私的感想:本/映画

映画や本の感想の個人的備忘録。ネタばれあり。

三浦しをん『風が強く吹いている』

2015-09-14 20:33:00 | 小説(国内女性作家)
 
目指せ、箱根駅伝! 純度100%の疾走青春小説。
箱根駅伝を走りたい――そんな灰二の想いが、天才ランナー走と出会って動き出す。「駅伝」って何? 走るってどういうことなんだ? 十人の個性あふれるメンバーが、長距離を走ること(=生きること)に夢中で突き進む。自分の限界に挑戦し、ゴールを目指して襷を繋ぐことで、仲間と繋がっていく……風を感じて、走れ! 「速く」ではなく「強く」――純度100パーセントの疾走青春小説。
出版社:新潮社(新潮文庫)




さわやかな青春小説だった。

解説を読む限り、素人集団が箱根駅伝で健闘すること自体、ファンタジーだと見る向きもあるらしく、僕もその意見には多分に賛同する。
だけど、そんなご都合主義など、吹き飛ばす爽やかさと熱さと、キャラクター思いの深さがあった。
それだけに深く胸に沁み入る一品である。


大学寮のメンバーを中心に駅伝チームをつくるという話である。

住人のキャラクターはどれも濃くて、おもしろい。
走ることを体現したような走や、監督役を務める策士という感じの灰二、明るくおバカって感じの双子のジョータとジョージなど、読んでいるだけでも楽しくなっている。

実際に寮生活をしてきた僕から見ると、こんな寮生活など、現代ではありえないのだが(なにぶん時代は個人主義なのだ)、ファンタジーとして見ればこれもまたおもしろい。


そうして駅伝を目指す十人だが、そこで描かれる走りに関するディテールなどはなかなか目を見張る。
何よりも吐息が聞こえるような体感が伝わって来るのがすばらしい。
おかげで読んでいるだけで、純粋に走りたくなってきた。


ラストの箱根駅伝の描写も見事だ。
特に十人全員をクローズアップして、描いている点が良い。
なかなか仲間の内に入れなかったキングや、これで最後と決めて走るユキなど、それぞれに注目して描いていて、胸に響く。

箱根を走ったからと言って、それで大成できるわけではない。
だが仲間と走って、一つの結果を生み出していくことの尊さが伝わって来て、胸をゆさぶってならない。

走りを好きな者も、苦手な者もいるが、一つの目標のために、みんながみんな戦った。
その姿が何とも爽やかで忘れがたいのである。
これぞ一級の青春スポーツ小説である。

評価:★★★★(満点は★★★★★)



そのほかの三浦しをん作品感想
 『舟を編む』
 『まほろ駅前多田便利軒』
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三浦しをん『舟を編む』

2015-04-24 22:51:41 | 小説(国内女性作家)
 
出版社の営業部員・馬締光也は、言葉への鋭いセンスを買われ、辞書編集部に引き抜かれた。新しい辞書『大渡海』の完成に向け、彼と編集部の面々の長い長い旅が始まる。定年間近のベテラン編集者。日本語研究に人生を捧げる老学者。辞書作りに情熱を持ち始める同僚たち。そして馬締がついに出会った運命の女性。不器用な人々の思いが胸を打つ本屋大賞受賞作!
出版社:光文社(光文社文庫)




『舟を編む』は、まず最初に映画の方で見た。
非常にすばらしい内容の映画だったわけだが、原作も当然、それに劣らぬできばえである。

物語の中身はすでに知っているのだが、それでも飽きることなく、充分に楽しめる。
それもこれも、映画以上に丁寧な描写がなされているからだろう。



本作は辞書編纂の物語である。
そう語ると、一見内容は地味に見えるが、そこには言葉に対するこだわり、そして辞書編纂という仕事に対して、真摯に取り組む人たちの姿が丁寧に描き上げられているのだ。

その丁寧な描写には、作者の愛情すら感じられ、すなおに胸を打ってならない。


たとえば、主人公の馬締。
彼はややオタク気質のある男なのだが、その偏執的な言葉へのこだわりもあって、辞書編纂という根気のいる作業にも力を発揮していく。
とは言え、馬締自体は、そんな自分の能力には、さほどの自覚もあるように見えない。恋に対しても、不器用を通り越して、朴念仁にすぎるところもあり、読んでいると、にやにやさせられ通しである。
それをユーモアたっぷりに読ませてくれるのがいい。
おかげでぐいぐいと胸に沁み込んでくる。愛すべき男である。


