磯野鱧男Blog [平和・読書日記・創作・etc.]

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敗北を抱きしめて 下 第二次大戦後の日本人

2007年05月22日 | 読書日記など
『敗北を抱きしめて 下 第二次大戦後の日本人』
    ジョン・ダワー(著)/三浦陽一、高杉忠明(訳)/
       岩波書店2001年、2001年3刷

帯に書かれてあります。下「」引用。

「「戦後」の起源
天皇制を擁護し、憲法を骨抜きにし、戦後改革の巻き戻しに道をつけて、占領軍は去った。日米合作の「戦後」がここに始まる。」



日米合作なのでしょうか?

米国主導というのは否めないと思います。

占領国の仲間割れがはじまり、冷戦となり。天皇をカードにして、日本を上手にコントロールした米国ということなのでしょうか? 下「」引用。

「天皇のこの魔法のような変身は、政治的にも思想的にも広く深い影響をあたえた。何が正義かは権力によって恣意的に決められたものとなり、戦争責任の本格的な追求は矛先をそらされてしまった。」


アメリカにはやはり人種差別主義者がいます。下「」引用。

「われわれの中には、日本人をすべて虐殺せよ、日本人を事実上絶滅させよという主張する者もいる。アジアの戦争は大きな犠牲をもたらし、多くの人命を奪ったのだから、日本人をどうしようと残酷すぎるということはないと。」

ナチス・ドイツが模範にしていた国、それはアメリカ。
そういうことを思い出しました……。

そして、軍部を悪役にしろという。下「」引用。

「軍部を悪役にしろ、天皇を平和主義者にして、天皇制民主主義を建設せよというキャンペーンは公然と大々的に行なわれた。日本側もアメリカ側も、究極的には同じ目的を実現させるために報道機関を利用した。」

事実なんてどうでもいいようですね。
方針がこんなのだから、事実を一度も追求したことはないと書かれてあっても仕方がないと思います。

事実を一度も追求したことがない。ここが重要ですね。

そして、マッカーサーは天皇の「御英断」で戦争は終結し、日本人をはかり知れない惨害から救うことができたと裕仁を賞賛と書かれてありました。

下関地区で天皇の祖先はインドから来たという噂があったという。

貧困な当時、皇室や天皇たらん人たちが登場。
岡山では「酒本天皇」、鹿児島「長浜天皇」、新潟「佐渡天皇」、高知「横倉天皇」、愛知県では「外村天皇」、「三浦天皇」と自称する者がいたという。

熊沢という人物は南朝の子孫だという。
しかし、熊沢の三人の親類が、真の宗家とは自分だと……。

降伏後、数々の宗教団体が登場。「神々のラッシュアワー」といわれたそうです。

天皇巡幸は米軍兵士や憲兵に護られていた。
天皇の巡幸で米軍の要員が果たした役割を映し出した。珍しい写真がありました。


1951年、京都巡幸のさい急進派の京大生。
国家のために、「平和の歌」をうたい、抗議。
8人の学生が無期停学処分。

占領下で、太宰治の『斜陽』なども検閲。
谷崎潤一郎の短編が『軍国主義的』という理由で発禁処分。

永井隆の「長崎の鐘」が下巻にも書かれてありました。下「」引用。

「 あたかも長崎とマニラが似たような残虐行為だと言っているかのような解釈がなりたったからである。いずれにしても、ふつうの人たちの多くは、家族や知人の死、自分自身の苦難を、当然の報いとして甘受することなど感情的にできなかった。」

このように書かれてあると思います。

山田かん氏と永井隆の年齢のギャップ。
山田かん氏は当時、子どもであった。
積極的に戦争に加担したわけではない。

永井隆の場合は積極的に、軍医としてであるが、加担していた。

しかし、どちらにしても、あんなことに甘受などできる人物は、人格がよほどできているともいえるのではないでしょうか?

それとも、よほど悪いことをした場合もありえるかもしれません……。

永井隆博士も甘受できたとはボクは思えません……。



【映画】海と毒薬




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