昼のガスパール・オカブ日記

閑人オカブの日常、つらつら思ったことなど。語るもせんなき繰り言を俳句を交えて独吟。

大晦日です。

2014-12-31 23:59:59 | 日記

今年もいよいよ最終日を迎えた。まったくいつもいつもだが月日の経つのは早い。自分が歳を取るのの二乗に比例して矢のように過ぎていく。
大晦日というのに家事は何もせず、事務所の部屋の中は散らかしたまま、年末の会計の締めの事務作業に没頭していた。
午後の7時を回ったころ、風呂の掃除を終え、お節料理の支度を終え、台所の掃除を終えたかーたんが事務所にオカブを呼びに来た。
毎年、年越し蕎麦はオカブが作る役目になっているからだ。今年の年越し蕎麦は、エルさんが学生時代バイトしていた三軒茶屋の和食処『お山のすぎの子』で譲ってもらったものだ。国産の蕎麦粉を使った手打ちの蕎麦なので気を使って、慎重に茹でる。女三人はかけの天麩羅蕎麦、オカブはもりに冷のお銚子を。
8時からかーたんとNHKで第九の中継を見る。今年はテノールに福井敬、バリトンに甲斐栄次郎という大物を揃えたので見逃せない。ソリストが合唱の前に立っていたので、これで歌えるのか?と不安になったが、さすが福井御大、堂々のテナーを響かせていた。ソリストにも増して、実力の程に驚かされるのが国音の合唱だ。毎年、レベルが上がっていくのが分かるが、今年の出来は一段と磨きがかかっていた。オケも良かった。
10時に第九が終わって、毎年恒例の『こうもり』DVD鑑賞。蛇足ながら付け加えておくと、ドイツ語圏、特にウィーンでは大晦日の夜は劇場では必ず、このヨハン・シュトラウス作曲の名オペレッタがかかる。シュターツ・オパーでもフォルクス・オパーでもアンデア・ウィーン劇場でもだ。ウィーンっ子はわくわくしながらその年の大晦日の『こうもり』の配役や演出に期待を寄せる。
今年もカルロス・クライバー指揮、バイエルン国立歌劇場のシルヴェスター公演の物を見る。アイゼンシュタイン:エベルハルト・ヴェヒター、ロザリンデ:パメラ・コバーン、フランク:ベンノ・クッシュ、オルロフスキー公:ビリギッテ・ファスベンダー、アルフレート:ヨーゼフ・ホプファーワイザー、ファルケ:ウォルフガング・ブレンデル、ブリント:フェリー・グリューバー 、アデーレ:ジャネット・ペリー、フロッシュ:フランツ・マクゼンダー、イワン:イヴァン・ウンゲル、イーダ:イレーネ・シュタインバイサー・・・・と豪華というか、古今東西の最高の配役と演奏陣、そして最高の『こうもり』に仕上がった公演である。そして極めつけの演出がオットー・シェンク。はっきり言って、『こうもり』はオットー・シェンクの演出以外は観たくない。
毎年言っているが、この豪華絢爛たる配役の中で、最も輝いているのがオルロフスキー役のブリギッテ・ファスベンダー。彼女を超えるオルロフスキーはこの将来も決して現れないのではないか?ズボン役が得意の彼女だが、私生活でも女性と危ない関係をもっていたらしく、劇の役を実生活でも地で実践していたということだろう。
フロッシュの好演の後に、大団円の「シャンパンの歌」に見送られて2014年は過ぎていく。
23:50から、テレビ東京の「東急ジルヴェスター・コンサート」を観る。今年は山田和樹指揮のシベリウス作曲『フィンランディア』でカウント・ダウンだ。ちょっと早かったか!
無事年が明けた。

A Happy New Year 2015!