それ以外のキャラクターもまた愛すべき人物が多いのだ。

個人的には西岡が一番好きかも知れない。
彼の何かに熱中もできない屈折した心理や、嫉妬などは理解できるだけに、深く共感する。
加えて、チャラそうに見えて真剣に物事を考えているところなどは胸に響いた。

一見ダメ男に見える男を、こうも愛情たっぷりに描出していることに、すなおに感動する他なかった。


もちろん一冊の辞書完成までの物語もまたすばらしい。
一冊の辞書の完成のために、皆が皆、真剣に熱心に、思いを込めてがんばっている。
その姿は、美しいとさえ言ってもいいくらいだった。
それだけにラストの辞書完成の場面は万感の思いを抱くのだろう。

ともあれ、登場人物たちのそれぞれ思いを強く感じる一冊である。
三浦しをんは、『まほろ駅』シリーズしか知らなかったが、こうもすばらしい作家だとは思いもしなかった。
良質な作品に出合えたという思いでいっぱいである。

評価:★★★★★(満点は★★★★★)



そのほかの三浦しをん作品感想
 『まほろ駅前多田便利軒』
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山田詠美『風味絶佳』

2014-12-26 20:31:58 | 小説(国内女性作家)

70歳の今も真っ赤なカマロを走らせるグランマは、ガスステイションで働く孫の志郎の、ままならない恋の行方を静かに見つめる。ときに甘く、ときにほろ苦い、恋と人生の妙味が詰まった小説6粒。谷崎賞受賞。
出版社:文藝春秋(文春文庫)




正直な話、あまり好みの作風ではなかった。
しかしさすがは山田詠美だけあって、文章は流れるようで、すんなりと頭に入って来る。

それにどの作品もキャラクターがいいのだ。各作品に登場する個性的な面子がおもしろい。
だから好みでなくても、まったく退屈することなく、読み進めることができる。
一流作家の味わいを楽しめた思いだ。

以下、簡単に各作品の感想を記す。



『間食』
どこか天然で、虚無的な寺内がいいキャラクターをしている。
特にいいのは、彼のゆがんだ部分だ。
そしてそのゆがみは、主人公の雄太や他の人物にも通じるのかもしれない。
雄太は加代という半ば依存した形の女がいて子どものように甘えている。だがその一方で花と不倫をして、(加代とは違い)花に対してDVを行なっている。
加代も男を甘えさせているように見えながら、上手く雄太を縛っている。
そんな人物たちの歪さがほの見えて、変に不気味な感じがして心に残った。


『夕餉』
主人公は夫婦生活がうまくいかず、不倫をし、男に尽くすことで、自分を確かめている節がある。それは恋愛の形をした、女のエゴと言えなくもない。
しかしそこから出発して人生をやり直そうとしている感じが良かった。
細かな料理の描写も印象的である。



『風味絶佳』
女に対して優しく振る舞っている志郎。だかた当然もてるのだが、結局その優しさゆえに、女にも逃げられていく。
たぶんそれは志郎が子どもだからだろう。女性優先で行動しながら、その実、相手のことを見ておらず、価値観の違いを認識できていない。その辺りがおもしろかった。
また祖母のキャラクターもなかなか愛らしくて心に残った。



『海の家』
母と娘、母の幼馴染の微妙な距離感がおもしろい。
今を生きている娘から見ると、過去の初恋をやり直している母たちが大層奇妙に映るのかもしれない。
しかしそうは思いながら、そんな二人を好ましく見ている点が胸に響いた。



『アトリエ』
とかく緊張して暗い感じの麻子のキャラクターが忘れがたい。
彼女自身、幼い日のトラウマの中で、大事な人ができるのを渇望していたのかもしれない。そしてだからこそ、それが失われることが怖ろしかったのかもしれない。
その果てに訪れたラストシーンがあまりに悲しい。



