私的感想:本/映画

映画や本の感想の個人的備忘録。ネタばれあり。

『民数記』感想

2024-07-08 21:33:36 | 本(人文系)
『民数記』で印象的なのは、モーセの二つの側面だ。

一つは、強権的方法で支配を確立させようとする老練な政治家としてのモーセの姿。
もう一つは、侵略を次々と成功させていく有能な軍司令官としてのモーセの姿だ。



まず、強権的方法で支配を確立させようとする老練な政治家の面から見てみよう。

『出エジプト記』では、民からたびたび不平を言われて対応に困っているモーセが描かれていたが、今回でもその姿は健在だ。
彼の民衆からの指示は必ずしも絶対ではなく、不平の声はたびたび上がる。

彼が大衆の指示を受けて指導者の位置にいられる根拠は、神の仲介者だからという点にある。
そしてその支配を明確にするため(と思う)、モーセは神の名のもとにいくつも規定を定めて、支配を確立しようとしている。そんな推論を『出エジプト記』の感想で書いた。

しかしそのように対策を講じたとしても、イスラエルの民は六十万人!もいるのだ。
それだけの人間がいれば、考えが異なる人が現れるのは避けられない。

だからだろう。神の言葉がモーセからのみ語られるのはおかしいと、明確な反乱も起こされている。
とりあえず最初に描かれる反乱を、モーセはミリアムの皮膚病を(おそらく)利用して乗り切った。
だがモーセとしては、自身の権力を明確にする緊急性を意識したのではないか。


その解決策としてモーセの取った対応は、恐怖の利用である。

モーセは神の罰をやたらに訴える。
そうして大衆に恐怖を植え付けることで、神に、つまりは神の代弁者であるモーセに従わねば、という意識を植え付けたのではないだろうか。そうしてモーセは自身の支配を有利にしたのではないか。

たとえば安息日に違反した者を撲ち殺したりするのは一つの恐怖支配の様相を呈しているように見える。
神の名のもとにそのような暴力も是認する。
そうしてモーセは大衆の心理的な支配を目指したのだと私には見えた。

だがそんな強引な方法では、人によってはよけいに反発したくもなろう。
コラ、ダタン、アビラムの反抗をその結果なのではないか。
そのときの最終的な勝者はモーセで、コラ、ダタン、アビラムは命を落とした。
けれど、彼らが命を落とした過程は描かれている以上にえぐかったのではないか、と推定してしまう。



さてそうして民衆を支配したモーセだが、彼には政治的な目標があった。
それこそ侵略である。
モーセはイスラエルには約束された土地がある、と神の言葉を考案し、それを大衆に向かって訴えかけて軍事行動を遂行している。

そしてもう一つの側面である有能な軍司令官のモーセは、次々と侵略を成功させていくのだ。

とは言え、侵略である以上、その場面は読んでいても気が滅入ってしまう。
たとえばカナンの場合、侵略した後はそこの住人を絶滅させているのだ。
はっきり言って、その行動は徹底的に過ぎる。現代の倫理観からすれば引いてしまう部分も多い。

一番ひどいのは31章18節だ。
男と男を知っている女は全員殺せ、と命じ、男を知らない女を戦利品として兵に与えると宣言するモーセの姿にはさすがにドン引きする。あまりにえぐい。

そういったイスラエルの軍事行動を見聞きしたからか、バラクとバラムは混乱をきたす始末。
その場面からは、イスラエルが周囲の民族から恐れられており、イスラエルからの被害をどう回避するかの選択を迫られていたのだろうことが推測される

しかしそうやって侵略を続けているモーセに民衆の中には疲れた者もいただろう。
ヨルダン川を渡ることを拒む民衆がいたことは、モーセの指導に疑問を持つ人がいた事実を伝えてくれる。
だがモーセはそこを同調圧力でもって乗り切り、侵略を民族の一大事業と位置づけ、それを行なう方向で行動を進めていく。。。



そんなモーセの政治家および軍司令官の姿に、帝国主義的ナショナリズムの姿を見るようでげんなりした。

そしてこんなモーセがイスラエルにとって聖人であり、英雄という事実が、現在のガザの風景とつながっているのだろう。その事実に暗澹たる思いがするのである。


※追記
『出エジプト記』のところでも書いたが、モーセは政治家である前に宗教家であったという視点が欠けているように今さらながら思った。
しかしそういった現代的視点を抜けきれないところを含めての私の感想であるということは言い訳しておきたい。


 『聖書(旧約聖書) 新共同訳』
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