磯野鱧男Blog [平和・読書日記・創作・etc.]

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スターリンと原爆 上と下

2007年06月26日 | 読書日記など
『スターリンと原爆・上』
    デーヴィド・ホロウェイ(著)/
       川上洸、松本幸重(訳)/大月書店1997年

昔よんだ本では、スターリンのアブノーマルなところがきちんと書かれてありました。ソ連の歴史からいっても、こんな表現ではきちんと書かれていないとボクは思います。



1923年2月、物理工学研究所はペトログラート北郊外レスノーエの新建物への移転。

スターリン主義という無茶なシステム。これはスターリンの時だけでなく、崩壊まで続く。そのようなシステムをとっている国は、日本も同様であると指摘する方もいます。


1941年『物理科学の成果』の論文。下「」引用。

「膨大な量のエネルギー放出を伴う連鎖反応をウランで実現するためには、純ウラン235がほぼ一○キログラムあれば十分であろう」

フリッシュ=バイエルスと同様、ハリトーン=ゼリドーヴィチも連鎖反応が起きるだろうと推定した。


ポツダム会談で、トルーマンは前代未聞の爆弾開発をスターリンに伝える。
英外相の回顧録では、スターリンは「ありがとう」と言っただけという。
ここで、米ソは敵対関係に入ったも同然であろう……。

広島への原爆投下については黙殺。下「」引用。

「広島への原爆投下にたいするソ連の公式反応は黙殺であった。『イズヴェスチヤ』と『プラウダ』は、TNT二○キロトン以上の破壊力をもつ原子爆弾が広島に投下されたというトルーマン声明を要約した短いタス発表を掲載した。」


1945年7月、スターリンは、T・V・スン〔宋子文〕に、ドイツはヴェルサイユ条約後15~20年で再起した、ドイツと日本はやがて再び頭をもたげるだろうと語ったという。

アメリカがめざした原爆外交は愚かでしかなかった。下「」引用。

「一方が原爆が強力な政治的道具になることを期待し、他方はそうなることを恐れる--ロンドン会議の失敗とソ米関係の悪化に貢献したのは、こういった原子外交だったのである。」


スターリンは開発を強引にすすめる。下「」引用。

「原爆使用禁止の見通しが立たないのなら、ソ連は遠からず米国の原爆独占に終止符を打つつもりでいる、とスターリンは示唆した。」



『スターリンと原爆・下』
    デーヴィド・ホロウェイ(著)/
       川上洸、松本幸重(訳)/大月書店1997年


「公害と原発のあるところに民主主義はない」
「戦争は究極の差別」
……この名言を忘れてほしくありません。

差別主義が横行した。下「」引用。

「アルマザース16は全国に散在する原子力関係の研究所やプラントの「白い群島」の中心地だった、とアリシューレルは指摘している。
 「収容所群島」の住人と違って、「白い群島」に住む科学者や技術者たちは、特権的な生活条件を享受していた。」


ソ連の最初の原子爆弾は、米国の最初の原爆のコピー。
ソ連の水素爆弾はオリジナルの設計

原子力平和利用会議などというが、人類の今の技術力では原発も平和利用などといわれるしろものではないと、高木仁三郎の著作をみれば理解できると思います。



殺す側でしか思考できなかったレーニンの後継者の話でした。









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