龍の声

龍の声は、天の声

「七福神 ②」

2013-02-24 09:33:16 | 日本

②大黒天

丸い頭巾を被り、右手に槌を持ち、左手で袋を背中にかけ、米俵の上に乗っているというのが現代の大黒天の姿である。今でこそ、温和な顔をしているが、元をたどれば大黒天はヒンズー教の破壊の神、シバ神である。
シバ神は青黒い身体をもつ破壊神で、仏教に帰依すると、サンスクリット語でマハーカーラ(摩訶迦羅)と呼ばれるようになった。マハーカーラには「偉大な黒い者」という意味がある。
仏教に帰依したマハーカーラは、飲食を豊かにする神として信仰された。天竺の諸大寺では、厨房の柱にマハーカーラを守護神で祀れば、何人の僧が訪れても出す食事には困らないとされた。福の神というよりは荒々しい神で、台所に入ってくる邪悪を追い払うという性格を持っていたようである。
台所の神マハーカーラを大黒天として日本に持ち込んだのは、天台宗の開祖最澄とされている。天台宗の多くの寺の厨房に大黒天が置かれるようになった。この信仰が庶民にも広がっていき、台所に大黒天を祀っておけば食べることに困らないと信じられたのである。
台所の神ということで、大黒天は主婦の守護神となった。主婦の台所仕事が上手くいけばその家も安泰だから、大黒天は更に家の守護神となり、広く信仰されるようになった。

こうした大黒天の出世の影に、大国主命(おおくにぬしのみこと)の存在があったことを忘れてはいけない。
大黒天は大きな袋を持っている。中国の大黒天が小さな床机に腰をかけ、手に金の袋を持っていたことに由来すると考えられる。と同時に、大きな袋を背負って全国を回ったという大国主命と混同されたからとも言われている。
大国主命は記紀伝説に登場する日本の神さまで、日本全国の神さまが集まるという出雲大社の主でもある。神話の中で、大国主命は全国を修行して回る。兄達の衣類のほか、一切のものを袋に詰めて担ぎ、全国を行脚したのである。大国主命は「ダイコクさま」とも呼ばれ、五穀豊穣の神として広まった。
その袋を担いだ大黒天の姿と、大黒=大国という語呂から、大黒天は大国主命と混同されて福の神として全国的に信仰されるようになった。
また、農業から商業へと庶民の生業が変化するにつれ、大黒天は商業神としての信仰対象にもなった。振れば何でも出てくる小槌を持ち、何でもはいっている大きな袋を背負う姿は、無尽蔵の財宝と富の象徴だったのである。
その小槌だが、もう少し深い意味がある。槌(つち)は土(つち)に通じる。土というのは全てのもの(作物)を生み出すものである。その土はすなわち田(た)。宝(たから)は田から出てくる、つまり、宝は土(田)から出てくるという意味で、大黒天は豊作の神となった。
また、大黒天がかぶっている大きな頭巾は、それ以上、上を見ないためで、謙虚であるべきことの教えだそうである。さらに、大黒天が乗っている二俵の俵は、二俵で我慢せよという「知足(足るを知る)」の教えであるという。


③弁才天

琵琶を持った容姿端麗な女神が弁才天である。弁財天と書き、弁天と略されることもある。
弁才天はインドの古代神話の大河の神であった。サンスクリット語では「水を有するもの」を意味するサラスバティと呼ぶ。ヒンズー教では梵天の妃とみなされている。
サラスバティは大河の神だから水と関係があり、水が流れる音にちなんで、音楽の神、弁舌の神(知恵の神)として信仰されていた。
この女神を仏教の世界に引き込んだのは『金光明最勝王経』である。弁才天の声には、寿命増益怨敵退散の利があるとされ、弁才天のお経を聞いたものには知恵や長寿が授かるとされた。

日本にやってきた弁才天は、室町時代になると弁財天と書かれるようになり、「才」が「財」にとって変った。そこから、弁財天には財産の神としての性格も加わった。
琵琶を弾く白肉色裸形という弁才天の姿は、市杵島姫命(いちきしまのひめのみこと)の姿と習合した結果と思われる。市杵島姫命は天照大神の娘の一人で、市の神として信仰された。




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