初の体外受精を試みたあと、妊娠検査で陽性となり、2月末には胎児の心拍まで確認できたのだが……。
「来週、また来て下さい。そこで何もなければ、おそらく大丈夫でしょう」
主治医の指示に従って、翌週また診察を受けると、意外な結果が待っていた。
「笹木さん、赤ちゃんの心拍が消えています。流産かもしれません」
痛みや出血などの自覚症状はない。だが、胎内で赤ちゃんが死んでしまうという「稽留(けいりゅう)流産」らしい。つわりはあるし、体温だって高い。納得いかないという気持ちであった。
「明後日、また来て下さい。そこでも心拍が確認できなかったら、取り出す手術をしなければなりません。できれば、その場で入院してください。まあ、来週でもいいけれど」
「……わかりました」
理屈ではわかっていても、気持ちが全然ついていかない。おそらく、どの妊婦も同じだろう。医師を信頼していても、先生の診断が間違っていて、この子はまだ生きているのではないか、と疑うはずだ。
さて困った。
もし明後日になっても心拍がなかったら、一体どうすればいいのだろう。手術せずに放置すると、間もなく出血してきて、体が胎児を排出しはじめる。かなり痛いだろうし、感染のおそれもあって危険だ。
でも、その場で入院というのも性急すぎる。来週まで待ってもらうのも手だが、仕事の都合を考えると早いほうがいい。
そこで思いついたのが、セカンド・オピニオンである。つまり、他の産婦人科医に診察してもらい、この子が生きているのかどうかを判断してもらうのだ。
翌日、私は藁にもすがる思いで、かつての主治医を訪ねた。
「こんにちは。どうなさいました?」
「ご無沙汰しております。実は……」
この医師は、華奢な外見とは裏腹に、女傑タイプである。診察中にセールスの電話などがかかってきたら、大変な剣幕で撃退する。
「今、診察中で忙しいんです。あなたの相手をしている時間なんてないんです。二度とかけてこないでください。フンッ」ガッチャーン、という具合だ。
だが、患者には優しくて、緊急時には時間外でも診てくれるし、精神的なケアも忘れない。分娩と不妊治療はしないので、今は他院に通っているが、この先生ならば間違いないという確信があった。
思った通り、最後まで説明しないうちに、「わかりました、もう一度診てほしいんですね。診察室へどうぞ」と言ってくれた。
医師が超音波の機械を操作し、胎児を診察している。
「じゃあ、一緒にご覧になってください」
彼女は画面を私に向け、画像の説明を始めた。
「ここに赤ちゃんが映っています。拡大してみましょう」
胎児の部分を長方形で囲むと、その部分だけが大きくなる。
「でも、心臓の動きが見られませんね。残念ながら、流産です」
心臓の動きは点滅することで確認できる。しかし、私の赤ちゃんに点滅している部分は見られなかった。これでようやく納得である。
「体外受精1回目で着床したんですから、いい卵のときはちゃんと育ちますよ。次ですよ、次!」
さすがに女傑は言うことが違う。主治医は患者と二人三脚をするから、かなり落胆している様子だったが、第三者だとまた視点が変わるようだ。ニカッと笑って、力強い檄を続々と飛ばしてくる。
「メゲない、メゲない!! みんな何回も失敗して、うまくいくまで頑張るんです。1回でガッカリしちゃダメ! まだまだ、これからです」
「ハイッ」
泣いているのか笑っているのか、自分でもわからなかったが、女傑の言葉が妙に心に響く。こんな励まされ方は初めてだ。癒し系ではなく、一喝系が有効な場合もあるらしい。おかげで、診察室を出たときには心の靄がすっきり晴れていた。
稽留流産は、主に胎児側に問題があるとされている。生きる力が弱くて、自然淘汰されてしまうという考え方だ。20代で娘を生んだときと違って、40代では2回も稽留流産に見舞われている。私の卵子は、かなり劣化しているのだろう。
もっと早く頑張ればよかったと、泣き言をいっても仕方ない。今は、何とか質のよい卵子を作ることが大切だ。あと何回流産するかわからないが、それを恐れて何もせず、リミットといわれている45歳を迎えることだけは避けたい。
翌日、パジャマなどの入院セットを持ち、私は診察に臨んだ。
「笹木さん、やっぱり心拍がありません。手術はいつにしますか?」
「はい、今日でいいです。荷物も持ってきましたし、朝食も食べていませんから」
「ああ、そう……」
主治医は、2日前とは違う私に驚きつつも、すぐに手続きをしてくれた。
お腹の中がからっぽになってしまい、非常に淋しいけれども、「次です、次!」なのだ。しっかり眠り、体を温め、ポリフェノールたっぷりの食品をとって、元気な卵を育てよう。
セカンド・オピニオンを受けて、本当によかった。
クリックしてくださるとウレシイです♪
※ 他にもこんなブログやってます。よろしければご覧になってください!
