ベツレヘムの家畜小屋発

グレグレ耶蘇・桜泉のブログです。

癒されて軽快

2007年01月30日 | Jくん桜泉と共にいます(Jくん入園前)
Jくんの熱はすっかり下がりました。ハナやくしゃみが残っていますが。

だいたいJくん回復が早い。
ノロの時も、普通二、三日かかるのに、彼は翌朝には治ってました。
伊達にでかい体はしてないか!

かみさまJくんを癒して下さりありがとう。

8度9分!

2007年01月28日 | Jくん桜泉と共にいます(Jくん入園前)
朝、Jくんと添い寝していたらJくんの首が熱い。
検温したら何と8度9分。過去最高。ノロにやられた時だって8度ちょっとどまりだったはず。いや、7度台だったかも。
しかし本人、今のところ、わりと元気で悪戯もし、パパガスパールのパソコンをフリーズさせたり、キーボードをナンバーロックしてくれた。

今日一日、何とかおとなしく過ごしてもらって、お茶やイオン飲料や果物で乗り切って、元気になってもらいたいものです。
前記事の前夜式には我が家からは出席できなくなりそうな見込み・・・。
Mさん、ごめんなさい。

このところ、寒暖差が激しかった気がしますから・・・さすがのJくんも参ったのかなと思います。やれやれ・・・。

不祝儀袋のセット

2007年01月27日 | グレ耶蘇生活
母教会のご婦人が天に召されました。先週久しぶりに行ったら、かなり重い病状であることを知りました。桜泉より少し年上の娘さんが必死の看護に当たっておられるとのこと。そして、木曜日に召されたという連絡が、金曜日に桜泉家にも届きました。
桜泉は今日ちょうど銀座に用事があったので、教文館のエインカレム(教会グッズの専門フロア)に、「お花料」の不祝儀袋を買いに行きました。
うちの近くには日本一大きい東◇ハ◆ズもあるし、いの○のこ○ば社直営店「オ☆シス」もあるので、そのいずれかで手に入るとは思ったのですが。
で、買いに行ったら、一袋だけで売っているものと、4枚ぐらいセットで売っているものがある!
・・・普通、不祝儀袋って買い置きしないものだから、4枚セットなんてありなのか?と思ったのですが・・・。
でも、「お花料」の袋は大抵コンビニでは置いていない、ある程度ちゃんとした文具店とかじゃないと無いこともある。
桜泉家みたいに近くにそういうのがあるお店がいっぱいあるならいいけど、そんなのは稀。
それと、教会に所属していると、どうしても一般人よりはお葬式に出くわす確率は高いですから、やはり、需要を見こしてのお品物なんでしょうね。
そして、何より、「クリスチャン原則として縁起を担がない」かな?
死は避けられないもの、必ずやって来るもの、悲しい別れではあるけれど、天への凱旋、かみさまの御許での安息。縁起でもないから買い置きしない、ではなくて、備えよ常に、なのでしょう。
とは言え・・・買い置きすると、そこはそれ紙の製品。紙質が傷んで、色褪せたりもするでしょう。パパガスパールに相談したら「やっぱりわざわざ買い置きしなくても・・・。色褪せた物とか使ったら失礼なんだし」と言われてしまいました。^^;

ちなみに。明日は教会総会の日ですが、総会後に前夜式だそうです。ご葬儀に備え、ご奉仕をされる教会の皆さんのお働きの上に、かみさまの御助けがありますように。
何よりも、お母さんを亡くされたM姉に、慰めがありますように・・・。

母乳育児の歩み(第2回)2つのアイテム

2007年01月27日 | 哺乳類なる桜泉(母乳育児)
これがあったればこそ、Jくんお誕生を過ぎた今日も、まだまだそれなりにリッチにお乳が産出できて、育児が楽できている、という重要なものは2つ。

