私
学校を出た時はやわらかい手で、
くわを持っても、まんのうを持っても
まめが出来たのに、
いつのまにかタコが出来た。
節々が太くなり、
母の手に似て来た。
御飯もたける様になった。
つくろいもする様になった。
そして、いつのまにか
母と話が合うようになった。
だけど私は、
湖に沈められた真珠の様に、
とり上げれば白である様に、
いつまでも、
自分を失いたくない。
菅谷青年団鎌形支部文化部『心の集い』第8号 1960年
私
学校を出た時はやわらかい手で、
くわを持っても、まんのうを持っても
まめが出来たのに、
いつのまにかタコが出来た。
節々が太くなり、
母の手に似て来た。
御飯もたける様になった。
つくろいもする様になった。
そして、いつのまにか
母と話が合うようになった。
だけど私は、
湖に沈められた真珠の様に、
とり上げれば白である様に、
いつまでも、
自分を失いたくない。
菅谷青年団鎌形支部文化部『心の集い』第8号 1960年