さきち・のひとり旅

旅行記、旅のフォト、つれづれなるままのらくがきなどを掲載します。 古今東西どこへでも、さきち・の気ままなぶらり旅。

旧檜山爾志郡役所(江差町資料館)

2024年03月23日 | 北海道シリーズ


旧郡役所。明治20年の建築だけに、洋風ですね。


最初に街の概要説明。今の人口は6806人。70年代から半減してますねw 日本中の
地方都市がこうです。あと50年くらい経ったらどうなるんだ。大変だ~大変だ~と
言っていますが、地球上の人口は爆発的に増え続けているので、そっちのほうが
大変な気もするが。。。


一画に江差線コーナーがありました。10年前に廃線になったとき、号外が出たの
ですなあ。人口は減ってるし、乗ってきたバスも3時間に1本でガラガラだった
からなあ~。


昭和34年の北海道国鉄路線図。こんなにあったんだなあ~としみじみ見てしまい
ました。つい最近でも私が乗った路線で留萌線は廃線になったし、様似から苫小牧に
抜ける路線、帯広から富良野につながる路線も廃止が決まった。まさに廃線ラッシュ。


函館から南西に向かう路線はいさりび鉄道になりました。つまりJRは切り捨てた。
それも木古内止まりになって、江差・松前という北海道開拓初期の街は鉄道が通らなく
なったわけだ。そしていま、新幹線が札幌までつながることになり、長万部から小樽に
つながる「函館本線(山線)」は廃線になるという話になっています。


いま福井県で新幹線が通るということでお祭り騒ぎになっていますが、日本では
廃線の話のほうが多いんだぞぉ~w


去年木古内でもこういう哀愁漂ってる展示を見たなあ。


映像コーナーでは、役所のおねいさんの建物の説明。時代の流行で西洋建築を
取り入れたが、土台の石や日本風の屋根瓦は北前船で内地から持ってきたものなんだ
そうです。


そしてこの土地にまつわる伝説の話。あるとき江差では魚がまったく獲れなくなった。
村人たちは不思議な力を持つ折居(おりい)というおばあさんに相談に行きました。
おばあさんが寝ているとき、神様が現れて瓶を授け、その瓶のなかの水を海に注げば
魚がやってくるという。おばあさんが言われたとおりにすると、ニシンがわんさか
やってきて村人たちは助かったという話です。

アニメの最後に、「その後、人々は欲をかいてニシンを獲り過ぎ、いなくなっちゃった」
という教訓がちらりと語られました。北前船の関連商人たちは「獲れる獲れる、もうかる
もうかる」でいけいけドンドン、各地にできた豪華な鰊御殿はそれを物語っています。

自分たちで食べるだけ獲っていれば豊かな食生活が続いたのに、でも立派な家、電化製品、
車、スマホが欲しい~って、そりゃなるもんなあ。。。

もひとつ、先住民族のアイヌは、自分たちが食べる分だけを獲って長らく暮らしていました。
しかし欲をかいた和人は、そういう暮らしをしていたアイヌに漁を禁止しました。少数民族
が食べる量はたかが知れています。自分たちが獲る量が減るだろう、という意味ではなく、
なんと耕作も禁止したのです。その理由はアイヌから生活手段を奪って、奴隷のように
自分たちの元で働くしかないようにさせたからです。クラクラしますねw


階段を西洋風にカーブさせました。説明によると、大工さんが慣れてないから
内側は狭いはしごのようになってしまったのだろうということです。


2階に上がると、さっきの伝説が掲示されていました。左の瓶子岩、おばーさんが
神様から授かった瓶が岩になったという話です。


北前船が往来して賑わっていた頃の写真。黄金時代だったか。


右下の焼き物、右から尾道の酢瓶、石見焼の壺、九谷焼の大皿です。北前船の通った
道筋がわかりますね。


こちらの地域の商家には、海に面したところに家印というものを掲げています。
これは北前船がやってきたときに、目当ての店が船からすぐにわかるようにです。


そしてここは戊辰戦争の舞台にもなったところです。あとで旧幕府軍の船、開陽丸が
ここに沈んだことを記念して作られた資料館にも行きますよ。


ここは少し高い所にあるので景色がいい。


海と空もそうだけど、山まで青く見えるのですね。