散歩絵 : spazierbilder

記憶箱の中身

さて、どんな話が出てくるか?

2006-10-24 18:21:56 | 思考錯誤
そろりそろりとハロウィーンがまたもや近づいてきた。
冷たくなってきた風がガラス窓にぶつかって、部屋の中の気持ちよい空気を一睨みして去ってゆくのを見るのは面白いもんだ。
この時期には、ろうそくのゆれる灯火を眺めていると、ちょっと背筋が寒くなる話なんかが、するする立ち昇ってくるはずなんだけれど、息を潜めて見つめていないことには、気がつくと”お話”はふわりと消えてしまったり、するりと逃げてしまったり、ゆらゆらと絡まってしまうものだ。
今夜はどんな話が出てくるもんだかわからない。
うまく捕まえられるだろうかね? 





ジャックという男は罪深いやつだった。
いやまったく、悪賢い奴だった。
欲しい帽子があれば人様の頭からでもそれをひったくったし、ありつけるときには酒をしこたま飲んだな。それで彼の都合で嘘をついた。日曜日について彼が知っていることといえば池の魚を独り占めに出来るってことだけだ。
食い物は大方盗んできたもんだ。誰も見てないところを見計らって鶏をぬすんだり、
冷ますために窓辺に置かれた焼きたてのケーキとか、取り残しの鶏の卵を失敬するとか、持ち主がベットの中で夢見ている時分を見計らって、いい具合に熟れてきたメロンを盗んじまう。
彼の“買い物”をよく思うものなぞいなかったが、彼はひとところに長居することはなかったから、数日おきに他の街で鶏だのメロンだのが行方不明になるのだった。

さて、すべての生まれてきた魂には死がやってくるのは世の常だ。
もっともそれぞれ違った形でそれはやって来るもんだな。ジャックの場合それは悪魔の形でやってきた。
「ハロー」悪魔は道の真ん中でジャックの行く手をさえぎりながら言った。
「ハロー」ジャックは答えた。
「申し訳ねえこってすが、旦那様。。あっしがおしゃべりに付き合わないからって気を悪くなさんないでくださいましよ。何しろ後ろから追ってくる二人組みが居りますんで。その奴らといったら、奴らの燻製室から消えた燻製ハムの行方についてわしと話したがってるんだが、こっちは相手になりたくはないもんで。もし貴方様がここを通してくだされば、このまましけこむことが出来るってわけなんで。」

悪魔は一ミリとて動かない。
「がっかりだな。お前は私がわからんのかジャック。」と聞いた。
「もちろん貴方様が誰だか十分知っておりますですよ。」とジャックは答えた。
「貴方様の頭に生えた角、長くてとんがった尻尾、あかあかした両目に、そして焼け焦げる硫黄のにおい。。ああ、旦那様、貴方様をそこらの巡礼者と間違えようっていったって無理ってもんですわ。ただその。。追っ手があっしの後を。。。」
「それはもう聞いた。」と悪魔はジャックをさえぎって言った。
「そいつらのことは興味がない、まだ今のところな。今興味があるのはお前だ。」
「なぜでしょう?」
「なぜなら、お前の時が来たからだ。お前にはこの嘆きの谷を去って、犯した罪の償いを受けるときが来たのだ。お前が地獄行きという事で驚くものはいないだろうよ。」

「いやね、自分でも驚かないってもんですがね。 驚いちゃうのは貴方様が神を恐れる敬虔な奴ら二人組みを魔法でたぶらかすことなく逃がしちゃうって事ですよ。」
「魔法だって!」悪魔は叫んだ「一体どんな風にするのだ?」
「いやいや。。貴方様はおやりにならないでしょうね。それよりあっしを通してくださいよ。」とジャックが言うと
「ちょっと待て。お前はいつも私好みの良いアイディアを持っておる。ジャック、一体どう意味だね?」
「それじゃあ言いますが、例えばですよ、あっしが二人組みに捕まったりするんですがね、それでもってあっしが奴らに 許しを乞ったり邪険にしないよう頼んだりしたとしますわな、それで例えば盗んだ金を返すと申し出るとしますなぁ。フェアにですねキリストの名に。。。」
「その名は言うな!!」悪魔が叫んだ。
「オーケー、オーケー。兎に角フェアにゆきましょうってね。奴らに最後のなけなしの銀貨を、お袋が死に際にくれた銀貨を渡すと言うんですわ。」
「お前のおふくろさんはま死んじゃいないし、銀貨どころか銅貨だってもっちゃいない。しかし、お前はなかなか面白い事を言う。さあ、それからどうするのだ。」
「兎に角ですな、あっしが奴らに銀貨を渡したとしましょう。そして奴らはあっしを解放しますわな。するとまもなく銀貨がぱっと消えてなくなるんですわい。 銀貨がなくなったもんだからいくら敬虔なお二人さんでもお互いを疑いあってかっとなって喧嘩になるってわけです。」

「我々の名が世にとどろくな。」と悪魔。
「面白いぞ。しかしひとつ質問がある。一体お前は何処から消える銀貨を調達するのか?」
「それがですね、貴方様が銀貨に変身してくださればいいんでさ。」
「私がか?」
「そうです、貴方様がですよ。いいじゃないですか。貴方様は色々なものに変身できると仰ったでしょう?それで貴方様の好きな時に消えればいいんですから。金は災いの元って言うじゃありませんか。」
「もういい!」と悪魔はさえぎって言った。
「それはいい考えだ。ジャック。やってみようじゃないか。」