一は物じゃないけど「添い乳テクニック」。添え乳とも言いますね。寝ながら授乳する方法です。
これがどうも上手くできなくて、Jくんが1ヶ月を迎える頃までは、どうしてもできなくて、それで夜中の授乳が辛かったのです。
ある日、いろいろやってるうちに、何とかできました。そしたらJくん、桜泉のお布団の中で、ずいぶん長い時間(と言っても3~4時間^^;)、スヤスヤ寝てくれて、桜泉もやっと睡眠を摂れました。その日から、今日まで、添い寝です。ベビーベッドは物置か、お遊び場となり、今はもう返してしまって、いません。
低月齢児の添い寝は窒息の危険もある、という記事を目にして、あわてて助産師さんに相談しましたが、桜泉のそのときの状況を検証したら、あまり危険性はないと思われたので、続けました。
今も、Jくん寝かしつけたい時、桜泉疲れてる時、畳の上で、お布団で、ごろん、ちゅうちゅう、です。

二は授乳服。もう何度も宣伝したけど授乳服、それもモーハウスの授乳服。
Jくんが2ヶ月になる頃からガシガシ外出しまくっていまして、最初はカーディガンで隠す方式にしていましたが、そうこうしているうちに春が来ました。
で、授乳服が必要になりました。
ていうか、・・・桜泉には始めから「人前で授乳するのは当たり前」という道しかありませんでした。なんでといわれても分かりませんが、だってJくんが欲しがるんだし、飲ませなきゃ泣くんだし、という必然を重視した結果でしょうか。
そういえばJくんとの外出を阻む要因はお乳ではなくて、ウンチでしたね。母乳を飲んでる子の便は超ゆるくて、しばしば飲んでる最中に「ブリー」として、背中や股から漏れてくるので・・・。(-_-;)
話逸れたウンチ問題ですが、これについてはつまり、離乳が開始してウンチが固まり始める6ヶ月頃まではやたらな外出するなということなのだと、自然がそうさせているのだと、これもたしか助産師さんに諭されたような記憶があります。と言っても、買い物やランチぐらいねえ・・・。
またこれもちょっと余談ですが、上記のモーハウスの服、機能としてはすばらしいのですが、どうも桜泉としては、デザインと価格には不満あり。
デザイン、ちょっとユニークすぎ。手持ちの服とあわせるのにはちょっと苦労します。もっとシンプルなベーシックなデザインなものもたくさん作って欲しいです。例えば、無地のカットソー風のものを何色か(たとえば黒・アイボリー・ピンク・グリーン・ブルーあたりかな)あるといいですね。スーツのインとして着られるようなもの。
ベーシックの「コンフォートTシャツ」はあるのですが、材質がカジュアル風で、スーツのインには少し・・・。色も黒・チャコール・ライトグレーではちょっと物足りないですね。
わりとダブッとした柄物が多くて、これまで手持ちの柄物のボトムやカーディガンとあわせにくかったりします。また、多くのものが1着8000円~12000円。授乳期間は人によって異なりますし、子どもが何人生まれるかもまったく分かりませんから、こういう高い服を何着か(当然洗い替えが必要です。特にお乳をあげてれば汚れます)かうのは、少々ばくち的、お道楽的かもしれませんね。
今度、利用者の意見として提言してみようかな。モーハウスさんに。
でも、やはり、胸を隠して、どこでも授乳できるだけの機能があるのはすばらしいし、その工夫のために生地をたっぷり使って、そもそもデザインを考えて・・・ですから、コストがかかるのも当然ですし、それだけの値打ちはあると思います。

話逸れましたが、あとはとにかく、前回書きましたとおり。
ものではありませんが、とにかく授乳を最優先事項にした生活を送ったことかと思います。
時間を決めた授乳とかもしませんでした。欲しがったらあげましたし、欲しがらなくてもあげるほどでした。(?)
欲しがりすぎじゃないか?時間がかかりすぎじゃないか?そういう疑問、つまりは母乳分泌の不足を懸念したこともありましたが、その場合はすぐに、母乳外来を予約して助産師さんのアドヴァイスを受けました。
3ヶ月までは上手く飲めなかったり、満腹を感じる中枢神経が未熟でやたら欲しがることなどを聞いたりして一安心。

ちょうど今日、あるところで雑誌を読んでいたら、猿は子どもの月齢が小さいうちはいっつも子どもを抱いているとか。当然しょっちゅうお乳をもらえるのでしょう。
我らも所詮は猿の一種です。そこのとこらへんを大事にしたいなと思います。