すべきことみな打ち捨てし晦日かな   素閑


 

 

 

 

 

 

 

 

 


年末のシュニッツェル・パーティー(ウィンナ・シュニッツェルとサーモン・マリネのレシピ公開)

2014-12-29 22:26:57 | アート・文化

年の瀬であわただしい12月29日に二人の歌姫が我が家に集まった。
先の長い話ではあるが来年の11月23日の勤労感謝の日に開催する自主コンサートの打ち合わせと、かーたんを交えて旧交を温める忘年会を家でやろうという次第である。
このコンサートはオーストリアワインの販売業者とコラボでやるため、テーマはオーストリア・・・・とりわけウィーン。ウィーンゆかりの作曲家の歌曲、オペラ・アリア、オペレッタ・アリアを中心に歌を聴いていただいて、コンサート終了後はオーストリアワインのミニパーティー&試飲会がある。オーストリアワインは日本では非常にマイナーだが、グリューナー・ヴェルトリーナの炭酸味を帯びた独特の味わいは何物にも代えがたいのでワイン通の方にはぜひお試しいただきたいところ。このコンサートに向けて三人の声楽家がこの日演目の曲決めをしようというのである。
オカブはこの催しで裏方を務めることになっているが、音楽会の内容についてはノータッチなので席に加わることはない。しかし、裏方として同時に開かれる忘年会の料理役をかーたんから仰せつかった。だから料理を作っただけであるが、逆に料理に関しては専任でやったので、ここでそのレシピを公開しようと思う。
ところで来年の11月23日のコンサートにご興味のある方はオカブまでお知らせください。チケットをお送りいたします。一枚、4,500円です。

年の瀬や厨仕事に追われる身   素閑 

まずは、サーモン・マリネからである。玉ねぎである。薄切りにして、塩でもんでタッパーに入れ水を入れてさらし、冷蔵庫に二昼夜入れておく。

サーモンは生サーモンを冷凍して解凍したもの、刺身用サーモン、スモークト・サーモンといりいろ試したが、スモークト・サーモンが一番高価だが一番無難である。生鮭を使う場合は寄生虫の心配があるので調理に十分注意する。冷凍するだけでは少し心配な面がある。このスモークト・サーモンは横に二分に切って使う。

切ったサーモンをタッパーに敷く。

その上に水で晒してよく絞って水を切った玉ねぎを敷く。サーモンと玉ねぎを交互に重ねていく。

 

重ね終わったサーモンと玉ねぎ。ケッパーの実を上に添える。

市販のマリネ液をひたひたになるまで注いで冷蔵庫で一昼夜置く。マリネ液を自作する場合は砂糖大匙5、絞りレモン液大3個、酢大匙3、塩一つまみの要領。

出来上がり。タッパーからマリネ液をよく切って器に盛る。お好みで野菜、ゆで卵などを添える。お正月料理などにも良い。

次にシュニッツェルである。肉である。スーパーで5枚610円の特売ロース切り身である。本場の高級品は仔牛の肉を使う。しかし日本では仔牛の肉など庶民の手に入るはずもない。成牛の牛肉を使うとうまくいかない。日本人の細民は豚肉を使う西数である。

 

 

肉が容易で来たら肉叩きで、肉がペラペラになるまでよくたたく。肉叩きがない場合はビール瓶などで代用しても良い。この工程は非常に重要でとにかく薄く延ばすことである。肉に穴があいても気にしない。

肉に塩・胡椒をする。本場ものでは全く塩味のついていないものもあるが、日本人の感覚からすると多少味があった方がいいような気がする。

あとは衣をつける工程である。まず小麦粉。成否のカギはよくふるって細かくして玉にならないようにすることである。

次にセンメル・ブレーセル。カイザー・センメルというドイツ・オーストリアのパンの特殊なパン粉である。はっきり言って、このセンメル・ブレーセルが入手できなければシュニッツェル作りは諦めたほうがよい。センメル・ブレーセル無きシュニッツェルはただのトンカツと化す。よくレシピのサイトではフランスパンをすり鉢ですってなどと書いてあるが、そんなものではあの味は出せない。
オカブがウィーンを訪れる折は帰りに必ず5箱ほどのセンメル・ブレーセルが土産の荷物に入っている。アンカー社製のものが品質が良い。ウィーンの彼処にあるアンカーのサンドイッチショップやユリウス・マインルなどのスーパーで手に入る。リンク・シュトラーセ・ギャルリーエンには置いていない。
日本でもドイツ製の「ライマー」200gカツレツ粉という商品名で、虎ノ門のウィングエース株式会社というところが輸入しているものをカルディー・ファームで売っていたが今は扱っていないようだ。
あと福岡の方のドイツ・ベーカリーで通販をしているようだ。 

センメル・ブレーセル。普通のパン粉よりはるかに粒が小さい。

後はトンカツを作る要領で。小麦粉の衣をまぶす。

とき卵をからめる。

センメルブレーセルをまぶす。まんべんなく衣がつくようすり込むようにして厚くまぶす。

ひたひたのサラダ油で揚げる。ここで分からないのだが本場ものはごく少量フライパンに敷いたラードで揚げ焼きにするという。揚げ焼きであのような完成形に至るのかよくわからない。こんど挑戦してみるか?