「わかりました。」とジャックは返事をしながら皮の袋をポケットから取り出して言った。
「ここにあっしの銭袋があります。銀貨になってここに入ってください。 ああ、追っ手が近づいてきたみたいだ。」

ジャックの予想は当たって悪魔は何にでも変身できるようだった。早速ぴかぴかの銀貨に変身した悪魔は銭袋の中に飛び込んだ。
そこでジャックは銭袋の紐をぐいっと締めてほこりの舞い立つ道路に投げ出し、ドカッとその上に座り込んじゃったんだ。
その瞬間悪魔はジャックにはめられたのに気がついたがもう遅い。
その上ジャックがつい先だっていた町で盗んできた銀の十字架を乗っけられたものだから悪魔は力を失って泣き喚くばかりだ。ないてもわめいて脅しても賺して、まったくひどいののしり言葉をわめいて、その上、出来立てほやほやの罵倒言葉なんかも飛び出したけど、役には立たない。
ジャックは悪魔がそのうち疲れてしまうだろうと道の埃の中でじっと座って待っていた。

ジャックが思ったとおり、悪魔は泣き喚き疲れ、ジャックの尻に敷かれたことで誇りを傷つけられ、乗っている十字架のおかげでひどく苦しんでいた。
そして、とうとう耐え切れなくなった悪魔は
「何が欲しいのだ!」と袋の中から訴えた。
「あんたがあっしから手をひいてくれることでさ。」とジャックは答えた。
「わかった、約束しよう。」と悪魔は答えた。

ジャックは悪魔の約束は7年間しか持たないという話を知っていた。
「七年間。七年間といえばちょっとした時間だ。その間に2,3つ悪さを考えることも出来るだろうし、ひょっとしたら、熱心な神父が俺様を改心させて敬虔な信徒にしてくれるって事になるかもしれない。まあ、七年間ありゃ充分だね。」と決心した。
ジャックは立ち上がり皮の銭袋の紐を解き始めると、悪魔は飛び出してあっという間に消えてしまった。
一人残ったジャックは七年間の計画を立て始めた。

七年たってもジャックには改心の兆しはまったくなかった。
七年間は競馬場や酒場で費やされ、食べ物はそこここで盗んで暮らしていた。
そしてちょうど七年目にあたる日のこと、ジャックはぽっくり死んじまった。
蕪の畑の真ん中で盗んだ蕪を切って食べているときにいきなりぱったり地面に倒れ、ジャックの魂が地獄の門についたときもまだ、蕪を口の中でもぐもぐやっていたくらいだ。

「あちゃぁ、もう七年経っちまったのかあ?時間の経つのはまったく早いもんだ。ここでもそうだといいねえ。」ジャックは蕪を飲み込んでから門に向かって叫んだ。
「おおおい、中にいるお方!来ましたよお。」
「誰だ?」と聞き覚えのある声が中から響いた。
「誰が来たのだ?おお。。。」
悪魔は壁の向こうに顔を出して、
「お前か。何の様だ。」
「だからですね、お約束の七年が過ぎましたんで、旦那様。来たくはなかったんですがそれでも来たんだから、開けてくださいよ。」

「いや、だめだ。問題外だ。お前は私をひどい目にあわせた。ジャック、私が許すのが嫌いなのだということを知っているか?」
「へっ、入れねえってんですかい?それじゃあ、あっしはどうしたらいいんですかい?」
「それは私の問題ではない。」と悪魔は答えた。
「お前はお前の使い古た体にはもう戻ることも出来ないし、ここに入ることも許さん。お前は“他の場所“に向かう道をゆくんだね、ひょっとして何かに使ってくれるかも知れんぞ。」といって悪魔は暗い道を指差した。

「他の場所ねえ」とぼやいた。
「まあ、しかたねえな。試してみようか。しかしあっちの道は真っ暗だなあ。おおい、明かりのひとつも貸してくれたっていいでしょう?」
「これをもってゆけ!」と悪魔は熱く焼けた炭をジャックに放ってよこし、
「これを返しにくる必要はない、といっても出きんだろうがな。」と言い捨てた悪魔はくるり背を向けて炎の中に消えていった。

炭は熱くてつかめなかったので、ナイフで蕪をくりぬき穴の中にそれを入れ、歩き始めた。

ジャックは“他の場所”の門前に着いたが、犬が彼を追い回すので、また来た道を引き返した。門をたたいても誰も返事をしないので、ジャックはこの世に戻ったんだ。
そこで問題は彼がもう体を持っていないってことだ。
ジャックは仕方なくあちこちをさ迷い歩いた。彼が生きているときからしていたようにね。
彼のあかあかと燃える炭は決して消えることはない。
そんなわけで湿原や沼や野原で明かりがぽつんとひとつ霧の中をさまようのを見ることがあるってわけだ。

その明かりを追ってゆく者は、暗い危険なところに導かれて二度とかえってこない。

そうやってジャックは地獄の門を通ることも出来ずにいまだに当てもなく彷徨っているわけなんだ。



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 これは去年の記事に載せたジャックの話の別バージョンでした。



ハロウィンの晩は。。

ハロウィンの晩は。。2 

ハロウィンの晩は。。3

骸骨を。。食べる