「父母との想いでの場所」
今から60年近く前のこと、私の両親が健在な頃の話。タケノコ堀も最盛期になると、早朝から竹やぶにきてお昼になっても家には帰らず、昼食は竹やぶの頂上でおにぎり弁当を開いて家族そろって食べるのが常であった。猫の手も借りたいような忙しさなので私にも出動の声がかかり、両親が掘ったタケノコを拾い集める手伝いをしていた。
写真の場所が竹やぶの頂上で、この場所で家族そろっておにぎり弁当を食べた想いでの場所だ。30年近くほったらかしにしてあったので荒れてはいるが、確かな記憶が私にはある。亡き父母がそこにいる、もう一度一緒におにぎり弁当を食べたい。
今から60年近く前のこと、私の両親が健在な頃の話。タケノコ堀も最盛期になると、早朝から竹やぶにきてお昼になっても家には帰らず、昼食は竹やぶの頂上でおにぎり弁当を開いて家族そろって食べるのが常であった。猫の手も借りたいような忙しさなので私にも出動の声がかかり、両親が掘ったタケノコを拾い集める手伝いをしていた。
写真の場所が竹やぶの頂上で、この場所で家族そろっておにぎり弁当を食べた想いでの場所だ。30年近くほったらかしにしてあったので荒れてはいるが、確かな記憶が私にはある。亡き父母がそこにいる、もう一度一緒におにぎり弁当を食べたい。