GO! GO! 嵐山 2

埼玉県比企郡嵐山町の記録アーカイブ

男から見た農村婦人 1960年

2009年06月26日 | 青年団鎌形支部『心の集い』
 男と全く同一でありながら、社会的、職業上から全く小さな体としか見られない。ことに農村の婦人は話にならないのです。その原因は結局知識の低い事と生活のまずしさからです。その低い事は朝早くから夜遅くまで食事の仕度やら、のら仕事に、洗たくにといろいろ、男性以上の重労働がかさみます。日の出ないうちから日の暮れるまで労働の明け暮れに制約されております。そう働かなければ間に合わず又生活もしていけなくなるという苦しい立場となってしまいます。またこんな例もあります。子供の世話をしながら家族全員の洗たく等一人でやるのでそうです。こんな時こそ、洗たく機があれば仕事の合い間、昼休みにでも簡単に出来るのです。このように農村が機械化されたことや合理化されたのはほんの一部の農家しかないのです。農家はキカイを入れて生産費を下げようとは知っていても、先だつのは金であるからなかなか出来ない。生活の貧しさがあるのです。もしこれが機械化され、合理化されたならば、農村婦人もきっと新聞や雑誌、ラジオ等などが楽しく読んだり聞いたり出来るのです。そうすることによってもっともっと、農村婦人も知識もついて、立派な農村婦人としても、はずかしくないサラリーマン以上になると思っています。
     菅谷青年団鎌形支部文化部『心の集い』第8号 1960年


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