出来上がり。レモンを添えて熱々を召し上がれ。ボナペティ。


浅草に行ってきた。

2014-12-27 23:40:20 | まち歩き

かーたんと浅草に行ってきた。
別に取り立てて浅草に行きたくて行ったわけではない。
しかし、かーたんの母が暮れも迫った12月5日に亡くなった。そしてかーたんの母は浅草が大好きであった。そこで母を偲んで浅草へ、というのがかーたんの希望であった。そしてこれもかーたんの母が好きだった浅草名物のジャンボ煎餅を買ってきて来年1月の49日の法要に供えようというのが第二の目的である。
午後も遅く二時半過ぎに家を出る。バスで渋谷へ。渋谷で寄り道して、渋谷市場で年末の物を買っていく。渋谷から銀座線一本で浅草へ。浅草の駅を降りて地上に出るともうそこは雷門で、なるほど浅草はこうであったか、と数十年ぶりの来訪を懐かしがる。
雷門を入って仲見世を冷やかす。年末もあってか大変な人出だ。海外や遠方からの観光客が八割がたか?
仲見世でジャンボ煎餅を売っている店はすぐに見つかった。そこで品定めをしておいて、人にぶつかって割れたりしないように、帰りに買っていく目星を付ける。
しかし仲見世にはいろいろな店がある。多くは昭和レトロ、大正ロマン、明治の香りのする店すらある。雷門から、浅草観音本堂までの仲見世を何往復かしているうちに、家へのお土産に人形焼を買った。 
浅草寺の本堂はでかい。改修を終えてまだ真新しい建物だ。しかも十分にエキゾシズムを感じさせる雰囲気。これは外国人が喜ぶはずだ。伝法院通りや裏の仲見世をうろうろしているうちに「アンジェラス」という喫茶店が目に入った。ここは浅草の老舗喫茶店で、かつては池波正太郎らの文人が愛用した店である。
再び、本堂に戻って仲見世を下り、ジャンボ煎餅の店で煎餅を買い、雷門に戻った。さて夕食でも食べるか、ということになった。浅草といえば天麩羅か牛鍋である。天麩羅と牛鍋とではかーたんは断然牛鍋を推した。そこでどこにするか。しかしオカブの経済力では『ちんや』とか『今半』といった高級店には入れない。そこで極めてイージーでエコノミーではあるが浅草風情を味わうには程遠いという誹りを覚悟で、事前にインターネットで下調べと予約をしていた『鍋ぞう』に入る。ここの店のシステムは食べ放題が基本である。そして鍋の汁を5種類から選べる。もちろん肉は注文し放題であり、野菜もセルフで取り放題である。しかし、オカブの注文したコースはオージービーフであるが・・・・かーたんはすき焼き。オカブはしゃぶしゃぶにした。飲み放題も付けた。これで準備完了。 あとは90分間ひたすら飲んで食うだけである。
その夜は食った。一昨日のステーキに懲りたのも忘れ再び大藪春彦の轍を踏んでしまった。
とにかく、肉がなくなると、飲み物がなくなると「いかがですか?」と勧めてくるので食わないわけにはいかない。オカブはその夜、また不眠症になった。 
もうこれ以上絶対食えんというところまで食って喉まで食べ物の詰まった身体を引きずって、渋谷経由でご帰館。もう食べ放題は懲り懲りである。

年の瀬や妻ともに浅草の夕景色    素閑

 