『春眠』
父と同級生の女性との再婚というかなり特殊な事情に巻き込まれた青年章造の鬱屈が丁寧に描かれていて印象的。
母への思慕からの父への反発や、好きな女と父親との醜態に対する嫌悪などは、素直な反応である。
その分、リアリティが感じられ、胸に届いた。

評価:★★★(満点は★★★★★)
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山崎豊子『花のれん』

2014-12-23 20:38:50 | 小説(国内女性作家)

大阪の街中へわての花のれんを幾つも幾つも仕掛けたいのや――細腕一本でみごとな寄席を作りあげた浪花女のど根性の生涯を描く。
出版社:新潮社(新潮文庫)




吉本興業の創業者、吉本せいをモデルにした小説とのことらしい。

現実とのリンクはどの程度かはわかりかねるけれど、少なくともこの小説の主人公、多加はバイタリティに溢れ、経営者としての才覚もある、優れた女主人だった。
そんなキャラクターの存在感がまず心に残る作品である。



多加の夫の吉三郎は非常に頼りない男だ。

ツケが払えないと、現実から目をそむけるようにして、店を抜け出し、放蕩三昧をくり返す。
その姿は典型的なボンボンで、何もできず、責任回避する姿は、さながら子どものようだ。
その上、最期は愛人宅での腹上死だから手のつけようもない。
多加も大変だったことだろう。


そんな中で、多加は夫になり変わり、店の切り盛りをすることとなる。
夫の好きな芸能を商売にしようと提案し、ガマ口という有能な男を使って、商売を軌道に乗せていく辺りはさすがと言うほかない、商売の才覚にあふれている。

とは言え、それも地道な積み重ねの上に成り立っていることは否定できない。
借金のために、風呂の時間を変えたり、師匠に寄席に出てもらうため、便所のそばに待機して五円札を配って歩くところなどは、本当に苦労がにじみ出ている。

この時代、女性だけで、商売を成功させるのは難儀だったのかもしれない。


だけどこの人の本当にすごいと思う点は、将来に向けて、金をばらまくことをいとわないことにあると思うのだ。

多加自身は爪に火を点すような生活なのだけど、徹頭徹尾ケチなわけではなく、投資するときはぽんと投資する。
しかも、そのタイミングをまちがえないところは驚くばかりだ。
安来節のときなんかの思い切った行動などはすごいというほかない。

それに関東大震災のときも、彼女は行動力はあった。
そこには打算もあったろうが、必ずしも欲得ずくばかりとも思えないのである。

彼女の商売は、運にも恵まれていたが、運を引き寄せたのは、そんな多加の行動力と肝っ玉のたまものではないかと思う。



だがそんな人だから、商売以外の部分はあまり幸運とも言えない気もする。
旦那はあんな感じだったし、未亡人となってからは伊藤という男に恋心を寄せるけれど、それも押し隠すばかり。

商売を貫くためと言えばそうだが、それは本当に幸せだったのだろうか、と少し考えてしまう。
しかし少なくとも悔いはないのだろうな、という気もしなくはない。
それだけ彼女は一生を突っ走っていたのだ。

白装束に身を包んでの葬儀、つまり寡婦として生きていくという結果的な決意表明は、ある意味必然的なできごとだったのかもしれない。

ともあれ、一人の女の一生をパワフルに描いている見事な作品だった。

評価:★★★★(満点は★★★★★)
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川上未映子『すべて真夜中の恋人たち』

2014-11-22 20:37:53 | 小説(国内女性作家)

「真夜中は、なぜこんなにもきれいなんだろうと思う」。わたしは、人と言葉を交わしたりすることにさえ自信がもてない。誰もいない部屋で校正の仕事をする、そんな日々のなかで三束さんにであった――。芥川賞作家が描く究極の恋愛は、心迷うすべての人にかけがえのない光を教えてくれる。渾身の長編小説。
出版社:講談社(講談社文庫)




本文庫の帯には「芥川賞作家が渾身で描く、究極の恋愛」と書かれている。
そういう観点からするに、本書のくくりは恋愛小説ということになるのだろう。
確かに主人公の「わたし」は三束さんという中年男性と出会い、恋をする。

だが僕個人は、本書に対して、恋愛小説という印象を受けなかった。
それよりも僕は、主人公が女性性というジェンダーを確認していく物語という風に見えてならなかったのだ。