つづく。

思えば我ら喪中なのだ・・・

2007年01月23日 | その他もろもろ
今日、パパガスパールに、寒中見舞いが届きました。
名前を挙げれば知っている人は知っている、元新聞記者の方からでした。
年賀状出したのに、向こうから来ないね、と心配していた矢先でした。
喪中だったのか、と文面を読んだら、「教育基本法の喪中」だそうです。

・・・そうだよね・・・。
Jくんの写真を8枚もコラージュした、親バカ大バカ葉書を出してしまった桜泉夫婦は・・・まだまだ意識が低かったかも・・・。

あと数年したらJくんも学齢期。
どういう学校に入ってどう育って行くのか全くまだまだ想像つかないけれど、いろんな意味から、学校に、国に、能天気にお任せしてはいられない、どういう社会になって行くとしても・・・そう思う今日この頃でした。

大切なものを

2007年01月22日 | グレ耶蘇生活
だれでも、自分が大切に思っているものを、人にいい加減に扱われたり、思われたりしたら、そうされているのを見たり聞いたりしたら、悲しみと怒りを感じるのは、至極当たり前のことだと思う。人として、自然な感情と言うべきか・・・。
大切に思っているそのもののために悲しみ、大切に思う自分の心を傷つけられたことに怒る。
相手が悪意を持ってそうしているときももちろん悲しく腹立たしいけれど、一番悲しく腹が立つのは、相手がそれを無意識にそうしていたり、埋めがたい考えの違いゆえにそうなってしまったり、そういう時だろう・・・。
大切なものを弄ばれたり傷つけられることは、本当に、心がえぐられるような悲しみであり怒りを呼ぶ。
それは当たり前だ。悲しんでいい、怒っていい、その気持ちを無視することはない。

ただ、それで終わってしまったら、「わたし」は「わたし」の殻の中で終わってしまう。孤独な殻の中で終わってしまう。何も変らない。
きっと。

その先を見つめることはエネルギーを要すること。
その悲しみと怒りから立ち上がって、その向こうを見つめることは。

「わたし」を超え、「わたし」の殻を出てゆくために、あの方が共にいてくださる、だから、祈る。そうあれたらと思う。
今日は、まだまだ、悲しみと怒りをしっかり自分の中で感じることに時間を費やしながら――。

爆睡聖餐

2007年01月21日 | グレ耶蘇生活
Jくんって、どうして礼拝の度に…

まずはしゃぐ。
讚美、朗読中にはしゃぐ。

ダダをこねる。
説教中にダダ。
パイで黙らせる。
お銀の眠り薬の如く即効で寝る。

聖餐になっても爆睡。
寝たまま祝福を受ける。
(Jくん抱いた)桜泉、片手で陪餐したりパパガスパールに食わせて飲ませてもらう。

礼拝終る頃起きる。

…をぃ。(-_-)

バッファさんのいた教会

2007年01月19日 | グレ耶蘇生活
バッファさん。これまた桜泉家用語。
バロック音楽の巨匠、J.S.バッハのこと。もちろん綴りはBach、バッファなどと読めようはずもない。Jくんひところ、ばっふぁーというのが口癖だったので、すっかりこういう変な名前で大バッハを呼ぶ羽目になった・・・。

ところでこのバッハが作曲したたくさんの教会カンタータと言われる作品群。
今、少しずつCD買って、聴いたりしています。
それでふと思ったのは、
「あのころの教会はみんな、礼拝の中でこんなすげー音楽聴いて、それからさらに説教聴いたり聖餐に与ったりしてたのか?!」
ということ。

ちょっと物の本でも読んで調べれば、当時のドイツのルーテル教会の礼拝様式やその実態など分かるでしょうから、それは後日の課題として・・・。

ちょっとした演奏会になっちまうじゃないですか。
それに礼拝もすっごく長いものになっちまうじゃないですか。
後者については、現代と生活の様式も違うし、時間の使い方も違うから、本当に本当に、日曜日をまる一日礼拝のために聖別してたのね、と考えれば不思議はないのですが。同じ頃、日本の江戸時代、芝居見物といえば一日がかり、いや数日がかりだったとか。それと似てるのかも。

