ROKSANのつぶやき

独断と偏見に満ちた時遊人の日記

ばん田耕治 アートヴィンテージスタインウェイを語る With 弓張美季

2011-11-03 20:16:03 | イベント
ひょんなことからこのイベントを知ったのが1日の夕刻で、翌日すぐに申し込みをしました。
きっかけと言うのが不思議なもので、新規の得意先に伺って社長さんとお話をしているうちに、ピアニストの弓張美季さんをよくご存知だということで、クラシックに強くない私にとって始めての名前だったので、詳しい経歴などのお話を聞いている時にパソコンでyouTubeの演奏を観たり、ホームページの検索をしているうちに11月3日灘区民ホールのイベントが目に留まったのでした。

弓張美季さんの演奏も勿論興味深かったのですが、其れより増してアートヴィンテージ・スタインウェイという響きがオーマニの琴線を震わしました。
日本ピアノサービスの磻田耕治さんが語り、ノンフィクション作家であり夙川学院教授の後藤正治氏が聞き手になり、弓張美季さんが演奏するという何と魅力的なイベントでした。

その夜にカミさんの予定が無いことを確認して2人で出かけていきました。灘区民ホールという名前も聴いたことがなかったのですが
地図で確かめるとこれも私の営業区域内で先日も近くを何度も歩いておりました。本当に不思議なものです。

13時30分会場、14時開演ということもあり少し早めに家を出発して、171号線から山手幹線を通るルートでいきました。山手幹線も171号線と繋がって両サイドには真新しい邸宅が立ち並び、いっそう雰囲気が盛り上がってくる感じです。

予定より早く着きそうなので、カミさんがフロイン堂の食パンを買うとかで岡本駅の狭い道を進んで寄り道をしました。いつも予約のみでしか買えなかったのですが、今日は偶然にも1本買えたようで幸先の良いスタートが切れました。こんな日はとてもスムーズに1日が過ごせます。

しかしながら、灘区民ホールについて駐車場を探しておりましたが、どこも満車で周辺を2周ほどしましたが見つかりません。少し離れても仕方ないと思い進んでおりましたが偶然にも1台出て行く車があり止めることが出来ました。やはり今日は順調に物事が運びます。

ホール玄関を入り奥のエレベーターで5階に上がりますと20~30人の方が開場を待っておりました。受付を済まして入り口の間に見事なピアノが置かれておりましたので、写真撮影の許可をもらって撮影したのがこの写真です。





1924年製造のニューヨークスタインウェイ Model-A3

そうしているうちに13時30分の開場の時間になりました。
ドアが開けられ中には3台のピアノが設置してありました。中央に黒塗りのコンサートピアノが置かれ、両脇には美しい彩りの猫足のピアノが2台控えておりました。


まず、左のピアノは1922年製造のルイ16世モデル(Model-O)





中央にはこの日のメインピアノである1925年製 NEW YORK STEINWAY CD-135です。


右端のものは1951年製のルイ15世モデル NEW YORK STEINWAY Model-Mです。

どれも素晴らしい状態のものばかりでした。
今回のイベントは公演中と演奏中以外は写真撮影がOKということもあり思う存分撮影ができました。

出演者の紹介が終わり中央に置かれた CD-135での弓張美季さんの演奏から始まりました。
曲目はシューベルト作曲 ウィーンの夜会 リスト変曲だったと思います。
後藤先生の優しいさのあふれたしかも巧妙な語り口でお二人の対談はスタートしました。磻田さんの半生を紐解きながらニューヨークスタインウェイに魅了されたいきさつなど、少しご不自由なお体ではありますが、スタインウェイに捧げられた並々ならず熱い情熱がヒシヒシと伝わってくるお話でした。

途中、休憩を挟み後半は両サイドのピアノの演奏がありましたが、あまりの磻田さんの話が熱くなりすぎまして、美季さんがピアノにすわりスタンバイが出来たことも解らないぐらいの熱弁でした。
左側の1922年製ルイ16世モデルでショパンのワルツを、右側の1951年製ルイ15世モデルではトロイメライを演奏して頂きましたが、中央のCD-135とは全く違った音色で少し軽めの美しい音色でした。これではコンサートは無理でしょうね。ホームユースというところでしょうか。でもこのように美しいピアノがあるお宅というのは想像するだけでも幸せな感じがしてくるものです。

最後に磻田さんのリクエストにお答えする感じでショパンのノクターンで演奏が終わりました。
とても心に浸り入るような演奏がCD-135という名器の音色と相俟って至福のひと時を味わうことが出来ました。
久々に鳥肌の立つ思いを体験できた貴重な1日となりました。

磻田さんのお話とは、現代のイージーな物作りへの危険信号を唱える意味合いで、過去の素晴らしい職人が選び抜かれた材料を時間をかけて熟成し、手間隙を惜しまずに製作されたピアノたちへの尊敬を伝えておきたかったのだろうと思います。

特に1920年代に生産されたNEW YORK STEINWAYはどれもが素晴らしい出来栄えであったそうです。
それから1970年までに生産せれたものは、いくら時が経ってもピアノ本来の力があり再生できると言うことです。
残念ながらそれ以降に生産されたものは製品自体の力が無いようです。

化学薬品を使用してハイテクで量産されたものは、見かけの綺麗さと測定数値は優れていても、
肝心の音色が全くダメだと言うことです。

特に昨今は世の中がグローバル化さえて、どこのメーカーの物も同じような音がして個性がなくなってきているようです。
このことはピアノのみならず他のものでも言えることだと思います。
良くも悪くも世の中が均一化されえいるということだと思います。

公演が終わってこの素晴らしいピアノ達に触れ合うことが出来る機会を与えて頂きました。
腕に覚えのある方々は各々にピアノの鍵盤に触れられて、素晴らしい音色を響かせておらえました。



中にはピアノの柄の帯を御召しになっておられる方もいらっしゃいました。
そのうえに、裾と袂にはピアノの鍵盤をあしらった柄が・・・。
とても粋なイベントでありました。

灘という地域性もあると思いますが、参加された方々の品の良さも弓張美季さんの素晴らしい人脈がおありと拝見いたしました。
私には少し(大変に)場違いな感があったのも事実でした。