磯野鱧男Blog [平和・読書日記・創作・etc.]

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荷風さんの戦後

2007年06月14日 | 読書日記など
『荷風さんの戦後』
    半藤一利・著/筑摩書房2006年

永井荷風は戦後も独自の歩みをされたようです。ボクにはわからない世界のことも書かれてありました。



永井荷風と空襲体験。下「」引用。

「同じ日に向島で焼け出されたわたくしは、もう無我夢中で、とても月をみる余裕なぞなかった。第一、あの夜、月が出ていたかどうかの記憶もない。荷風さんの余裕綽々(しゃくしゃく)ぶりには恐れ入る。」


そして、疎開する荷風さん。下「」引用。

「永井荷風と谷崎潤一郎両文豪の、八月十五日を直前にした岡山県勝山でのわずか二泊三日の邂逅(かいこう)である。」

【貧乏文豪と富裕文豪】
金持ちの谷崎潤一郎と、その当時貧乏文豪の永井荷風。
ちょっと、荷風さんがかわいそう……。

『断腸亭日乗』の「断腸」とは。下「」引用。

「つまり断腸花とは秋海棠(しゅうかいどう)の異名である。その秋海棠を大久保余丁町の本宅の、書斎六畳の庭に植えた。それでその六畳を断腸亭と名づけることにした」


マッカーサーと昭和天皇の写真は、当時の人たちにはやはり驚きだったようですね。

安吾の天皇論は、当時は驚きだったが、今は常識といっていいかもと。下「」引用。

「生まれてこのかた、現人神としてただ最敬礼するのみであった天皇陛下。その存在がただ政治的都合によって表にでたり裏に潜んだり、力をもったり無力になったり、その事実の指摘には真実眼からウロコの落ちた感があった。いまになれば常識的で、何の変哲もない話であろうけれども、敗戦後の当時にあっては驚天動地の快(怪?)論であったことはたしかである。」

平和憲法のことも書かれてありました。

【戦後の住宅困窮】
片山哲社会党内閣、住宅困窮者のための特別措置。
間数の多い家に同居人のおしつけ策。

--これをホームレス対策にいかせるかもしれませんね。
そもそも広い家なんて、環境にも悪いですから……。
これからは税金をたくさんとる……。

国単位であるように、個人単位でも二酸化炭素の排出量は決めたほうがいい、わが家の二酸化炭素排出権を売りに出すこともしたい……。


幸田露伴死亡、葬式に行くが外から見送る。
礼服がなかった永井荷風……。


昭和29年4月27日、荷風さんは二千万円を落とす。
米軍軍曹がひろい、お礼がもらえると荷風の処へ。
荷風は手回しよく、取引銀行に盗難無効の届けを済ませ、新通帳をもらっていたということが新聞の記事になったという。

大笑いでした。

愉快な荷風さん。
ドラマにするなら、竹中直人を永井荷風役にしていただきたい。







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