NETFLIX INIDIA のオリジナル映画やドラマには、数年前に期待するのをやめることにしたので、以来ほとんど見ていなかった。
が！
私の知る限りで初めて、「これなら会費を払うのも惜しくない」と躊躇なく思える例外的な作品が６月にリリースされた。
『シャヒド』や『Faraaz』のハンサル・メータ監督による全６話のドラマシリーズ『スクープ』〈Scoop、2023〉である。
タイトルからして、ジャーナリストの話かと想像はつくだろう。だが、インド作品に限らず、ジャーナリストを主人公にした劇映画やドラマは少なくないが、良作となると非常に少ない。ましてや、主人公が女性ジャーナリストであるそれらとなると皆無に近い。
『スクープ』は、このジンクスを破ったサスペンスだ。
原作は、インドの著名英字紙『Asian Age』の事件記者（crime reporter）で、同紙ムンバイ支局の編集局次長だった、ジグナ・ヴォラ（Jigna Vora）による回想録『Behind Bars in Byculla: My Days in Prison』（Penguin eBury Press, 2019）。
Byculla（バイクラ）とは、ムンバイにある女性専用の刑務所だ。ヴォラは2011年に起きた事件で冤罪を着せられ、Byculla に収容された。回想録は、その獄中日記である。
2011年、これもよく知られたタブロイド英字紙『Mid-Day』のベテラン男性ジャーナリスト、ジョティモイ・デイ（Jyotirmoy Dey）が、バイクに乗った４人の男に射殺された。デイも事件記者で、とくにムンバイの闇社会に詳しかった。
劇中では、ジグナはジャグルティ・パタック、ジョティモイはジャイデブ・センなど、固有名詞は変えられているが、主要人物のほとんどが実在している。
ムンバイ警察は、当時ドバイに潜伏中と見られたチョタ・ラジャン（Chhota Rajan）がデイ暗殺を首謀したと疑う。
チョタ・ラジャンとは、かつてダウード・イブラヒム（Dawood Ibrahim）率いる D-Company（注１）に属していたものの、1993年のムンバイ連続爆弾事件を境に袂を分かち、自らの犯罪集団を組織した闇社会のドンのひとり。D-Company の敵対勢力だった。
ラジャンが疑われたのは、自分に関するデイの報道に腹を立てていたからだという。
ヴォラは、取材領域が重なるデイのことは、以前からよく知っており、ジャーナリストとしての優秀さに一目置いていた。
そういう彼の暗殺にショックを受けながら、事件記者の常として真相を追い始めたが、ある日、ムンバイ警察に逮捕されてしまう。
あろうことか、デイ暗殺を幇助した疑いである。
しかも適用法令が、UAPA（注１）の州法版といってよい MCOCA（Maharashtra Control of Organised Crime Act, 1999; マハラシュトラ州組織犯罪取締法）である。
略称として「ムコカ」と呼ばれるこの法律は、前年（2010年）に暗殺されたシャヒド・アズミ弁護士（注２）が、権力によるその濫用をたびたび警告していた厳格法（stringent law）だ。インドの事情に通じる者ならだれでも、ムコカの容疑と聞いた時点で、ヴォラはとんでもなく深刻な事態に追いやられたと戦慄する。
注１ ダウード・イブラヒムと D-Company および UAPA や同法に吸収された TADAについて、たとえば2018年6月14日付記事を参照。
注２ 2018年6月20日付記事時点では NETFLIX 日本版で見られたが、配信時期が終了しているので、代わりに Einthusan へリンク。
ヴォラは、デイ暗殺事件の少し前に起こった、イブラヒムの弟が雇う運転手兼ボディガードが射殺された事件を取材していた。このときもムンバイ警察はラジャン配下の犯行と疑った。
だが、その見立ては出来すぎていないかと疑問を呈したのがデイで、同様の感触をもつヴォラは、自分の情報源を駆使して、なんとかラジャンに真相を迫ろうとした。それが功を奏して、ドバイのラジャン本人から電話が入り、彼のコメントを報道する。大スクープではあった。
その大スクープはしかし、ムンバイ警察によって、デイ暗殺の幇助なり共謀の証拠として利用されることになるのである。
言い換えれば、ジャーナリストがジャーナリストとしての職務を果たした結果、「テロリスト扱い」されてしまうのである。
Scoop | Official Trailer | Hansal Mehta, Karishma Tanna, Prosenjit Chatterjee, Harman Baweja