『KENEDY』でクリスマス・ディナー

2014-12-25 23:47:34 | グルメ

ふと気になっていたことがある。
『KENEDY』なる謎の店のクーポン券が家のポストに投函されていることがある。
どうも『KENEDY』とはステーキ屋のことらしい。そしてクーポン券の趣旨は主力商品のステーキを大幅値下げして提供しますよ、ということらしい。ということで集客・宣伝用も兼ねているこのクーポン券は2か月ごとくらいのペースで投函されているがさして気にも留めなかった。
しかし、である。この年のクリスマス・イヴをかーたんと過ごせなかったことを取り返すため、25日にクリスマス・ディナーを共にすることに決めた。しかしこの財政逼迫の折、あまり高い所には行けない。そこで俄然、格安ステーキ店の『KENEDY』が浮上してきたのである。クーポン券はないので優待は受けられない。それでは、食べログではどうか?とPCを操ってサイトを見てみるとありました、40%offのクーポン券が。そこで夕方、かーたんと下北沢に意気揚々と出かけて行った次第である。
6時にご入店。
他に客はいない。
まずは飲み放題をつけて、かーたんは前菜とデザートの付いたセットと単品で頼むのとどちらがお得かしばらく真剣に比較検討、呻吟していたが結局、単品の方がお得ということになり、キッシュとステーキ150gとケーキを頼む。
オカブは450gステーキというのに挑戦してみることにする。ちなみにこれらは当然のことながらオージー・ビーフだ。
最初に生ビールが来たので元を取らねばとガンガン行く。 かーたんはカシス・オレンジでこっちはちょびちょびだ。
後から客がそろそろ入ってきたが、学生のグループや学生のカップル。すなわちこの店は学生御用達なのだ。若い談笑の声の中で初老の夫婦がしょぼしょぼと食事をする。なにか侘しい。
しかし450gステーキとはどのようなものだろう、と期待と不安こもごもで運ばれてくるのを待っていると、来ました、仔豚の丸焼きほどのある「ステーキ」が。これを食い果たすのはちょっと無理があるんじゃないか?と思いながらもナイフを入れる。ただひたすらナイフで切って口に入れ、咀嚼し、ビールで胃の腑に流し込む。それを何十回も繰り返す
結局結論として、この450gステーキはいくら男とはいえ初老の身としては持て余すに余りあるということだ。大藪春彦の小説に主人公が2ポンドものステーキを平らげたり、というシーンがよく出てくるが、あれはフィクションの世界にモノであって、これだけのものを普通の人間が平らげるというのには無理がある。だが結局は完食したが。
その晩、オカブは必死に肉を消化しようとする胃の奮闘に興奮し不眠症にかかってしまった。
その後、飲み放題でジントニックや、ハイボール、かーたんはカルーア・ミルクなどを取って、お腹の具合を鎮める。
8時過ぎ、一杯のお腹を抱えてフラフラになりながら下北沢から徒歩でご帰館。
佳いクリスマスだったといいたいところだが、食べた肉が喉まで来ていそうでバタンキューである。貪りはいけない。

五十路過ぎ夫婦二人の年忘れ   素閑










 


あるクリスマス・イヴ。

2014-12-24 23:23:17 | 日記・エッセイ・コラム

オカブがクリスチャンでありながら教会に行かなくなったのは前述のとおり。
たとえクリスマス・イヴのキャンドル・ライト・サーヴィスであろうと、礼拝に連なるのは、オカブの信仰に反する。
しかし、かーたんもエルさんも教会に行くという。オカブ独り取り残されることになる。
そこで今日は、新宿の『る・たん・あじる』で過ごすことにする。 
7:30頃店に行くと先客が二人いた。遠慮がちにカウンターの隅っこに座る
いつもの『ラフロイグ』をロックで注文する。手品のようにいろいろなお通しが出てくる。
先客は年金生活者らしいご老人で、二人とも、これからどこかのシャンソニエでライヴを聴きに行くという。二人は30分ほどすると、席を立った。
香奈子ママと二人でシャンソンのこと、パリのこと、日本の温泉めぐりのことなどで話が弾む。香奈子ママにもワインを飲んでもらい乾杯する。オカブがアズナブールはホモだと主張すると、香奈子ママはあれはとんでもない女好きだと反論する。そんなことから新宿二丁目のこと、最近の新宿、六本木界隈のゲイ事情など、クリスマスらしからぬ話題が続く。
ケンタッキーをクリスマスに食べるのは日本人だけだということに、そうだそうだ「あれはケンタッキーの陰謀だ!」ということになった。
1時間ほどさしで盛り上がった後、客が二組来た。両方とも演劇シャンソン関係者らしく、内輪の話題で盛り上がる。
その客も30分ほどで切り上げて、店を出た。
もう10時を回っている。かーたんもそろそろ家に帰るころだろう。
締めのラフロイグを一杯飲んで香奈子ママに別れを告げる。 
「Jeaux Noel!」「Bonne Soire!」エレベーターまで香奈子ママが送ってくれる。
いいクリスマスだった。