それにしても演奏会じゃないですか。
それに。
バッハさんがいた教会は、バッハさんが毎週毎週すっげー新曲発表してくれて(ってわけではないんだろうけど)、なんかゴージャスで充実した音楽礼拝を護れただろうけど、バッハさんほどの人が何人もいるわけじゃあない。いわゆるカントールって職だそうですが、どの教会でもカントールがカンタータ作ってばんばん新曲発表?!してたんでしょうか。・・・とは思えないしなあ。どうしてたのでしょう。当時のドイツのルーテル教会。
(後で、「礼拝と音楽」誌を読んだら、当時の会衆は、コラールを何十曲もそらんじていたとか。会衆の、ひいては教会全体の音楽レヴェルも高かったことはたしかですが・・・それにしても・・・。)

母乳育児の歩み(連載第1回)

2007年01月18日 | 哺乳類なる桜泉(母乳育児)
1歳を過ぎたJくん。でもまだまだ母乳育児をエンジョイしまくっている桜泉です。
これについてこれから時々、つらつら書いてみようと思います。
題名は、とりあえず、仮題。^^;
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桜泉母は「お乳が出なくてすぐにミルクになった」「ミルク代がかかるから、一旦辞めたお仕事をまた再開したのだ」というようなことをしばしば話してくれていました。
なので、桜泉は「じゃあ私もきっとお乳が出ない体質かもしれない。そういや貧乳だもんな」と思っていました。(※貧乳巨乳といったサイズと、母乳の出は基本的に関係ないのだそうですが。)
しかし、Jくんを産むことになったM医院は、きけば「完全母乳育児」制のクリニック。医院内に粉ミルクなるものは一切用意していないらしい。マジかよ。出なかったらどうするんだよ。「ちゃんと出るように指導しますから大丈夫です」と助産師さんは言うけれど。
で、ちょっといろいろ調べてみたら、「妊娠中からきちんとケアをして準備をし、出産時、産後、しかるべき援助を受ければ、ほとんどの人は母乳が出て、それで育児できる」ということがわかってきました。考えてみたら、我等哺乳類です。母乳が出なけりゃ、明日には絶滅の運命が待っています。(後で更にわかりましたが、母乳が体質的に出ない人というのは何パーセントにも満たないそうですね。)
そして桜泉は考えました。「母乳はどうやら楽らしい」「育児するなら楽をしたい。無理をしたらば続かない」(おぃ。)
哺乳瓶の洗浄消毒って面倒くさいらしい。調乳も。
ちなみに同じ観点から、オムツについては迷わず紙オムツを選び、今日に至っています。(Jくんもそれほどオムツかぶれがひどくなかったのが幸い。)

さて、お産の前にいろいろケアをしたのはこのブログにも書いた・・・はず。
乳房マッサージってやつです。8ヶ月の終わり、9ヶ月にもなると、黄色いプレ乳が出てくるので、楽しかったです。
そして出産。桜泉は弛緩出血が多かったので、ホントにすぐそのままというわけにも行きませんでしたが、処置が済み次第、まだホワホワのJくんを胸に抱っこし、早速お乳を吸わせました。これが肝心なのだそうです。
お産は夜中だったので、また、上記のような次第で貧血がひどかったので、朝が明けるまでJくんを預かってもらいましたが、翌朝からは母子同室で、Jくんが欲しがるたびにお乳を吸わせまくりました。すぐに乳首は傷だらけになりましたし、お産からすぐ何て、ろくな分量の乳汁が出ていませんから、しょっちゅう吸わせる羽目になりました。すぐに腱鞘炎になりましたし、夜中も寝られません、それでも吸わせまく・・・らされました。貧血で起きられなくなっても添い乳指導されて吸わせまく・・・らされました。^^;

退院の翌々日に、Jくんの体調チェックのために呼び出されて医院にのこのこ行ったら、体重の増え方が少なすぎ、といわれて、また授乳指導受け、しょっちゅう飲ませまくるように、と言われました。この頃が辛かったです。自宅で、しょっちゅう、ただただソファに座って1時間も吸わせて、ちょっと寝たと思ったらまた「カッ・・・カッ、カッ、・・・ギャーーーー、ウワウワウワアアアア」とJくんが泣き、また4~50分吸わせて、の繰り返し。
しかし、これも大事でした。これが一昔前の産院なら、体重の増え方少なすぎ、即、人工栄養行きですから。
年末年始は「授乳の星」、思い込んだら試練の道を、行くがマンマのど根性♪・・・おかげで正月明けの再チェックでは「一日37gも増えてるじゃない!」とほめて頂いて、ほっとしましたっけ。