だがそれを深く語る前に物語をふり返ってみよう。

出版社の校閲として働いていた「わたし」は社内のいじめの雰囲気に居づらさを感じていた。孤立していた彼女は、女性編集者との出会いをきっかけにフリーの校閲者となる。プライベートではほぼ孤独だった彼女だが、あるとき三束さんという中年男性と出会い、惹かれるものを感じる。やがて二人は喫茶店などで会うようになるのだが。。。
ってところだろうか。


「わたし」は友達もほとんどおらず、ファッションももっさい印象を受ける。
男ならニートになりそうな気もするが、女性なので、それなりに社会性の枠組みの中で生きている。
だがやや病んでいるのか、昼間からお酒を飲むなどのアル中のおっさんのような行動にも出たりする。

そんな彼女は、何も選択せず流されるように生きているところがある。
それが時として、人をいらだたせ、いいように利用されてもいるらしい。


そういう受け身の人のゆえか、周囲の人たちは、様々な自分の考えを「わたし」に向かって吐きだしていく。
特に際立つのがフェミニズム溢れる意見だ。
「わたし」が典型的な女らしさから幾分ずれているだけに、その意見が対照的なものに見える。

女として媚びを売ることへの女性視点での嫌悪、
強い女アピールに対する女性からのやっかみ、
女性の感情を無視して性暴力を振るう男の傲慢、
子どもを産むこと、そしてセックスレスとなった夫婦関係の戸惑いなど。

どれもが女性の持つ生きづらさを見せつけられるようだ。


そんな中で「わたし」が三束さんに惹かれたのは、三束さんが「わたし」に要求もせず、空気のように居てくれたからなのではないか、と思う。
要するに、男性性のかけらもない男なのだ。

そんな三束さんの影の薄さゆえ、「わたし」と三束さんのお話に、僕は興味は惹かれなかった。
だがそういう点から見ても、本書は女性性を主眼とした作品と見えなくもない。

そんな中で、「わたし」は三束さんとデートするためにおしゃれをしてデートをする。
最終的にその甘い展開は、こわれることになるのだけど。。。

最後の方の「わたし」と聖の言い争いの場面は怖くもあり、じんわりと感動できた。


しかしその果てに訪れるのは、男性のいない、女性同士のコミュニティを築く話と見えて、それでいいのか、という気もしなくはない。
しかしそれもまた「わたし」の生き方なのだろう。



ともあれ文字通り、女性らしい小説で、僕にはない視点も多く、個人的には楽しく読めた。
物語は繊細で、しんしんと心に響く点も魅力的。
川上未映子の良さを確認できた次第だ。

評価:★★★(満点は★★★★★)



そのほかの川上未映子作品感想
 『乳と卵』
 『ヘヴン』
 『わたくし率 イン 歯ー、または世界』
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角田光代『紙の月』

2014-11-06 20:56:52 | 小説(国内女性作家)
 
ただ好きで、ただ会いたいだけだった。わかば銀行から契約社員・梅澤梨花(41歳)が1億円を横領した。正義感の強い彼女がなぜ? そして――梨花が最後に見つけたものは?! あまりにもスリリングで狂おしいまでに切実な、角田光代の傑作長篇小説。各紙誌でも大絶賛され、ドラマ化もされた第25回柴田錬三郎賞受賞作が、遂に文庫化!
出版社:角川春樹事務所(ハルキ文庫)




銀行に勤める女が一億円を横領する。その過程を描いた作品である。
著者はそんな女性を描くことで、「経済で何かを思い通りにできると無自覚に信じている」女を描きたかったように感じられた。

僕は基本的に理詰めで考える、わりに理性的な、理系の男なので、このような転落をとげた中年女性の感情をどうしても理解することはできなかった。

しかしさすがは角田光代だけあり、少なくとも読んでいる間は楽しめる。
感想を書くならそういうことになろう。



梨花の心情は大層リアルである。

子どもができないのに、子作りもせず、愛してくれる雰囲気もない夫に寂しさを感じている。
元々、梨花は考えすぎるタイプのようなので、よけいに悩んでしまうのだろう。
それに夫の、俺が養っているんだ、という無自覚のアピールにも結構傷ついている。