「いとをかし~笹木砂希~」(エッセイ)
「うつろひ~笹木砂希~」(日記)
「来週、また来て下さい。そこで何もなければ、おそらく大丈夫でしょう」
主治医の指示に従って、翌週また診察を受けると、意外な結果が待っていた。
「笹木さん、赤ちゃんの心拍が消えています。流産かもしれません」
痛みや出血などの自覚症状はない。だが、胎内で赤ちゃんが死んでしまうという「稽留(けいりゅう)流産」らしい。つわりはあるし、体温だって高い。納得いかないという気持ちであった。
「明後日、また来て下さい。そこでも心拍が確認できなかったら、取り出す手術をしなければなりません。できれば、その場で入院してください。まあ、来週でもいいけれど」
「……わかりました」
理屈ではわかっていても、気持ちが全然ついていかない。おそらく、どの妊婦も同じだろう。医師を信頼していても、先生の診断が間違っていて、この子はまだ生きているのではないか、と疑うはずだ。
さて困った。
もし明後日になっても心拍がなかったら、一体どうすればいいのだろう。手術せずに放置すると、間もなく出血してきて、体が胎児を排出しはじめる。かなり痛いだろうし、感染のおそれもあって危険だ。
でも、その場で入院というのも性急すぎる。来週まで待ってもらうのも手だが、仕事の都合を考えると早いほうがいい。
そこで思いついたのが、セカンド・オピニオンである。つまり、他の産婦人科医に診察してもらい、この子が生きているのかどうかを判断してもらうのだ。
翌日、私は藁にもすがる思いで、かつての主治医を訪ねた。
「こんにちは。どうなさいました?」
「ご無沙汰しております。実は……」
この医師は、華奢な外見とは裏腹に、女傑タイプである。診察中にセールスの電話などがかかってきたら、大変な剣幕で撃退する。
「今、診察中で忙しいんです。あなたの相手をしている時間なんてないんです。二度とかけてこないでください。フンッ」ガッチャーン、という具合だ。
だが、患者には優しくて、緊急時には時間外でも診てくれるし、精神的なケアも忘れない。分娩と不妊治療はしないので、今は他院に通っているが、この先生ならば間違いないという確信があった。
思った通り、最後まで説明しないうちに、「わかりました、もう一度診てほしいんですね。診察室へどうぞ」と言ってくれた。
医師が超音波の機械を操作し、胎児を診察している。
「じゃあ、一緒にご覧になってください」
彼女は画面を私に向け、画像の説明を始めた。
「ここに赤ちゃんが映っています。拡大してみましょう」
胎児の部分を長方形で囲むと、その部分だけが大きくなる。
「でも、心臓の動きが見られませんね。残念ながら、流産です」
心臓の動きは点滅することで確認できる。しかし、私の赤ちゃんに点滅している部分は見られなかった。これでようやく納得である。
「体外受精1回目で着床したんですから、いい卵のときはちゃんと育ちますよ。次ですよ、次!」
さすがに女傑は言うことが違う。主治医は患者と二人三脚をするから、かなり落胆している様子だったが、第三者だとまた視点が変わるようだ。ニカッと笑って、力強い檄を続々と飛ばしてくる。
「メゲない、メゲない!! みんな何回も失敗して、うまくいくまで頑張るんです。1回でガッカリしちゃダメ! まだまだ、これからです」
「ハイッ」
泣いているのか笑っているのか、自分でもわからなかったが、女傑の言葉が妙に心に響く。こんな励まされ方は初めてだ。癒し系ではなく、一喝系が有効な場合もあるらしい。おかげで、診察室を出たときには心の靄がすっきり晴れていた。
稽留流産は、主に胎児側に問題があるとされている。生きる力が弱くて、自然淘汰されてしまうという考え方だ。20代で娘を生んだときと違って、40代では2回も稽留流産に見舞われている。私の卵子は、かなり劣化しているのだろう。
もっと早く頑張ればよかったと、泣き言をいっても仕方ない。今は、何とか質のよい卵子を作ることが大切だ。あと何回流産するかわからないが、それを恐れて何もせず、リミットといわれている45歳を迎えることだけは避けたい。
翌日、パジャマなどの入院セットを持ち、私は診察に臨んだ。
「笹木さん、やっぱり心拍がありません。手術はいつにしますか?」
「はい、今日でいいです。荷物も持ってきましたし、朝食も食べていませんから」
「ああ、そう……」
主治医は、2日前とは違う私に驚きつつも、すぐに手続きをしてくれた。
お腹の中がからっぽになってしまい、非常に淋しいけれども、「次です、次!」なのだ。しっかり眠り、体を温め、ポリフェノールたっぷりの食品をとって、元気な卵を育てよう。
セカンド・オピニオンを受けて、本当によかった。
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「いとをかし~笹木砂希~」(エッセイ)
「うつろひ~笹木砂希~」(日記)