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宿世、運命、我が道をゆく『軍師の門(下)』

2024-06-16 07:36:12 | 歴史から学ぶ
竹中半兵衛、黒田官兵衛の生き様は共に信長・秀吉の軍師として「利」と「義」を配慮しながら戦い続けた。軍師は戦勝すると影となり、官兵衛も敗戦、苦戦の場合のみ頼られ、勝っても言葉だけの報奨を受けた。隠居した後の「己の道」(我力を信じ鎮西平定)が夢半ばで終焉したのも悲しいが、牢獄から生き抜くことへの希望、夢を最後まで諦めなかったことは男として、軍師として素晴らしい人生だったと思う。気になる言葉は:「力が強いものはそれのみに頼り、己を誇って、家臣や領民の心を見失う。高慢になって人を蔑ろにすれば、家臣、万民の心は離れ、必ず家を失い、国が滅ぶ元となる。誠の威というものは、人を叱ったり、脅したりすることなしに、自ずと内から滲み出るものでなければならぬ」(自己を知る)
「それがしに与えられた宿世、天を恨まず、運命から逃げず腹を括り堂々と己が道を行く」
「賭博のできぬ男に勝利なし」(勝負)
軍師の門(下)
火坂雅志2024年6月
「概要」志半ばで逝った竹中半兵衛から、軍師の座を引き継いだ黒田官兵衛。権謀渦巻く乱世にあって、秀吉亡きあと、官兵衛ははじめておのが野望のための戦いに挑む――男たちの戦国絵巻を圧倒的スケールで描く傑作長編!
ー黒田官兵衛
「力が強いものはそれのみに頼り、己を誇って、家臣や領民の心を見失う。高慢になって人を蔑ろにすれば、家臣、万民の心は離れ、必ず家を失い、国が滅ぶ元となる。誠の威というものは、人を叱ったり、脅したりすることなしに、自ずと内から滲み出るものでなければならぬ」
竹中半兵衛は「信長の『利』と秀吉の『義』の両方が必要だ (結果と義理)
・三木城攻略は「コメの買い占め」を攻撃の前に動く(兵糧攻め:事前工作)
・鳥取攻めでは、できる限り血を流さぬ戰を仕掛ける(破壊ではなく、安定と繁栄を目指す)
・軍師は信頼関係が必須「三木城での駆け引きで城中の者を助けた印象」(信頼関係の構築)
・高松城での戦略は「低い低湿地を利用した水攻め」を決行 (自力温存戦略)
    敢えて信長の遠征を要請して勝利をもたらす(戦勝を単独に手中に収めるのではなく)
・信長の死の知らせを一晩ゆっくり休んだところで家臣に公表(内部崩壊を恐れ場所を変える)
・毛利の旗を借り「明智軍に見せ付ける」(毛利の秀吉軍への加担と思わせる)(見せかけ)
・時世を睨んだ秀吉防御の体制を整える(敵味方を識別する)
・信長の孫・三法師の後継人となり大義を認めさせる(道理に合った盤石な基盤を抑える)
・大阪城建築への仕組み「埋み門」(出入り口を石で隠す)抜け穴から舟入(脱出口)
ー豊臣秀吉との関係
・黒田官兵衛は秀吉との距離が出始め高山右近の紹介でキリシタンに(播磨山崎2万石)
    目的は世界の情勢を知るため、天文学、航海術、薬学など・洗礼名:ドン・シメオン
・黒田官兵衛39歳で毛利との折衝、小早川隆影と和議
    秀吉にとっては西の毛利、東の上杉(直江兼続)が天下統一への脅威だった
・美濃攻略で信勝に頭を下げ家康に軍を引かせ、長宗我部、雑賀衆を攻める
    信勝中将との和睦で敵を最小限にし攻める(敵の分散)
・毛利との和睦は婚姻(秀吉の養子秀勝と毛利の養女)戦略結婚で毛利を称える
・四国長宗我部軍略も和睦(味方の損失を抑え知力で城を取る)
・秀吉は関白となり官兵衛は四国征伐での恩賞もほとんどないまま隠居を願い出る
「それがしに与えられた宿世、天を恨まず、運命から逃げず腹を括り堂々と己が道を行く」
・秀吉から九州討伐の命を受け軍監として財産を投げ打って参画
    「賭博のできぬ男に勝利なし」の哲学を持った官兵衛
・毛利軍・黒田軍で島津側を報復させ九州を平定、だが官兵衛にの褒章は一国にも満たなかった
    息子に家督を継がせ44歳で隠居となる「黒田如水」と名乗る
・隠居後の如水の築城は播磨中津城始め、広島城、高松城、福岡城などの縄張りをする
    城(水城)の細部に仕掛け・海に面し、脱出口などを設ける
・秀吉の名で軍船の軍艦として朝鮮へ、異見で自ら帰国、我が道を進める
    秀吉(62歳)伏見城で没、九州中津城で待機し時期を待った
・最後の戦い(九州統一)の野望を持ち関ヶ原の戦いと同時に旗揚げ
    上方で決戦が行われている隙に九州を鎮西を平定する夢を実現するべく旗揚げ
    関ヶ原があっけなく終戦となり、九州の石田派大名の城を攻撃したが夢半ばで終わり
「半兵衛を動かしていたのは、真偽であり、義侠心である。世の中を冷徹な目で眺めているようでいて、実は、人間は「利」を追い求める一方で、「義」によっても動くという矛盾した本質を誰よりも判っていた」
・「人は生きていくためには我慢や辛抱が大切、できない人間は結局何事もなすことができない」



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