その後の試練もいくつかありました。
桜泉が風邪引いた→薬のんでいいの?飲んだら乳あげられないの?
夜中起きるの辛すぎ→飲ませても、ベッドに置くとまた起きる。
桜泉やむなく外出→乳パンパンコチコチ。
Jくん、げっぷが出ない→すぐお乳を戻す「ゲブードア社の社長さん」。
搾乳器買った→けど、思ったように出ない、貯められない。
とか、とか。

その時々、助産師さんに相談したり、インターネットで調べたりして、問題を解決して来れたのがラッキーでした。
結局離乳初期まで、家事全般は実家の両親に頼れたのが何より幸い。(・・・すみません。)
もちろん、少々の忍耐も必要でした。とにかく、迷っても辛くても、ひたすら、乳を含ませることを最優先事項にしてきました。

つづく。

若い二人の「義務」ではなくて

2007年01月18日 | グレ耶蘇生活
桜泉が通っている教会は、わりと・・・かなり・・・けっこう、信徒・教会員じゃない方の結婚式を受け付けています。ゼ○シィに広告なんか出しちゃってたりします。
おかげさまで、いつも若い方がいっぱい礼拝に来られています。ただ、その方々が挙式後も来られてるかどうかは「?」ですが。^^;

いわゆる、未信徒の挙式。国内の教会で、それを引き受けるところは結構あるみたいですが、大抵、☆回の結婚講座受講や△回の礼拝出席を条件とする・・・という決まりごとがあるようです。

しかし。それは本当に必要なんだろうかと思えてきた昨今の桜泉でした。

ちなみに、結婚前の講座は、信徒でもやります。やるんです。やりました!!
半年間で全11回。結婚講座って言うより教理入門講座か聖書講座状態でした。(講師?・・・シャーマン先生 だってば・・・納得でしょう?←何が?)
どこだかの国では、結婚前講座を受けて、結婚を考え直すカップルも一定率いるとか。
いや、いいんじゃないでしょうか。カーッとなってくっついちゃってから後で切れるの別れるのということになるよりも。こういうのは、お勉強という性質よりも「結婚前カウンセリング」という性質の強い場合なんでしょうね。

それはともあれ・・・。

しかしそれは「条件」なんでしょうか。「ねばならない」のでしょうか。
未信徒の人が教会に来る、それだけでも敷居の高いこと、そしてカルチャーショックです。
そういう中で「ねばならない」ということが強調されると、キリスト教は「べき・ねば」な宗教だと誤解されてしまうのではないでしょうか。
もちろん、教会は式場ではありませんから、若い二人のためにあるわけではありませんから、人々が集って祈る場ですから、場所貸しみたいにはいどーぞ、というのは違うと思います。
そもそも、人々の信仰の場で大事なライフイベントを、と思って来られるからには、何か思うところあって来られる方々ではないでしょうか。そういう方々に、礼拝や学びの場が「開かれている」のですね。
それが面倒な人は、そういうことにまったく時間を割けない人は、もとよりホテルや専門式場の華麗なチャペルを利用されるでしょう。(はっきり言って、日本の多くのビンボー教会の会堂より、式場の方がご立派です。)

ともかく、それ~結婚講座や主日礼拝~は開かれている、若い二人の義務ではなくて、若い二人に開かれ、与えられたチャンスであり権利だと思うのです。もちろんその気があれば毎週礼拝に出席したってOKだし、結婚前に何度か出席するもよし、結婚前にクリスマスやイースターなどあれば、そういうお祭りデーに参加されるもよし。
しかし、結婚の前、若い二人は忙しいもの。今は女性も結婚で仕事やめる人少ないですから、仕事しながら新生活や挙式の準備は大変。まして手作りなアットホームなパーティが流行っている分、これまた準備が大変。そういう中で、貴重な日曜日の数時間すら割いていられないこともあるでしょう。そういう時「出席せねばならない!」と思われてしまうのが桜泉は悲しいし違和感。教会がそういう方に「あと○回出ないとダメですよ!」なんてもし言うとしたら・・・それが一番違和感。(多分、言わないと思うんですけどね。都合でダメなら。)

