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第一次世界大戦が勃発し、関東大震災が発生――。激動の10年間に何が書かれていたのか。
池内紀・川本三郎・松田哲夫 編
出版社:新潮社(新潮文庫)
100年間の名作短編を選別して収録したアンソロジーである。
こういった企画は、いろんな作家を知ることができるので、非常にありがたい。
以下、各作品の感想を列記する。
荒畑寒村『父親』
昔の吉祥寺の風景が描かれていておもしろい。
今でもそれはずいぶんな賑わいだけど、昔は相当辺鄙な田舎だったようだ。
父親の愛情が伝わって来るような小品。
森鷗外『寒山拾得』
寒山拾得が普賢と文殊の生まれ変わりと聞いて、男はあっさり信じたけれど、その印象は実際の寒山拾得を見てのものではない。
人はとかく人の評価を鵜呑みするばかりで、当人たちを見ずに判断を下すものであるらしい。
ラストの作者の一文は皮肉が利いていておもしろかった。
佐藤春夫『指紋』
奇妙な話である。
はっきり言って、映像で指紋を見分けられるなんて、しかも寸分狂いなく記憶しているなんてありえないことなのだけど、もっともらしい大ボラで見せて行く様は楽しかった。
谷崎潤一郎『小さな王国』
教室という狭いサークルで人心掌握をなしえていく沼倉。貝島のような大人でさえ、生活の困窮があったとはいえ、屈していく。
そこにある危険性が怖ろしい一作である。
宮地嘉六『ある職工の手記』
実に波乱万丈なストーリー。
だが何より、父に対する屈折した感情に心惹かれた。
継母に気を遣うあまり、愛情がありながら、息子に冷たくなってしまう父、それを軽蔑して見ている息子。その心は心当たりがあるだけに、印象的。
しかしそうは言っても、彼にとって実の親は愛しく、どんなときでも真っ先に思い浮かべるのが、父という点はいじましい。
でもどうしても素直になれず、父に対して素っ気ない態度を取るところなどは、思春期に至る少年の心理を的確に表現していて心に残った。
プロレタリア文学という思想性もあって、敬遠されるかもしれないが、一片の小説としてもすてきな作品だった。
芥川龍之介『妙な話』
オチをきっちりつけてくる辺りが憎い。
もちろん赤帽を心理的な罪悪感から生じたものと見ることはできるが、そういった理窟をつけるのは野暮なのだろう。
ふしぎな話と思って、この話を読むとふしぎな話らしい心地よさが感じられる。
内田百『件』
いかにも幻想的な作品。
自分の意図しない状況に追い込まれ、意図しない形で期待され、敵視される。
その中で、おろおろするほかない主人公が、どこか物悲しく滑稽でよい。
しかしどんな状況でも人は図太くあれるのかもしれない、という気もする。
死のうと思わない限り、人はそう簡単に死なないものだな、という変なおおらかさを感じた。
稲垣足穂『黄漠奇聞』
伝奇的な内容でおもしろい。
神の都に近づこうと、最高に美しい都を築き上げたのに、そんな好調すぎる自分に、疑いを抱き、狂気に陥る王の姿にぞくぞくする。
月に向かって戦いを挑むという無謀な行動に出た挙句、狂気に完璧にとっ捕まってしまった感じが出ていて、その幻想性に心惹かれた。
江戸川乱歩『二銭銅貨』
やっぱりおもしろい作品だ。
特に最後でよもやのどんでん返しを持ってくる辺りは惹かれる。
もちろんそれ以前の暗号についても、推理小説らしい趣向に富んでいて、純粋に楽しめる作品だった。
評価:★★★(満点は★★★★★)
収録作家のその他の作品感想
・芥川龍之介
『河童・或阿呆の一生』
『蜘蛛の糸・杜子春』
『戯作三昧・一塊の土』
『奉教人の死』
『羅生門・鼻』
・内田百
『冥途・旅順入城式』
・谷崎潤一郎
『少将滋幹の母』
『蓼喰う虫』
・森鷗外
『阿部一族・舞姫』
『山椒大夫・高瀬舟』
『舞姫・うたかたの記』
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