男なので共感はできないが、そんな彼女の心情はどこか苦しい。


そうして自分の人生に悩んでいる彼女は光太という若い男と出会い、彼に恋をする。
そこからの彼女は転落していくばかりだ。
最初は返すつもりで、顧客のお金に手を出し、そこからどんどん金銭感覚も罪悪感もマヒしていく。その姿はどこか怖ろしくもあるのだ。

そうして梨花は、男の心をお金をつぎ込むことで、繋ぎとめようとしている。
そんな金銭でつなぎとめる関係が正常であるはずもないのに、彼女はただ突っ走るばかりだ。

そんな彼女の行動は、愚かと言えばそれまでだろう。
男なので、そんな思考について理解に苦しむことは否定しない。
引き返せばいいのに、とも思った。どうしてそこまでしてしまうのだろう、とも思った。

だが彼女はそれができなかったのだ、どうしても。
その姿はあまりに悲しく、ただただ同情せざるをえなかった。

きっかけはいつだって些細なことなのだろう。
でも時にどうしようもなく、現状がこわれてしまうことがある。そんなことを感じさせる。



共感はやはり僕はできないし、彼女のことを理解できそうにない。
しかしただあまりに悲しい作品だと感じた次第だ。

評価:★★★(満点は★★★★★)



そのほかの角田光代作品感想
 『対岸の彼女』
 『八日目の蝉』
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窪美澄『晴天の迷いクジラ』

2014-11-04 22:06:09 | 小説(国内女性作家)
 
デザイン会社に勤める由人は、失恋と激務でうつを発症した。社長の野乃花は、潰れゆく会社とともに人生を終わらせる決意をした。死を選ぶ前にと、湾に迷い込んだクジラを見に南の半島へ向かった二人は、道中、女子高生の正子を拾う。母との関係で心を壊した彼女もまた、生きることを止めようとしていた――。苛烈な生と、その果ての希望を鮮やかに描き出す長編。山田風太郎賞受賞作。
出版社:新潮社(新潮文庫)




癒しの物語である。
人は人である以上、傷ついていかざるをえないが、それがゆっくりと癒されていく様が、しっかりと伝わり、胸に沁みる。
端的に感想を書くなら、そういうこととなろう。



この作品の主人公は二十代の若者の由人、五十間近の野乃花、女子高生の正子の三人だが、誰もが問題を抱えた家庭で育っている。

由人は、祖母には可愛がられて育ったものの、実母からは目も掛けられず、嫁姑問題で敗北する祖母の姿に傷ついている節がある。
野乃花は、酒のみの父と、父の暴力を受ける母を見て育ち、十八で妊娠した後は、誰からの支えも得られないまま、家庭内で孤立していくこととなる。
正子は抑圧的な母の押し付けがましい愛情に苦しんでいる。
誰もが家庭的に見て不幸だ。


そんなトラウマを抱えた若者たちが、新たな困難に出くわし、それぞれに傷つくことになる。
由人は失恋に、野乃花は会社の倒産に、正子は友人の死で、それぞれに精神的に追いつめられていっている。

その過程は大仰な気もするけれど、何とも切なく、大層読ませる力に溢れていた。


そんな三人が集まって、湾内に迷い込んだクジラを見に行くこととなる。
ほぼ成り行きでそうなったような展開なのだが、そこから三人は疑似家族を築いていく。その過程が温かい。

そんな中で、正子は母の呪縛を逃れ、野乃花は自分が捨ててきたものと折り合いをつけ、由人は自分なりに失恋に対して納得していっているように見える。



死ぬことは存外簡単なのだろう。
しかし前を向き生きていくことはそれなりにつらい。
だけど本作はそんな前を向いていく過程を丁寧に描いていて、しんと胸に響いた。見事な一品である

評価:★★★★(満点は★★★★★)
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赤坂真理『東京プリズン』

2014-10-03 21:42:39 | 小説(国内女性作家)

日本の学校になじめずアメリカの高校に留学したマリ。だが今度は文化の違いに悩まされ、落ちこぼれる。そんなマリに、進級をかけたディベートが課される。それは日本人を代表して「天皇の戦争責任」について弁明するというものだった。16歳の少女がたった一人で挑んだ現代の「東京裁判」を描き、今なお続く日本の「戦後」に迫る、毎日出版文化賞、司馬遼太郎賞、紫式部文学賞受賞作!
出版社:河出書房新社(河出文庫)