それよりは、まず、「この教会で挙式をお願いしまーす」と来た二人に「何故ここなのか、なぜ教会なのか」ということを、丁寧なカウンセリングで聞き出して欲しいですね。その対話の中で、本当に教会である必要がある人が、自分達の本当の気持ちから、たとえ1回でも2回でも、礼拝に出てみたいと思う、そして結婚の準備のために学んだり話し合うための講座を受けたいと心から思う・・・そうなって行くようにするのが筋ではないかと、思います。
(もちろん、だから、何か都合でどうしても出席できない、学びの時間もほとんど取れなければそれも仕方なし。信徒だってそう毎週真面目に礼拝するヤツばかりじゃないぜ!)
それじゃなかったら、教会は何か意地悪なハードルを設けた上で、交換に場所貸しと人材(実際には牧師先生+α)貸しをしているイヤラシイ「商売の家」になってしまう気がします。

どうなんでしょう・・・・・・。

(もちろん、本物の教会がいい!という若い方のかなりが、食べるなら蟹カマよりホントの蟹、そういう意味で教会を選んだんじゃないか・・・と憂いている桜泉でもありますが、今はノーコメント。)

パンを取って・・・

2007年01月17日 | Jくん桜泉と共にいます(Jくん入園前)
これは、何をしているところでしょう。

パンを割いて、与えて言います。
「取って食べなさい。」
※パンは、薄いおせんべい状のものである場合もあります。

・・・・・・。

Jくんに、パン(または赤ちゃんせんべい)を食べさせているところです。

Jくんおっとりしているし、桜泉も面倒くさがりで、汚されるのがイヤなんであまりやらせない所為か、1歳過ぎた現在も、あまり上手につかみ食べできません。まして、スプーンやフォークなどはまったく遊んでしまって使えません。
汚されてもいいように準備した上で、一日一回は、つかみ食べ及びカトラリー使用の練習をした方がいいのかなあと思いつつ、保育園に行けばイヤでも覚えるだろうと、アバウト母・桜泉。

それにしてもJくん、つかんで食べる時、何でわざわざ噛みにくいように、縦に口に入れるんだろう・・・?

あと、「食わせろ」と、いったんつかんだパンやフォークを桜泉に差し出すこともしばしば。王子様なやつだ。
実家で以前飼ってたインコ『パミちゃん』は、太りすぎて高い止まり木に上れなくて、桜泉が手で運んでやるまで待っていたなあ。似てるかも。

Jくん、何をやってもゆっくり、おっとり。
あんよもまだまだだし。
センターに遊びに行けば、お友達におもちゃかっぱらわれる?のもしばしば、先日はのろのろとすべりだいをやっていたら年上の子に顔を蹴られたし。

ちょっと心配。
いや、人並みに何でも早くやれと言うのではなくて、むしろJくんはこれでいいし、子どもの成長なんてゆっくりの方がいいんじゃないかと思うけど、やはり一たび集団生活に出て行けば、まして学齢期になれば、何かと人と比べられ、早くて優れていることばかりが褒められて、JくんのJくんらしさが認めてもらえなかったら・・・と思うと。
でも、ゆっくり行こうぜ、Jくん。

<聖餐の設定辞:「私たちの主イエス・キリストは苦しみを受ける前日、パンをとり、感謝してこれを割き、弟子たちに与えて言われました。『取って食べなさい。これはあなたがたのために与える私のからだである。私の記念のため、これを行いなさい。』」>

お祈りがばらばらでも、小声でも

2007年01月15日 | グレ耶蘇生活
パパガスパールと、礼拝のことなどを、今朝語り合った。

「なんか、お祈りの声が小さかったりばらばらだったりする気がするんだけど、どう思う?アーメンっていうのも声小さいよね。ルーテル教会の傾向かなあ?」
「たしかに他の教団の教会とか行くとお祈りが声大きい気がする。でも、僕はぼそぼそしたお祈りの方が実は好き。」
「なるほどね。大きな声で祈るっていうのはある意味、“偽善者たちは、人に見てもらおうと、会堂や大通りの角に立って祈りたがる。”にもなりうるよね・・・。」
「どこか外向きの祈りになるんだよね。ぼそぼそとした祈りっていうのは、内側を見て祈っているというか・・・。」
「じゃあやっぱ、ルーテル教会ってのは内向き、内面を重視しているのの現れなのかなあ・・・?」
「お祈りがばらばらっていうのもある程度それでいいんじゃない?」
「そうだよね・・・。お祈りのペースなんて人によって違って当然だよね。それがぴったり合ってるなんて気持ち悪いよね。」