新宿の裏酒場にて聖夜かな   素閑 

 


冬至に思うこと。

2014-12-22 17:30:09 | 日記・エッセイ・コラム

暮れも押し迫ってきた。
我が家は立て続けに親戚に不幸があったので来年の正月は形ばかりのものにする予定だ。
だから年末といってもこれといって追い立てられるような忙しさはない。やることといったら掃除くらいのものだ。仕事の方も取引先がほとんど先週からクリスマス休暇に入っているので閑古鳥が鳴いている。今年は25日を仕事納めにした。オカブ商会にとってはアベノミクスは不景気以外の何物ももたらさなかった。まあよい。運のいい時もやがてめぐってくるだろう。円安はオカブのような輸入業者にとっては非常な痛手だ。だが為替は水ものなのでいつ何時潮目が変わるかわからない。しかし、やがてハイパーインフレがやってくるなどという物騒な話もある。日本国債の信用はなんとしても堅持してほしいものだ。
しかしついこの間去年の年の暮れを迎えたと思っていたらあっという間に一年が巡ってきた。いつもながら時の経つのは矢のように速い。
オカブもこの人生の数十年の間に景気・不景気の波、仕事の順逆などいろいろなことを経験した。妻を得、子をもうけた。その子も今年、就職して教師になった。もはやわが人生も黄昏である。しかし同輩たちが着々と人生の仕上げにかかっているときに、わが身はいまだに惑い、迷いさまよっているばかりである。それも自業自得と不運のせいと諦めるしかない。思えば非生産的な人生であった。
そう悲観的になっても仕方がないとも思い、一方では諦念とは程遠いとも思う。
日暮れて道遠しである。

妻のピアノわが庭に暮るる冬至かな   素閑 

 

 


クリスマスですね。

2014-12-21 12:35:52 | 日記・エッセイ・コラム

クリスマスですね。クリスマスは12月25日ではあるのだが、キリスト教会では12月24日以前の最終の日曜日をクリスマス礼拝として祝う。だからこの日には祝会や愛餐会と称して、クリスマスの奉祝のイベントを持つ協会が多い。
オカブは12月13日のエントリーの通り、教会の礼拝に連なることは真の信仰ではない、との啓示を享けたので、今年一年間、クリスマス礼拝を含めて一切礼拝に連なることはなかった。
だから今年のクリスマスも家で一人過ごす。とはいってもかーたんとエルさんが教会に出かけてしまって、所在がないので、昼食に蕎麦でも食ってこようと思う。 蕎麦だけではない、オカブの大好きな蕎麦屋酒。
どこに行くか迷うが、昨日のことで懲りたし、あまり高い金を払いたくないので、いつもの街の蕎麦屋、池ノ上の『三由』にする。代沢小学校を過ぎ森厳寺の前に出る。お参りではないが寺域を覗いていこうと思う。オカブはキリスト教会を信じていないが、もちろん現代仏教も信じていない。 生臭宗教に堕した葬式仏教め!オカブはキリスト教会を信じていないといったが信仰は捨てていない。アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神にひれ伏し聖霊との親しき交わりを得ている。そして既存の教会を自分との関係では否定するが、一般的意味では否定しない。だから一方で、神社仏閣巡りも物見遊山としてはまことに結構なものではないかと決して否定しない。
森厳寺の境内は綺麗に整備されていた。末社の粟島大明神の脇に弁財天のモダンの堂があった。なんの関係があるのであろうか?もう正月の準備が始まっていて門松を立てるのに職人が忙しく立ち働いている。
そして北沢八幡神社に行った。北沢八幡はオカブの家から一番近い神社だが、鎮守の神様ではない。オカブの住んでいるあたりは飛び地なので、鎮守の神様は遠い環七沿いの代田八幡である。もちろんオカブは八百万の神を信じているわけではない。しかし神参りも物見遊山としてはまことに結構なものだと否定しない。
北沢八幡から徒歩十分ほどで池ノ上駅前、蕎麦屋の三由。
この店は10年ほど前に立ち寄って、町の蕎麦屋としては蕎麦の味がすこぶる良かったのでご贔屓にしているもの。
暖簾をくぐるなり、板わさで燗を一本呑む。そして燗をお代わりしてもりを二枚。もちろん手打ちではないがいい歯ごたえの更科風蕎麦。蕎麦を肴に燗をもう一本。板わさ、お酒三本、もり二枚で2,700円。いいほろ酔い加減となって店を出る。 
師走の街はそこはかとなく気忙しかった。

