サンタ考/S嬢のPC日記上記の経緯をもって、Xデー、つまり25日の朝を迎えた我が家であります。
カウントダウン/S:今日の一言
サンタさん/S:今日の一言
サンタに夢を持つ、というよりサンタを信じる5年生11歳♂の「結果」が今日。
その「結果」の重要な経緯となるのがこちらになります。
姉が子ども連れて一時帰国/S:今日の一言22日午後、彼はわたしの実家に泊まりに行き、彼の仲良しのイトコと共に、わたしの姉と二泊三日を過ごしました。そして息子は「サンタは実在する」という強化を受けて帰ってきました。
おもちゃ発祥の国ジャパン/S:今日の一言
姉は、小学生のときにサンタを「見た」そうです。誰がプレゼントを買うかなんてことは、その存在に関係無いそうです。「だって、見たもん」と言います。感激と共に最初にうち明けた妹には一笑に付されたこの話、自分の一人息子にさえも相手にされなかったそうです。
しかし、11歳の甥は、目を輝かせて聞いてくれる。姉がサンタの話を聞かせるのではなく、姉と彼がサンタの話を共有したようです。
クリスマスが近づくにつれて増えていった彼の「サンタ」に関しての質問を、わたしは「いない」ことに対して背中を押されたいのかと思っていました。しかし、実は違いました。彼が背中を押して欲しかったのは「いる」ということに対してだったようです。姉の「だって、わたしは見たもん」という一言が、彼には一番重要だったようです。
自分が見るか見ないかということではなく、「見た」と、「いる」と、そう言ってくれる人が欲しかったのだと感じました。
息子は、姉が見たサンタの話をしてくれました。わたしは姉の、小さかった姉の最初の話の切り出しをろくに聞かずに否定した。姉の息子も同じようなものだったそうです。姉はやっと、わたしの息子に対してその話を克明にすることができ、そして息子の心にはその情景が焼き付いたようです。
だから自分が見たいとは言わない。言わないのだけれど、サンタクロースはいるのか?/ko-ko-sei nikki や、サンタ・クロースは実在した!?/ぽんすブログの「光」の話は、きっと目を輝かせて聞くことでしょう。
24日の夕刻、オーストラリアに戻る姉を、新宿の成田行きのリムジンバスの停留所で送り、そのまま新宿で24日の夜を過ごしました。画像はそのときの一枚。キラキラと輝くクリスマスムードの中、彼のクリスマスはおおいに盛り上がっていました。
家に帰る道を歩くときに、息子が姉が見たサンタの話をしてくれました。
玄関に立っていた、というその話。とても大きな人だったそうです。もちろん父親の変装なんぞではありません。わたしはこの話をちゃんと聞くのに、何十年もかかってしまった。
「そう。同じおうちにいたのに、おかあさんには見られなかったわ。」と、少し淋しい思いで言うと、「どうしてかなあ」と彼は言う。
「おかあさんは、あんまりいい子じゃなかったんじゃないかな」と、口をついて出ました。サンタに説教を持ち込むことが嫌いなわたし。それでもこのときは、なんというか寂寞感と共に、このフレーズが口をついて出てしまった。
息子は立ち止まり、まっすぐにわたしを見て言った。
「そんなことないよ!」
ああ、これが、この子がサンタを信じ続ける素養なのかと、ふと思った。
今日、25日の朝は、彼のクリスマスツリーに向かって走る物音と、叫び声で始まりました。その叫び声は「来た!」というもの。「おかあさん、来たよ!」が、二度目の叫び声でした。
さあて、来年はどうしましょう。彼の心の進む道は、きっと彼が決めることでしょう。
彼の父親である夫の弁は、「来年もツリーはきちんと飾らなきゃな」というもの。
うちのクリスマスツリーは、150センチという大きなものです。出して飾り付けをするのも片づけるのもけっこうな作業です。サンタの存在にとって重要なアイテムである我が家のクリスマスツリーは、今年も立派に効力を発揮してくれました。
「あの子は、きっといいサンタになるよ」
この夫の一言が今年のクリスマスを象徴したような、そんな結末です。
クリスマスにこの記事を読むことが出来て、嬉しいです。プレゼントを頂いたような気持ちになりました。
息子さんは、既にサンタさんなのかもと思います。
ありがとうございます。
ご主人のこの言葉、わたしもそう思います。
そして、息子さんに信じる気持ちを与えたSさんやご主人、お姉さんたちもきっとサンタさんなのでしょうね。
うちはこんな丁寧な話や心遣いを出来てませんが、サンタさんに関する今年の兄弟のやりとりはちょっと面白かったです。
もしよければ、名前をクリックしてみてください。
子どもなんつーのは、簡単に読めないとこ、あるよなあ、そうかあ、なんて感覚で記事上げしましたってのが、正直なとこです。
この子、なんというか、「素」でおもしろい子ですよ。
鈍くさいとこ満載で、なんつ~か、一般的には威張れた子どもでもないんですけどね。
でも、なんというか、「素」でおもしろい。
3歳児検診で、「言語発達遅滞児」だったこの子、その後、障害をもつという経路には行かなかったけれど、今でもちょこちょこと日本語がおかしい。
ちょっと前に、この子にわたしは「最近の若いヤツはまったく…」というフレーズで怒られて、わたしは大喜び、とかね。
「素」でおもしろいってことの中に、「へえ」って思うこともけっこうある。
その最大は、幼稚園に入ったときから、つまり彼が社会を経験したスタートから存在してるんだけれど、
「自分が不利になることを前提としても、誰かが不利になる場合に、絶対にその相手の名前を言わない」。
ガンとして、言わない。
これは、すごいな、と思いますね。
ガキってのは、自分を棚上げしても、誰かを不利に落とすものじゃないのか、って。
そういう、妙な常識が、この子によってくつがえった。
しかし、なんつ~か、よくカモにされますよ、この子。
巻き上げられたり、盗られたりってのは、幼児期に頻発してた。
最近は、彼の初恋の相手が彼に接近してきた理由が「彼のポケモンソフトの中のレアなポケモンを狙っているだけだった」ということが発覚したときは、「…らしいよな」と思った。
彼本人にも発覚してる。
でも、あげてるし…。
まあ、「恋」がわかってるってことで、母はよしとします。
>なんだか、子ども褒め記事になってしまうようなコメントいただいて、いや、そうじゃなくて、いや、そうなるのか、と、ちょっとしどろもどろ
いやはや、読み直し、淡々と書かれてるようにも思え…。
でもね、息子さんの気持ちを裏切らない友達、Sさんの息子さんへの視線やお姉さんのことも素直にいいなあと思えたんです。
将来、息子さんは『サンタさんはいるんだよ』って子どもに伝えるのかな?ってよそ者(わたし)が勝手に想像してる中、
>彼の心の進む道は、きっと彼が決めることでしょう
そうですね。母の言う事は正しい。