昨日で一応ゆーくんの通院が一段落。
病院を観察すると、本当にいろんな人が働いている。
事務、受付の人は事務員制服だし、医師はいわゆる羽織る白衣に大抵聴診器を携帯。ナースはズボン(上下セパレート)かワンピのナース服、技師や療法師はセパレート白衣、薬剤師は医師と同じ白衣、看護学生はストライプのナース服…などなど。他に、看護助手さん、ボランティアさん、清掃員さん、調理師さん、売店の従業員な
どなど…。
さらにみなさん、身分証をつけているから、よく見ればこの人は何をする人かすぐ分かる。大変便利で安心感が持てる。
(惜しむらくは、産科において助産師と看護師の区別が名札をよく見ないとつかないこと。でもお産現場以外は同じ仕事をするし、この数日はゆーくんを取り上げたSN助産師が小児科外来の看護にも当たっていたから、現場的には区別の必要薄いということか。)
素人たる、またお客たる患者にとり、目の前のスタッフが何の役割をする、してくれる、できるのか分かることは、何かと安心に繋がるだろう。
最近はお役所や企業やお店でも、身分証や名札を常に明示することが一般的になったように思う。
もちろん役割の細分化や、外部委託という事情、更にはセキュリティという事情もあるだろうけど。
責任をきちんとはっきりさせること、どんな立場役割の誰がいつ何をする、したか、分かるようにすることは大切だと思うこの頃。
もちろん大抵の仕事は組織として行うのであり、個人プレーのために名札があるわけではないが…。
ひるがえって我が職場、今この育休中にも変わっているかもしれないけど、かつては、対人のサービスをする場面で名札・身分証をつけるか否か時おり議論になりつつ、いつも反対が出て立ち消えになっていた。
電話を受けても個人名を名乗るなと言われたのはもう10年以上前のことで、今は違うと思うが…。
確かに個人プレーをしてるわけではないし、時間で交代するから名乗っても仕方ない、そんな風だった。また、個人攻撃を誘発するという論調もあった。
でも、それをカバーするのが組織の仕事じゃないの?引き継ぎをきちんとするためにも、電話などを受けた責任の所在ははっきりさせた方がいいのでは?
若い頃すごく疑問に感じたっけ。
結局、仕事の責任を個人にのみ帰するか、組織としてのみ負うかの二者択一に考えるから、こういうこと(身分証明示を忌避する)になるのだろう。
とにかく桜泉は中の仕事(対人のサービス部門じゃない)になって久しいし、産育休で浦島太郎状態だから、今は違うかもしれないけれど、公共的な仕事をする者は、病院スタッフのように、自分は何者で何をする責任があるのか、一目で分かるようにしておく義務があるように思った。
「ここ病院じゃないから、命かかっているわけでなし。」とは、失敗をしたときの「ドンマイ」代わりに言われた言葉。でも、命の現場で、みんな己の役割と責任を明示して、きびきび働いていた。
さて、ならば、命かかってない現場は?