切る首都高は
           美しい日本橋を台無しにしているように思えます。
           日本橋三越に行くときに一駅手前の日本橋で降りて、徒歩で橋を渡ることも
           あります、江戸時代好きには五街道の始まり日本橋は特別なのです。