紛れもない意欲作だ。

東京裁判を探求することで、日本の戦後史を概括しているのだが、その過程で戦後史と少女の個人史とがメタフォリカルに結びついていく。
その大きな物語構造が心に届く作品であった。



舞台は1980年、アメリカに留学に来た少女マリが、単位のために東京裁判のディベートを行なうこととなる。議題は「天皇に戦争責任はあるか」。ほとんど知識を持ち合わせていなかったマリはその問題について調べることとなる。

そうするうち、マリはいくつかの問題に出くわす。
狩りで撃ち殺したヘラジカの話や、母親との関係など、それらの過去の追憶を、幻想と夢などを駆使して描き上げている。

正直ファンタジカル風味の描写は、少しぐちゃぐちゃしていてわかりにくい。
だがその様は、さながら時代を探るシャーマンのようにさえ読め、独特の雰囲気があった。それが少しおもしろい。


ぱっと見、そんなマリの日常風景は東京裁判と無関係そうに見える。
しかし、たとえばヘラジカをハントする部分などは、戦争で罪を犯した兵士のメタファーにも思えるし、マリを導くヘラジカの幻想は、後々の天皇のイメージとゆるやかに結びつく。
また東京裁判の通訳をしていた母のことを知ろうともしなかったことは、近現代史をほとんど学んで来なかった日本人に対する暗喩とも見えるし、母に見捨てられたと思っているマリの心は、天皇に見捨てられたと嘆く英霊のイメージと重なっていく。

そういったメタファーのつながりは見事だった。



しかしながらもっとも圧巻だったのはまちがいなく、最終章のディベートの場面だろう。

敵であるアメリカをなぜ日本人は愛するのか。
なぜ日本は執拗にパールハーバーのことを責め続けられるのだろうか。
そして天皇に戦争責任はあるか。
日本において天皇とはどういう存在なのか。
そういったことを探り続けていく。

理屈上、天皇に罪があることはまちがいない。たとえ天皇が周囲に利用されていたとしてもだ。
それはわかっているのだが、その推論を、英語を交えて読むと、非常におもしろい。

そしてゲティスバーグでリンカーンが、「人民」という新しい「神話」を構築したように、戦争の後で、東京裁判の形を通して、日本に「神話」が構築されていったのだろう。
かくして戦後日本は、男から女になったように、アメリカを受け入れていく。

上手くきれいにまとめて書けないが、戦前から戦後にかけての日本の姿が、システム的な欠陥等を指摘しながら、丁寧にあぶり出されていっている。
その怒涛のような流れがすばらしく、食い入るように読み進められた。


そしてラストのTENNOUの言葉に、この作品なりの新たな神話が構築されたように見えた。一言で言えば悔恨と慈愛としての天皇像といったところだろうか。
その姿を垣間見ることで、日本人は戦争責任と戦後を総括することとなるのかもしれない。



ともあれ大層な野心作である。
その物語の静かだが、力強さに圧倒されるばかりであった。

評価:★★★★★(満点は★★★★★)
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桜木紫乃『ラブレス』

2014-09-18 20:48:57 | 小説(国内女性作家)

謎の位牌を握りしめて、百合江は死の床についていた──。彼女の生涯はまさに波乱万丈だった。道東の開拓村で極貧の家に育ち、中学卒業と同時に奉公に出されるが、やがては旅芸人一座に飛び込んだ。一方、妹の里実は地元に残り、理容師の道を歩み始める……。流転する百合江と堅実な妹の60年に及ぶ絆を軸にして、姉妹の母や娘たちを含む女三世代の凄絶な人生を描いた圧倒的長編小説。
出版社:新潮社(新潮文庫)




性格も真反対な姉妹を中心に、一人の女の一生をつづった作品だ。

大河小説と呼ぶに足る内容で、ともかくも雄大である。
加えてリーダビリティ満点で、物語も起伏に富んでおり、食い入るように読み進めることができた。
一言で言うならば、非常におもしろい作品である。