ちなみに、お祈りのあと「アーメン」と応召するタイミングのことも、話題になりました。
これもルーテル教会とそれ以外の教会でどうも違うようで、職場の聖書研や、他教会に行った時に戸惑います。ま、いいか。

(注:厳密な再現じゃないです。上記の会話。)

主の洗礼日。Jくんの行いの数々。

2007年01月15日 | Jくん桜泉と共にいます(Jくん入園前)
教会のあと、六本木ヒルズのオムツコーナーでオムツ替えをしていたら、Jくんがしっこをした。
するなよーと言ってオムツを開けたのに、した。
とっさに手やティッシュでガードしたけど・・・桜泉の手はしっこまみれ、Jくんの肌着もぬれて、お着替えをする羽目になった。

正直言って焦ったし腹も立った。するなよと言ったのに・・・。

でも。

男の子なら特に、いつどこででも、しっこを飛ばしたいのは、当然でありまたふさわしいこと・・・・・です?
・・・・・・?
(※聖餐序詞:聖なる主、全能の父、永遠の神よ。いつどこででも、あなたに感謝するのは当然であり、またふさわしいことです。)

それに、主の洗礼日だ。ヨハネくん(Jくんの洗礼名)としては、お母さんにしっこで洗礼を授けたかったのかもしれない。
「わたしはあなたにしっこで洗礼を授けるが・・・」と言っていた・・・のか?Jくん。
(※ルカによる福音書より:ヨハネは皆に向かって言った。「わたしはあなたたちに水で洗礼を授けるが、わたしよりも優れた方が来られる。」)

そうそうそういえば、何度も靴を脱いだりはいたりしたねえJくん。
「お母さんはわたしの履物のひもを解く値打ちもない」
・・・そうかよ。じゃあ自分ではけ。
(※上記福音書の続き:「わたしは、その方の履物のひもを解く値打ちもない。」)

早く自分でおトイレ行けるようになって、自分で靴はいて歩いてくれ。

当分先ですね。

えすさまのお****^^;

2007年01月15日 | グレ耶蘇生活
昨日の教会の週報の表紙の絵。12世紀に描かれた、『キリストの洗礼』でした。

ヨハネくん・・・じゃなくて洗礼者ヨハネから、ヨルダン川で洗礼を受けるえすさまことイエス・キリストの絵です。
後の時代の絵のようなリアルなものではなく、変った絵だなあと思いました。
昔のというか本来のというかの洗礼は、川や池など、水の中に体をどっぷり沈めます。服着たままでは却って寒いし、当然、裸。
パパガスパールと絵を見ながら、
「あれ、このえすさまさあ・・・ついてないよ。」
「隠してるんじゃない?」
「隠せるの?」
「まあね。」

なんつー会話。

でも、週報についてるシャーマン先生の解説というか黙想をよく読んだら、「魚の頭」で隠れているんですね。^^;
変。

先生の黙想も、そのことに着目したお話でした。

12世紀ですから中世。教会の権威が、えすさまのおシモを描くのを禁じたのだろうとのこと。
しかし、それでもこの画家は生まれたままの姿、まったき人としてのえすさまを描こうとした、また、おシモを覆う魚の頭ということは不完全な魚、不完全な、やはりそれはまったき人、不完全なものである人となられたキリストを表すとのこと。そして、も一つは、魚は救い主の象徴、それを纏うえすさまであるということ・・・。
この画家(無名の人だそうです)のえすさまに対する信仰を表しているのですね。

・・・・・・。
同じ絵を見て、着眼点までは同じだったわけだけれど・・・・・・ああ俗物なる桜泉(とパパガスパール)よ。

※そんなこんななうちに、イエス・キリストが男であるということ、神が「父」と呼ばれるということと、しかし人は神の似姿であり、男と女に造られているということについて、少し思い巡らしたけれど、それは書くと長くなるし難しいからまた今度!