その日は仕事を休み、午前7時半からの早朝セミナーに出ていた。
8時過ぎにセミナーが終わり、ビルから出る。雲ひとつない青い空に、新宿都庁が映えている。
さて、私はこれから埼玉県に向かわねばならない。手提げ袋を忘れていないか何度も確認し、JR新宿駅を目指して歩いた。
この手提げ袋には、大事なひな人形が入っているから、雑に扱ってはならない。3月に、娘の節句を祝うために飾ったら、七人雅楽の一体にキズがついていることがわかり、修理を依頼するのだ。
私はこれが、引っかき傷に見えてしまった。花の顔(かんばせ)に何たることか。
狭い段ボールの中に何体もの人形を入れてあるので、ケンカしたのかしらと思ったりして……。
まさか、修正液を塗るわけにもいかず、購入先に電話で相談したら、「お手数ですがご持参ください」という返事であった。
「3月に気づいたのに、どうして8月まで放っておくの?」などというツッコミが入るかもしれない。
まあ、多少はスローな面を持っている人間なのだと理解していただきたい。
「岩槻~、岩槻」
東武野田線に乗り、岩槻駅に到着した。東口ということはわかっていたが、目当ての店舗が見つからない。やむなく本社のビルに寄り、店舗の場所を聞いてみた。
「駐車場はわかりましたか? あの奥にありますから、そちらでお申しつけください」
「あら、私、通り過ぎちゃったんですね」
何とも間抜けな話だが、丁寧に対応してもらい、気をよくして階段を下りた。
途中の階に、「人形の博物館」という展示がある。時計を見て、時間にゆとりがあると思ったとたん、急に入りたくなってきた。
受付は無人だ。中にも人はいない。入場料の300円を賽銭箱に入れ、一歩足を踏み入れると、ズラリと並んだひな人形たちが待っていた。
ほとんど客が来ないのか、人形たちは退屈そうだった。古い時代のものは、明らかに顔立ちが違う。ジッと見つめても、決して人形とは目が合わない。心ここにあらず、という表情ではあるが、おおむね歓迎ムードのようだ。
そうか、呼ばれちゃったのかも……。
これも何かの縁だろうと考え、グルッとひと回りした。こうやって、ガラスケースの中で整列していれば、ケンカすることはないだろう。
博物館を出て、ようやく店舗にたどり着く。人形を見せると、店員さんは手袋をはめ、慎重にキズを確認した。収納の状況や、経緯などについても詳しく聞かれた。
「キズは薄くなりますが、多少は残るかもしれません。もし、それがお嫌であれば、首だけ交換することもできますが、いかがいたしましょう」
首を交換すると、別の子になってしまう。それは困るので、このまま修理してもらうことにした。目立たなければ、多少のキズは仕方がない。
「かしこまりました。では、修理が終わりましたらご連絡いたします」
店員さんは、明細表に内容を記入し、お客様控えを手渡した。そこには、こう書かれていた。
「七人雅楽 1人」
うーん、さすがは人形のまち岩槻である。
ここにいると、人形と人間の境界線がわからなくなりそうだ。
↑
クリックしてくださるとウレシイです♪
※ 他にもこんなブログやってます。よろしければご覧になってください!
「いとをかし~笹木砂希~」(エッセイ)
「うつろひ~笹木砂希~」(日記)
8時過ぎにセミナーが終わり、ビルから出る。雲ひとつない青い空に、新宿都庁が映えている。
さて、私はこれから埼玉県に向かわねばならない。手提げ袋を忘れていないか何度も確認し、JR新宿駅を目指して歩いた。
この手提げ袋には、大事なひな人形が入っているから、雑に扱ってはならない。3月に、娘の節句を祝うために飾ったら、七人雅楽の一体にキズがついていることがわかり、修理を依頼するのだ。
私はこれが、引っかき傷に見えてしまった。花の顔(かんばせ)に何たることか。
狭い段ボールの中に何体もの人形を入れてあるので、ケンカしたのかしらと思ったりして……。
まさか、修正液を塗るわけにもいかず、購入先に電話で相談したら、「お手数ですがご持参ください」という返事であった。
「3月に気づいたのに、どうして8月まで放っておくの?」などというツッコミが入るかもしれない。
まあ、多少はスローな面を持っている人間なのだと理解していただきたい。
「岩槻~、岩槻」
東武野田線に乗り、岩槻駅に到着した。東口ということはわかっていたが、目当ての店舗が見つからない。やむなく本社のビルに寄り、店舗の場所を聞いてみた。
「駐車場はわかりましたか? あの奥にありますから、そちらでお申しつけください」
「あら、私、通り過ぎちゃったんですね」
何とも間抜けな話だが、丁寧に対応してもらい、気をよくして階段を下りた。
途中の階に、「人形の博物館」という展示がある。時計を見て、時間にゆとりがあると思ったとたん、急に入りたくなってきた。
受付は無人だ。中にも人はいない。入場料の300円を賽銭箱に入れ、一歩足を踏み入れると、ズラリと並んだひな人形たちが待っていた。
ほとんど客が来ないのか、人形たちは退屈そうだった。古い時代のものは、明らかに顔立ちが違う。ジッと見つめても、決して人形とは目が合わない。心ここにあらず、という表情ではあるが、おおむね歓迎ムードのようだ。
そうか、呼ばれちゃったのかも……。
これも何かの縁だろうと考え、グルッとひと回りした。こうやって、ガラスケースの中で整列していれば、ケンカすることはないだろう。
博物館を出て、ようやく店舗にたどり着く。人形を見せると、店員さんは手袋をはめ、慎重にキズを確認した。収納の状況や、経緯などについても詳しく聞かれた。
「キズは薄くなりますが、多少は残るかもしれません。もし、それがお嫌であれば、首だけ交換することもできますが、いかがいたしましょう」
首を交換すると、別の子になってしまう。それは困るので、このまま修理してもらうことにした。目立たなければ、多少のキズは仕方がない。
「かしこまりました。では、修理が終わりましたらご連絡いたします」
店員さんは、明細表に内容を記入し、お客様控えを手渡した。そこには、こう書かれていた。
「七人雅楽 1人」
うーん、さすがは人形のまち岩槻である。
ここにいると、人形と人間の境界線がわからなくなりそうだ。
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