が！
私の知る限りで初めて、「これなら会費を払うのも惜しくない」と躊躇なく思える例外的な作品が６月にリリースされた。
『シャヒド』や『Faraaz』のハンサル・メータ監督による全６話のドラマシリーズ『スクープ』〈Scoop、2023〉である。
タイトルからして、ジャーナリストの話かと想像はつくだろう。だが、インド作品に限らず、ジャーナリストを主人公にした劇映画やドラマは少なくないが、良作となると非常に少ない。ましてや、主人公が女性ジャーナリストであるそれらとなると皆無に近い。
『スクープ』は、このジンクスを破ったサスペンスだ。
原作は、インドの著名英字紙『Asian Age』の事件記者（crime reporter）で、同紙ムンバイ支局の編集局次長だった、ジグナ・ヴォラ（Jigna Vora）による回想録『Behind Bars in Byculla: My Days in Prison』（Penguin eBury Press, 2019）。
Byculla（バイクラ）とは、ムンバイにある女性専用の刑務所だ。ヴォラは2011年に起きた事件で冤罪を着せられ、Byculla に収容された。回想録は、その獄中日記である。
2011年、これもよく知られたタブロイド英字紙『Mid-Day』のベテラン男性ジャーナリスト、ジョティモイ・デイ（Jyotirmoy Dey）が、バイクに乗った４人の男に射殺された。デイも事件記者で、とくにムンバイの闇社会に詳しかった。
劇中では、ジグナはジャグルティ・パタック、ジョティモイはジャイデブ・センなど、固有名詞は変えられているが、主要人物のほとんどが実在している。
ムンバイ警察は、当時ドバイに潜伏中と見られたチョタ・ラジャン（Chhota Rajan）がデイ暗殺を首謀したと疑う。
チョタ・ラジャンとは、かつてダウード・イブラヒム（Dawood Ibrahim）率いる D-Company（注１）に属していたものの、1993年のムンバイ連続爆弾事件を境に袂を分かち、自らの犯罪集団を組織した闇社会のドンのひとり。D-Company の敵対勢力だった。
ラジャンが疑われたのは、自分に関するデイの報道に腹を立てていたからだという。
ヴォラは、取材領域が重なるデイのことは、以前からよく知っており、ジャーナリストとしての優秀さに一目置いていた。
そういう彼の暗殺にショックを受けながら、事件記者の常として真相を追い始めたが、ある日、ムンバイ警察に逮捕されてしまう。
あろうことか、デイ暗殺を幇助した疑いである。
しかも適用法令が、UAPA（注１）の州法版といってよい MCOCA（Maharashtra Control of Organised Crime Act, 1999; マハラシュトラ州組織犯罪取締法）である。
略称として「ムコカ」と呼ばれるこの法律は、前年（2010年）に暗殺されたシャヒド・アズミ弁護士（注２）が、権力によるその濫用をたびたび警告していた厳格法（stringent law）だ。インドの事情に通じる者ならだれでも、ムコカの容疑と聞いた時点で、ヴォラはとんでもなく深刻な事態に追いやられたと戦慄する。
注１ ダウード・イブラヒムと D-Company および UAPA や同法に吸収された TADAについて、たとえば2018年6月14日付記事を参照。
注２ 2018年6月20日付記事時点では NETFLIX 日本版で見られたが、配信時期が終了しているので、代わりに Einthusan へリンク。
ヴォラは、デイ暗殺事件の少し前に起こった、イブラヒムの弟が雇う運転手兼ボディガードが射殺された事件を取材していた。このときもムンバイ警察はラジャン配下の犯行と疑った。
だが、その見立ては出来すぎていないかと疑問を呈したのがデイで、同様の感触をもつヴォラは、自分の情報源を駆使して、なんとかラジャンに真相を迫ろうとした。それが功を奏して、ドバイのラジャン本人から電話が入り、彼のコメントを報道する。大スクープではあった。
その大スクープはしかし、ムンバイ警察によって、デイ暗殺の幇助なり共謀の証拠として利用されることになるのである。
言い換えれば、ジャーナリストがジャーナリストとしての職務を果たした結果、「テロリスト扱い」されてしまうのである。
Scoop | Official Trailer | Hansal Mehta, Karishma Tanna, Prosenjit Chatterjee, Harman Baweja
