Rの気まぐれnote

カメラ散歩と気ままなつぶやき日記

人生とは。

2021-05-26 07:39:00 | 日記

(義母に贈った花。近所の花屋のベテランそうな女性がお任せで素敵にアレンジしてくれました)

施設にいた義母が100歳の目の前でその生涯を閉じました。

そこで初めて義母に数年ぶりに会いに施設に行ったけれど、想像以上の素晴らしいブルジョワ向けの施設でした。
貴族の世界に平民の私がお邪魔しているような。
個室の部屋には、義弟がしつらえた沢山の写真が壁に、退屈しないよう色々な本も。
またスタッフの方々が親切で、最後にここでの様子のアルバム、好きだった琵琶やスタバのコーヒーを下さいました。
写真を見ると、何と義母の穏やかで楽しそうな顔。
最後まで歩いていたようなので、余計な面倒はかけていなかったらしいし。
(改めて健脚は大事と認識)

義母にとっては本当に最後まで贅沢な人生だったと思います。
それは17年前以降、義父の亡き後の約束された優雅な生活だけでなく、入居後はシングルの義姉が途中から金銭的サポート、義弟が自分の人生を犠牲にして(と本人は思っていないようですが)ほぼ義母に注いでいたからこそです。
ただ斎場での儀式は身内(海外在住の義姉は来れないので、義弟と私の家族)のみ、お坊さんも呼ばないという最も簡素な形式で。

実の母は9年前に80歳の癌で本人としては無念の死を遂げたけど、友人が多かった母の為に、弟が葬儀は盛大に行ってくれました。

人生それぞれです。

ここ最近改めて感じた事。
*嫁って姑からするとやはり他人なんだろうな。

だから子供には言わない色んな愚痴(私が気分を害しても)を言えたのだろうな。
将来息子が結婚してもそう感じるだろうし、だからクールに接していこう。

•財産があると人間のドロドロした部分が表面化しちゃうのだな。

実家は私が高校生の時、父が亡くなったので家も収入面も質素だったけど。
母は父が大好きだったし、情感を大事にする人だった。

その頃知ったフレーズ
“Be it ever so humble,there’s no place like home”
どんなに慎ましやかでも我が家に勝る所はなし。
これだ!よね。と思っていました。

これからも、物より心が豊かになるような生活を目指していきたいと思います。