臍曲げて独り身で過ごすクリスマス   素閑 



下北沢『宮鍵』に行ってきた。

2014-12-20 20:21:49 | グルメ

『宮鍵』に行ってきた。
否、『宮鍵』という名を冠したかつての店に行ってきたというのが正しかろう。
オカブがこの店に初めて立ち寄ってからかれこれ30年が経つ。しかし、尻尾の20年は全くのご無沙汰であった。その間どのように店が変遷したか楽しみで、この機会と思い行ってみた。
店の開店は5時と食べログに書いてあったので、5時に店の前に行った。すると準備中の看板が出ていて、開店は6時だという。冷たい雨の中であった。下北沢の駅前の三省堂で時間を潰して、6時に行ってみた。まだ開いていない。オオゼキで暇をつぶして6時半に行ってみた。やっと開いていた。そこで入った。外見は昔のままの昭和レトロのたたずまいであったが、中はカウンターを改装したほか、食器の山や厨房用具がなくなりがらんとして随分と寂しくなった風情である。
初老と老人の中間くらいの店主らしい男が一人で迎えた。入り口近くの寒風漏れる席へ座れという。言われたままに席を取り、コートをかけている間に飲み物を注文しろという。初孫の燗、二合徳利を注文した。座ると煮込みを注文した。600円也の煮込みである。揚げ煎餅のような突出しが出る。飲み物も来ないのにおでんを注文しろという。玉子と豆腐とちくわぶと糸こんにゃくを注文した。そのうち自由業風の男がのっそり入ってきた。その男もオカブの隣の入り口の席に座らせられた。
あとは客はいない。がらんと寒々とした店内で二人の客が黙々と飲み食い(隣の客はスポーツ新聞を読んでいた)。店主はいらいらした様子で店内を動き回る。何を話すでもない。沈黙の時が過ぎる。異様でシュールな時空だ。お客様の飲食は二時間に限らせていただきます、という貼り紙が白々しい。
煮込みは煮込みというよりも牛肉の旨煮のような感じの物であった。おでんはちくわぶが煮崩れして、豆腐は変色していた。
もう潮時と思い初孫の最後の一滴を猪口に注ぐと勘定にした。これだけで、どのように計算したかは知らないが勘定は3,250円であった。注文したのは本当にこれだけであった。黙って払った。
あの「おかあさん」の時代の『宮鍵』は遠い過去に去った。おかあさんが忙しく立ち回り数人の店員を指図して店を切り盛りしていたあの時代はいつのことだったのか?千客万来で、満員のため入店をあきらめなければならなかったのはいつの時代のことであったのか? あの時代の奥の席に陣取っていた常連さんたちも、今はもう鬼籍に入ったであろう。
世界的フルート奏者の工藤重典氏の岳父と懇意になったのはこの店である。なによりもオカブの母とこの店のかつての「おかあさん」瑞上さんとは小学校の同級生であり、その面からも「おかあさん」には懇意にしていただいた。 老体の店主はかつて茶沢通りの踏切脇でペット・ショップをやっていた瑞上さんの長男であろうか?
そんなことを考えながら冷たい雨の下北沢の街に出て行った。 氷のような滴が頬を打った。

青春の想いははるか氷雨かな   素閑


 


