もう明日でもかまわない

日々の雑記です。
艦これにはまっていたけどやめました。
愚痴が多いのでご注意ください。

終わってしまった

2014年12月17日 21時28分30秒 | 日記
今朝、大家族の最後の猫が息を引き取った。
急に体調が悪化して、三日間のうちみるみる衰えていって、
あっという間に逝ってしまった。

本当につい先週まで、明け方、いつものひなたぼっこの棚の上までジャンプして、
午前中そこで寝たら午後は私の布団の中に入ってきて、
夕方、私と一緒に起きてきてこたつに入り、明け方までリビングのこたつを出たり入ったりのサイクルだった。
食欲も旺盛で、今までは家族猫たちと一つのミニ缶詰を半分ずつ食べていたのを、
一匹で一缶出すようになったけど、普通に朝晩ペロッと食べていた。
下痢をしたことがなく、いつもいいうんち。
女の子なのにわんぱくな性格で、ポリポリ以外は抱っこを始め人に何かされるのが大嫌いで、爪切りに一番苦戦した。
病気もしたことがなくて、震災の時に血尿が出たり、お父さん猫が瀕死の時に寝ずに徘徊し続けたりして、ムチムチ体型でキリッとした勝ち気そうな見た目によらず、精神的に脆いところはあったけど、
19歳9ヶ月なのに腎臓も丈夫で、おしゃれ好きで丁寧な毛づくろいを欠かさなかった。

茶トラのお父さん、アメショーのお母さん(ムッチリ体型と勝ち気な性格はお母さん譲り)から生まれた兄弟は他に7匹居て、全員もらわれてる。
誰か一人を残そうという時に、前の夫のKが一番お気に入りのまーちゃんが残ることになった。
兄弟がみんなグレーと黒の虎か、焦げ茶と茶のトラの中、まーちゃんだけ混じった三毛トラだった。
そんで一番強気そうな顔つきだった。
私は誰が残っても良かったのだけど、Kに引っ張られる形でまーちゃんを特に好きになっていった。
まーちゃんは一人だけお母さん猫といつまでも一緒に居たからか、性格からか、
生後3ヶ月ぐらいでもう大きくてもいつまでもお乳を飲んでいて面白かったんだけど、
あれが良かったのかな、母乳をたくさん飲んでいたから丈夫な子になったのかなと思う。

2日前に、1日ご飯を食べないからと病院に連れて行った時は、
手の平からだとおやつのペーストを食べていた。お水も自分で飲みに行った。
病院で点滴をしてもらって、帰ってきても点滴ブーストは起こらずに元気が無くなっていった。
それでもお水は飲むし、手の平から少しはおやつを食べていた。
トイレに向かって歩けていた。頭がふらふらしていた。
脱水症状が激しく、尿毒症と腎不全が進んでいるけど、そんなに進行していなくて、
血液検査の結果だとまだ希望が持てると言われたんだけど、
「それより頭がグラグラしてるのが気になる。この子はこれからいろんな所が麻痺していくのかもしれない」と言われた。
2~3日、通って長時間の点滴をする予定だったのだけど、
先生に「今日帰ってごはん食べないようなら、寿命だと思う」と言われて、
昨日の朝、歩けなくなっていて元気も出なかったので、
点滴のためにつけられていた腕の処置を外してもらうだけで帰ってきた。
その日の朝も、トイレに向かって歩こうとしていて、トイレに連れて行くとそこでいつもの量、おしっこをした。
昨日の夜、まったく歩けなくなって寝ているお布団からずりずりする程度しか動けなくなった。
お水も飲みにいけなくなり、寝返りも打てないので、
1時間毎に強制給餌(キドナとペーストご飯を混ぜたものを1mlぐらいずつ)と給水する時に体勢を変えていた。
けど夜中の2時頃になると、もう目もうつろだし身体はぐにゃぐにゃだしものすごく嫌がるから給餌はやめて、お水だけ与えるようにした。
それでも嫌がってたけど。
明け方に、体制を変えるときに、うつ伏せの状態で両腕がべたーっとなり、
肘にも力が入らなくなったのがわかった。猫のあんな姿勢は初めて見た。
全身が麻痺していたのだと思う。それでもお水だけはあげ続けて、
朝7時頃にちょっと寝て、午前8時半に給水するといつものように「くはっ」と言い、
弱々しく嫌がられ、ごめんと思いながら横たえる時に様子がおかしく感じられた。
心臓が止まってた。「くはっ」の時に、終わりだった。
抱っこしたまま腕の中で逝かれ、看取ることは出来たけど、嫌がられて終わった。
嫌なことをしてる時に終わった。
コメント
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