湯・つれづれ雑記録(旧20世紀ウラ・クラシック!)

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アイヴズ:ピアノ・ソナタ第2番「コンコード・ソナタ」

2018年10月11日 | アイヴズ
J.カークパトリック(P)(配信)1939/1/20NYタウンホール初演live

エール大学が保管しているアイヴズ等の未発表骨董音源より、一部一般公開(webサイトよりストリーミング)したものの一つ。前年に部分ないし全曲初演されたという人もいるが、従来的には全曲初演の、アンコール2曲(うち後半は四楽章「ソロー」の一部、前半は民族主義の他人の曲)を含む全楽章の復刻である。器械2台で録音したのか、盤面返しも欠落はほぼ無い。さすがに未発表モノだけあって経年劣化は無視できないレベルで、デッドで歪んだSPの響きも真実を歪めて伝えている可能性はあるが、エール大学が力を入れて復刻したもので素人の口を挟む余地は無かろう。ちなみに以下が公開された全てである(2018/9時点)。いずれもカークパトリックにより、公式録音もあわせるとカークパトリック自身のスタイルの変遷も追える。非公開のものはエール大学のネットワークに繋げれば聴けるらしい。

1939/1/20(初演live(全))3/24(CBS放送用Ⅰ、Ⅲ)3/31(CBS放送用Ⅱ、Ⅳ)9/28(放送初演(全))
1959/10/19(Ⅰ)
1969/2/7(エール大学live(全))

この曲はかつて人の少なかったアメリカ北東部の点景である。四楽章の表題になるエマーソン、ホーソーン、オルコッツ(複数形)、ソローの超越主義思想から直接音楽を展開したということはひとまず置いておいて、ここに横溢する美観はきわめて印象派的なあいまいなものに立脚している。カオスであっても響きはつねに青白く冷えたモノトーンで、その音の回転や蠢きにスクリアビンの痙攣、昇天のエコーを聴くことはできるが、生々しいロマン派音楽の素材を使っていても、そこには直接的な接触があるようには感じられず、硝子一枚隔てた影像として処理されている。ノスタルジーと抽象的思索の二重写しであること、この曲や、ひいてはアイヴズの試行錯誤の目指した先が単純なフォルテの世界でも全音符の世界でもないこと、それは謎のまま闇に消えたことを考えさせられる。アイヴズというと既存素材のパッチワークだが、メインとなる素材は多くはない。ここでは運命の主題が奇妙にさまざまに異化された形から、後半楽章ではっきり、しかし原曲とは異なった形で打ち出されるのが印象的だ。洗練された暴力。この演奏はテンポが速く焦燥感があるが、腕は一級、録音がひどいが指も頭もよく回る。バルトークなど民族主義が流行っていた演奏当時を考えるとそれだけの弾き手はいておかしくないが、二楽章ホーソーン、スケルツォにあたる楽章でラグタイムが冷徹から狂乱へ舞い上がる悪魔的表現はライヴならではの勢いもあり、聴かせる。この楽章以降は拍手が入る。印象派ぽいというと両端、よく単独演奏されるエマーソンとソローだが、デッドな響きでテンポが速いとあっけなく、食い足りなさがある。四楽章のアンコールではしっとり響きを聴かせている。
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