○ストコフスキ指揮現代音楽協会(SCC:CD-R)1953/2/22メトロポリタン美術館live
日曜午後のコンテンポラリーミュージックシリーズとして企画されたものの記録で、非常にノイジーだが興味をひく演目が揃っている。当時としても珍しい曲が取り上げられた。嚆矢にあげられたのは今や馴染みの「答えのない質問」だが、ストコフスキはかなり高精度のアンサンブルを駆使し、不協和だが「整合」した演奏に仕立ててしまっている。ほんらい整合しないのがアイヴズの音楽だ。この曲は噛み合わない対話である。いわば壁紙の役割であるストリングスのコラールを(アイヴズの賛美歌調の音楽は一部の演奏家には非常に魅力的に感じられるらしいが)テヌート気味に情感込めて演奏させ、埋没するようにTpと木管の「応酬」を忍び込ませている。ほんらいは逆だ。朴訥としすぎるペットに元気のないドルイドたち。クライマックスではペットに木管が余りに食い気味に被さってきていて、それが元気で怒りを示すようであればまだしも、静かに注意深くハーモニーを重ねるようなのだ。終端部取り残されるペットと弦の静寂はよい。他録では乱暴だったりするが、ライブぽくない注意深さだ。勘違い演奏かもしれないが、一つの見識として○。
日曜午後のコンテンポラリーミュージックシリーズとして企画されたものの記録で、非常にノイジーだが興味をひく演目が揃っている。当時としても珍しい曲が取り上げられた。嚆矢にあげられたのは今や馴染みの「答えのない質問」だが、ストコフスキはかなり高精度のアンサンブルを駆使し、不協和だが「整合」した演奏に仕立ててしまっている。ほんらい整合しないのがアイヴズの音楽だ。この曲は噛み合わない対話である。いわば壁紙の役割であるストリングスのコラールを(アイヴズの賛美歌調の音楽は一部の演奏家には非常に魅力的に感じられるらしいが)テヌート気味に情感込めて演奏させ、埋没するようにTpと木管の「応酬」を忍び込ませている。ほんらいは逆だ。朴訥としすぎるペットに元気のないドルイドたち。クライマックスではペットに木管が余りに食い気味に被さってきていて、それが元気で怒りを示すようであればまだしも、静かに注意深くハーモニーを重ねるようなのだ。終端部取り残されるペットと弦の静寂はよい。他録では乱暴だったりするが、ライブぽくない注意深さだ。勘違い演奏かもしれないが、一つの見識として○。