蜘蛛が視界の隅を横切る。
大きな蜘蛛だ。
ダンゴムシを平らげた奴かどうかはわからない。
脚を広げたら直系10cmの中にはまるだろうかというくらいに大きい。
とはいえ、それは脚を含めての事である。その脚は針のように細いからタランチュラのような迫力はどうやっても出ない。
体はせいぜい小指の頭ほどだ。
それでもやはり私はドキッとしている。
屋外で見かける分にはかまわない。庭で蜂をすっかりぐるぐる巻きにして押さえつけている奴を見ても
蜂が大変気の毒だとは思うが心臓の鼓動は乱れない。むしろ感心して観察する。
しかし足元の傍をすべるように走るその姿は異質な世界から現われたものの様で見かけるたびに驚いてしまうのだ。
節足動物門鋏角亜門クモ綱クモ目の営みはなかなか興味深い。
観察フィルムなどがあるととりわけ一生懸命に見てしまう。
蜘蛛の巣の複雑で美しい造形、面白い餌の捕獲方法、蜘蛛の糸の仕組みなど見ていて飽きない。
あの美しい蜘蛛の糸に獲物が絡みとられるイメージはで不安をはらんだ誘惑だ。
そんな蜘蛛だからこそ人間は注目して昔から話題になる生き物なのだろう。
日本で朝方に蜘蛛を見たら吉兆で夜は災いの前触れというが、
確かに夜の暗闇で見る蜘蛛は朝日の中で戸惑う蜘蛛より、
勝手な言い分ではあるけれど少しだけまがまがしい。
そういえば毛むくじゃらの鳥蜘蛛の八本の脚を上手に持ち火に炙っていかにも嬉しそうに食べている映像を見たことがある。
何でも蟹のような味で美味しいのだという。
まあ、そういう機会もなさそうだし考える必要もないのだけれども私にあの鳥蜘蛛を食べる勇気があるだろうか?
ちなみに前出のダンゴムシも食糧難の際には食用可能であるらしい。
フライパンで炒って爆ぜたところを食べるのだという。
どうも私には鳥蜘蛛の丸焼きよりも試したくはないものだな。
食糧難に遭遇したら私は草の根をダンゴムシと一緒に齧ろう。

大きな蜘蛛だ。
ダンゴムシを平らげた奴かどうかはわからない。
脚を広げたら直系10cmの中にはまるだろうかというくらいに大きい。
とはいえ、それは脚を含めての事である。その脚は針のように細いからタランチュラのような迫力はどうやっても出ない。
体はせいぜい小指の頭ほどだ。
それでもやはり私はドキッとしている。
屋外で見かける分にはかまわない。庭で蜂をすっかりぐるぐる巻きにして押さえつけている奴を見ても
蜂が大変気の毒だとは思うが心臓の鼓動は乱れない。むしろ感心して観察する。
しかし足元の傍をすべるように走るその姿は異質な世界から現われたものの様で見かけるたびに驚いてしまうのだ。
節足動物門鋏角亜門クモ綱クモ目の営みはなかなか興味深い。
観察フィルムなどがあるととりわけ一生懸命に見てしまう。
蜘蛛の巣の複雑で美しい造形、面白い餌の捕獲方法、蜘蛛の糸の仕組みなど見ていて飽きない。
あの美しい蜘蛛の糸に獲物が絡みとられるイメージはで不安をはらんだ誘惑だ。
そんな蜘蛛だからこそ人間は注目して昔から話題になる生き物なのだろう。
日本で朝方に蜘蛛を見たら吉兆で夜は災いの前触れというが、
確かに夜の暗闇で見る蜘蛛は朝日の中で戸惑う蜘蛛より、
勝手な言い分ではあるけれど少しだけまがまがしい。
そういえば毛むくじゃらの鳥蜘蛛の八本の脚を上手に持ち火に炙っていかにも嬉しそうに食べている映像を見たことがある。
何でも蟹のような味で美味しいのだという。
まあ、そういう機会もなさそうだし考える必要もないのだけれども私にあの鳥蜘蛛を食べる勇気があるだろうか?
ちなみに前出のダンゴムシも食糧難の際には食用可能であるらしい。
フライパンで炒って爆ぜたところを食べるのだという。
どうも私には鳥蜘蛛の丸焼きよりも試したくはないものだな。
食糧難に遭遇したら私は草の根をダンゴムシと一緒に齧ろう。