主人公の百合江の人生は波乱万丈としか言いようがない。

DVの絶えない家に生まれ、奉公先では手篭めにされ、やがて逃げるように旅芸人の一座へと飛びこんでいく。そこを辞め、平凡な生活の中に落ち込んでも、夫の借金もあって、なかなか幸運は訪れない。のみならず、娘まで失う始末。

こんな人生、傍目的には不幸としか言いようがないだろう。

だが百合江は、そんな現実に悲しみを抱いてはいるけれど、どこか諦めて生きているようにも見えるのだ。それがおもしろい。


そしてそれは、とかく現実に立ち向かっていく妹の里実とは正反対なのである。
この二人のキャラクター造形はおもしろかった。

そして総じて二人とも男運が悪いのである。まさにラブレスというような関係だろう。


そんなラブレスの果て、百合江は最終的に、老衰で死を迎えることとなる。
それは見ようによっては悲劇だ。

しかしそう感じさせないあたりは上手い。のみならずそこには、どこか救いすらあるのだ。
それが胸に静かに響く。



贅沢を言うならば、百合江と里実とが決定的に仲たがいする話も読みたかったし、百合江と理恵の衝突ももう少し丁寧に描いてほしかったし、綾子に対する思いも描いてほしかった気もする。

だが本作は、そんな不満を補って余りあるほど、パワーに溢れた作品だった。
それだけで本作は充分に評価に値する一作なのである。

評価:★★★★(満点は★★★★★)
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柴崎友香『春の庭』

2014-08-20 21:04:37 | 小説(国内女性作家)

離婚したばかりの元美容師・太郎は、世田谷にある取り壊し寸前の古いアパートに引っ越してきた。あるとき、同じアパートに住む女が、塀を乗り越え、隣の家の敷地に侵入しようとしているのを目撃する。注意しようと呼び止めたところ、太郎は女から意外な動機を聞かされる……
出版社:文藝春秋




柴崎友香初体験なのだが、非常に文章の読みやすい作家だなと感服した。
文体に癖はなく、しかし風景を読み手の目の前にきっちり再現してくれる。
非常に観察力の優れた作家というのが、第一の感想だ。


物語は取り壊しが予定されている古びたアパートと、水色の洋館風の建物を中心として展開される。
住民たちの交流を描いた作品とも言えるが、そこに介在するのは、時と共に移ろいゆく街や建物などの情景だ。

街というものは変わりゆくものである。
むかし川だった場所は暗渠となり、この間まで建っていた建物は壊され、別の建物に変わっていく。

そしてそれは主人公の太郎が住まうアパートもそうだし、西がひたすら焦がれる水色の洋館だってそうだ。
その建物の内部も、外部の状況もそれぞれの時間の中で変わっていかざるをえない。
そしてそれは、そこに住まう人たちだってそうなのである。


「春の庭」の家の住人だった牛島タローと馬村かいこも、写真集の中ではたいそう幸せそうに見える。
だが二人はすでに離婚しており、それぞれまったく無縁の生活をしている。
その後「春の庭」の住人は、幾度か移り変わり、現在は森尾さん一家が暮らしている。
そしてその一家も、九州に移っていく。

アパートの住人の太郎と西と巳さんも、現在こそ穏やかな交流が行なわれているが、それも建物取り壊しが決まっている以上、限定的な関係でしかない。
建物も人との関係も、絶えず移ろい、更新されていく。

読んでいて、どこか諸行無常という言葉を思い出した。
「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず」って言葉すら思い浮かぶ。


そしてその風景の静けさが大変心地よいのだ。
特に劇的な事件もないし、後半で人称が変わる部分が幾分釈然としない。
だけど、この小説の雰囲気自体はとてもすばらしく、おかげで読後感も良かった。

地味ではあるが、佳品という印象の一冊である。

評価:★★★(満点は★★★★★)
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綿矢りさ『夢を与える』

2014-08-04 20:33:26 | 小説(国内女性作家)

幼い頃からチャイルドモデルをしていた美しく健やかな少女・夕子。中学入学と同時に大手芸能事務所に入った夕子は、母親の念願どおり、ついにブレイクする。連ドラ、CM、CDデビュー…急速に人気が高まるなか、夕子は深夜番組で観た無名のダンサーに恋をする。だがそれは、悲劇の始まりだった。夕子の栄光と失墜の果てを描く、芥川賞受賞第一作。
河出書房新社(河出文庫)




