私的感想:本/映画

映画や本の感想の個人的備忘録。ネタばれあり。

『老妓抄』 岡本かの子

2009-10-20 20:39:55 | 小説(国内女性作家)

財を築き、今なお生命力に溢れる老妓は、出入りの電気器具屋の青年に目をかけ、生活を保障し、好きな発明を続けさせようとする。童女のようなあどけなさと老女の妄執を描き、屈指の名短編と称される表題作。
不遇の彫金師の果たそうとして果たすことができなかった夢への無念の叫び「家霊」。
女性の性の歎き、没落する旧家の悲哀、生の呻きを追求した著者の円熟期作品9編を収める。
出版社:新潮社(新潮文庫)



率直に語るならば、本作品集は結構微妙だった。
文章は丁寧でわかりやすいし、江戸情緒の残る世界感は雰囲気が良く、洗練されていて、サクサク読み進めることができる。
しかしどうしてもそれ以上の強い感想を持つことができないのだ。
何となくいいけれど、何となく以上のものを僕には見出せない。
個人の趣味が大きいんだろうけど、どうも何かが足りないように思えてならない。


たとえば表題作の『老妓抄』という作品。
この作品は岡本かの子の代表作で、発表当時は絶賛されたとのことだけど、僕にはそれほどの作品には見えなかった。

主人公の老妓は、流されるように生き、「パッション」に欠けた自分の人生に悔いがあるらしい。
そんな自身の後悔を、柚木という男を「飼い」、夢を叶えさせることで晴らそうとしている。
それは老妓の妄念とも言っていい行動だろう。

しかしそんな老妓の執念は、読んでいてもさほど僕の心に訴えてこなかった。
彼女の内面がさほど語られないこともあるのだろうか。ともあれ、僕としては、情熱を持っていたのに平凡へと流される柚木と、嬌態を示すみち子の存在感に押されて、主役の老妓の存在は遠景に退いてしまったように思う。
少なくとも、「たいへんな老女がいたものだ」と柚木が感心するほどのものを、僕は見出せない。

あるいは、老妓の行動が現代の感覚からすると、そこまで突飛に見えないことも大きいのだろうか。
そういう点、この作品は時代の洗礼に耐えられず、結果的に僕にとって物足りない作品となってしまったのかもしれない。


そのほかの作品も、総じて何かが足りないものばかりだ。

だがそんな中でも部分部分で目を引くものはある。たとえば、
鮨を食べることと、思い出をふり返ることが同義になっているような湊の存在が印象的な『鮨』。
孤独な老女と子どもの交流と、人間的なつながりが忘れがたい『蔦の門』。
世間に認められたいという願望と、自分の弱みを見せまいとする倣岸さと、卑屈さが入り混じり複雑なキャラクターとなっている鼈四郎の存在感がすばらしく、料理の描写が印象的な『食魔』。
といった作品は少し心に残る。


そんな中、個人的には『家霊』が一番すばらしい作品だと思った。
この作品に出てくるどじょうをせびりに来る彫金師のキャラが特に良いのだ。
多分この人は彫金以外は何もできない生活破綻者なのだろう。しかしそんな人間でも、一人の女性にとっては、心の支えになりうるという点がおもしろい。
そしてそこからは同時に、そんな生活破綻者しか愛せそうにない女の業が仄見える点も良かった。
そんな彫金師と女の存在や行動が、本作を鮮やかなものにしていたと、僕個人は思う次第だ。

評価:★★(満点は★★★★★)


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