『夢見るフランス絵画』展に行ってきた。レ・ドゥー・マゴ

2014-12-13 06:08:04 | アート

かーたんと渋谷東急文化村で開催されている『夢見るフランス絵画』展に行ってきた。
下北沢から神泉下車、徒歩約7分。
東急本店ビルのBUNKAMURAに着く。
BUNKAMURAミュージアムのオープン25周年事業で、ある個人の収集家のコレクションを展示したものという。セザンヌ、モネ、ルノワールの印象派から、野獣派、エコールド・パリに至るフランス絵画の展示である。
しかし、展示絵画の枚数ではやたらヴラマンクとユトリロが目立った。
ヴラマンクの荒々しいタッチのいかにもフォーヴといった作品はいいのだが、名品が含まれていないため、フォーヴの負の側面が目につく展示だった。ユトリロも同様。コレクションをそのまま展示した展覧会の宿命と言えよう。
キスリングとローランサンがあったのは唯一の救い。まさに「美しい」という形容があっている二人だった。
二時間ほどかけてゆっくり会場を回って、お茶でもしようと会場を出たところにある『レ・ドゥー・マゴ』に入る。最初、テラスの席が空いていたのでそこに陣取ると、ムッスューがやってきて入り口で順番を待てという。なんとも釈然としないが、言われるとおりにした。
並んでいる何組めかが過ぎて、順番が来たのでサルに入れてもらう。なんせこの寒さ、石油ヒータのの暖房が入っているとはいえ、吹き曝しのテラスは寒すぎる。
最初はお茶のつもりで、かーたんは珈琲にケーキ・セット、オカブは生ビールだったが、途中から面倒だからもう本格的に飯にしちゃえということに相成り、ビフテック・フリットを二つ注文する。オカブのテックはすこぶる堅かった。
この取り澄ましてばかりいて実質に乏しい店は、パリのサン・ジェルマン・デ・プレにある名門カフェのイミテーション。"Les Deux Magots"とは「二つの中国人形」という意味。本店のサン・ジェルマン広場に面したテラスに座ってサン・ジェルマン・デ・プレ教会を観ながらキャフェを飲んいるとサルトルやアラゴンやボーヴォワールもこんな感じで原稿を書いていたのかなという感興に浸れるが、世界の中でも有数の効率重視、非文化都市の東京では駄目。
結局、5時まで粘ってお勘定は7020円。とんだ散財だった。
渋谷経由で下北沢からご帰館。

美術展冬のさなかの雅かな   素閑



 


存在論的『神論』と礼拝観

2014-12-13 03:44:49 | 宗教

オカブはクリスチャンである。かーたんもだ。
しかしこの一年は激動の年であった。まずオカブは去年の12月から教会へ行かなくなった。当初のきっかけは教会政治のごたごたに巻き込まれて嫌気がさしたのもあるが、これまでの過去と今の自分の信仰に想いをいたしてみて、結局、「教会」というところが自分の「信仰」とはなにも関係のないことに気付いたからである。
これには「信仰」の哲学的本質論による考察が必要だ。
「信仰」とは外的であれ内的であれ、何らかの行為だ。そして教会一般によると、それは「神に栄光を帰す」行為であるという。
しかし、その行為の実態は、教会の礼拝に出席し、牧師の説教を聴き、賛美し、聖餐に与り、献金をなすということである。
このことに対してオカブは疑問を感じる。これらはすべて「外的」な行為である。
弁証法的に語れば、「教会における」「信仰」とは「外化」された「疎外」そのものである。「疎外」という言葉に否定的な意味は込めていないが、外化された信仰は、「自己」に対し対自的な存在である。 本来、絶対的な「存在」である「神」との「和解」と「神に栄光を帰す」行為であるはずの信仰が「自己」と対自し、自己に歯をむいて襲い掛かってくることもあるとい現実に慄然としなければならない。もちろん「教会」の信徒に対する「自己否定的」立場は理解できる。彼らはよく「自我が砕かれる」という表現をする。しかし、キリスト教、特にプロテスタントの信仰は「神」と「自己」との極限的なせめぎあいにその本質がある。
アランは「炭焼きの信仰以外はすべて異端である」と言った。「炭焼きの信仰」とは「我は教会の信ずるところを信ずる」という信仰である。神への従順、教会への従順が「教会」の説くところの信徒の基本的態度である。
だから、一見、アブラハムの試練と信仰的態度は信徒の模範とされている。アブラハムは全面的に神に従ったと・・・しかし彼の内面には実存的な自己の葛藤と主張が渦巻いていた。すなわち、神に従う=自己、という強烈な主張がなされていたのである。それ故、イサクの命を免ぜられたアブラハムは「主の山に備えあり」と己の喜びを表わしているのである。
教会の礼拝に出席し、牧師の説教を聴き、賛美し、聖餐に与り、献金をなす、という信仰は自己を疎外する、対象を現象界に構成する社会的行為であり、一方で外化された信仰は自己を疎外する。
それは、つまりは「神」を現象界に構成し、疎外するという行為に他ならない。これは、「神」を「存在一般」に還元し、サルトル的な無神論に力を与えるようなものである。神が現象界に存在するとしたらそれを「存在一般」といかに峻別できよう。そして、「神」に対して「どうでもいい」という態度をどうして否定できよう。「神」がペーパーナイフと同位であれば当然「どうでもいい」ということになる。古今東西の教会の行為は「無神論」を醸成してきたといっても過言ではない。そして、これは究極的な「偶像礼拝」である。
神は特殊な存在である。それは現象界に存在しない絶対的な存在である。なぜなら、そうでなければいかに神を特殊化できよう?神とペーパーナイフを見分けることが出来よう。
オカブはこの世的には弁証法論者だし、この世の基本原理は弁証法だと考える。
しかし、本来的信仰とは、弁証法とベクトルが逆の行為、すなわち「神」という絶対的外在を自己に「内化」し、神と一体になることである。であるから、信仰行為は弁証法を否定する。もちろん、そうした信仰的態度には「神秘主義」とか「反知性主義」とか「主観主義」とかの誹りは免れ得まい。しかし、 そこに信仰の本質と真実がある以上、外縁的な批判にさらされてもなお、キリスト教会にとっては異端ともいえる信仰を貫徹する覚悟でいる。
キリスト教会が礼拝によって外的な現象界に働きかけ、神を外化させるのとは逆に、オカブは神を自己に「内化」させる信仰を選ぶのである。
ここで付言するが、「自己」とは微分的存在であり、最終的には「無」に帰結する。我々が「自己」と考えているものすべては外在であり弁証法の説く様態と一致する。しかし、「本来的な信仰」は弁証法を止揚するのである。現象界の様態としてはあり得ない神と自己との一致をもたらす。それはさらにあらゆる存在論において特殊な様態でありそれらを超越する。ここのおいて神は「無」に存在を与え「無」と和解する。
通俗的に言って、教会の成してきたこと、伝道や社会的行為や文化的行為をオカブは否定しない。キリスト教音楽も美術も建築もそして聖書も教会なしにはあり得なかった。そして、一般のクリスチャンが教会の環境で「信仰」を育むのは良いことだと思っている。オカブもそのような環境で育ってきた。さらには、教会がなければオカブにキリスト教信仰は伝わらなかったというのは厳然たる事実だ。一方で、教会は一種のコミュニティーであり、サロンであり、宗教法人が多いとはいえ実質的にこの世的な組織化された営利団体ともいえる。それらの教会が果たした役割には肯定的な評価があるべきと考える一方で、一部の牧会者が唱える神から授権した教会絶対論のようなものにはオカブは強く反対する。「礼拝」への出席が信仰の絶対条件であるという考え方をオカブは捨てたのである。否、礼拝とは、「神」を外化し、「神」との対立を招き、「神」を否定する行為であると悟ったのである。礼拝というものによって信仰者の「自己」から疎外された「存在一般」である神を礼拝することは大木や岩をご神体にそれらを拝む日本の土俗宗教と何ら変わりはない。
「礼拝」は外的行為である。聖餐も洗礼も、行為一般である。そこに神の内化、神との一致の糸口は見えてこない。「礼拝」が形式化、因習化すればそれはもはやカリカチュアである。
この一年間、オカブは、静寂主義、敬虔主義、クウェーカーなどの既存の流れの中で漂い、真の己の信仰を求めてもがいてきた。 しかし、ここにきてやっと、自分一人で黙想し、祈り、いずれかの慈善団体などに献金することで、己の信仰の落ち着きを見出した。それは、外在としての現象界に働きかけるのではなく、すべて「神」を「内化」する行為であり「神」との一致を求める行為である。これからも祈り、聖霊との交わりの中で神と自己との一致を目指す信仰を貫きたい。末筆になったが皆様、佳いクリスマスをお迎えください。

いずこよりきたるか我は待降節   素閑