綿矢りさの作品は、どこにでもいそうな女性が主人公になっている場合が多い気がする。
そういう観点からすると、本作は若干毛色がちがった作品とも言えようか。

実際、主人公はチャイルドモデルから人気の新人女優として名乗りを上げていく少女だ。
特殊な世界であることは動かしがたい。

しかし綿矢りさだけあり、そんな特殊な舞台設定ながら、人物描写や観察力は他の作品同様に卓越している。
さすがの上手さと感嘆するばかりだ。



物語は男に捨てられそうになっている母親の話から語り起こしている。
そこからの筋運びはさながら、フランス自然主義文学のように古風だ。
しかし一歩引いた醒めた文体で描いているためか、読む分には大層心地よい。

とは言え書かれている内容自体はオーソドックスな話である。
芸能界で働く娘のために熱心になる母親の存在や、恋愛がらみのスキャンダルで転落する流れなどは、現実でもそこそこ聞くような道具立てばかりで珍しくもない。

しかし醒めたタッチで描いているためか、通俗に流されるギリギリのところで踏みとどまっているように見える。って言ったら言い過ぎかな。


そんな派手な舞台と道具立てを用い描かれているのは、本当に求めているものが手に入らない女たちの物語ってところだろうか。
実際母親も夕子も、好きな男がいながらその心を自分に向けることができないでいる。

どれほど華やかな世界に身を置いても、どれほど手段を弄しても、母親も夕子も愛する相手に、自分の心を届けることができないのだ。
その状況が苦い。
そして転落していく夕子の姿は、物語の苦みにさらに拍車をかけていて、読み応えあった。

それ以外の場面では、多摩との何気ない会話の場面や、サーキットのパーティの場面などは好きである。
どれも心情の描き方や、雰囲気の作り方が上手い。


はっきり言って、オーソドックスゆえに爆発力はないのだが、雰囲気良く、楽しく読める一冊だった。
これもまた綿矢りさらしい作品と言えるのかもしれない。

評価:★★★(満点は★★★★★)



そのほかの綿矢りさ作品感想
 『勝手にふるえてろ』
 『かわいそうだね?』
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原田マハ『楽園のカンヴァス』

2014-07-31 21:18:14 | 小説(国内女性作家)

ニューヨーク近代美術館のキュレーター、ティム・ブラウンはある日スイスの大邸宅に招かれる。そこで見たのは巨匠ルソーの名作「夢」に酷似した絵。持ち主は正しく真贋判定した者にこの絵を譲ると告げ、手がかりとなる謎の古書を読ませる。リミットは7日間。ライバルは日本人研究者・早川織絵。ルソーとピカソ、二人の天才がカンヴァスに籠めた想いとは――。山本周五郎賞受賞作。
出版社:新潮社(新潮文庫)



ともかくもおもしろい作品であった。
アンリ・ルソーの幻の作品がある(しかもその絵画には重大な秘密が隠されている)という大風呂敷を元に、ここまでおもしろい作品をつくりあげていることに、ただ感服した。

著者自身、元キュレーターということもあってか、美術の世界に関する描写はさすがだ。
そこそこ美術が好きなだけに、何とも刺激的な一冊である。



主人公のティムはアシスタントのキュレーターで、ひょんなことから、アンリ・ルソーの幻の絵画の鑑定をまかされることになる。だがその裏では、アンリ・ルソーとピカソの絵を巡る思惑が隠されていた。
そういった内容である。

アンリ・ルソーはさほど好きな画家ではなく、現物もこれまで数枚しか見たことはない。
彼の絵は一見すると、稚拙っぽく見える点は否定できない。
しかし作風の中に、ふしぎな情感や静謐さのようなものも見出せる。
それこそルソーの個性なのだろう。


そんな個性的な画家がつい数十年前まで、こうも軽んじられていたとは驚くばかりだ。
主人公のティムも織絵も、ルソーに対して愛着をもっており、そんな世間の評価を跳ね返したいと思っている。

彼らの情熱はすばらしい。
そして作者のルソーに対する愛情も透けて見えるようだ。おかげで僕もルソーに対して、さらに肯定的な評価を抱くことができるのだ。


もちろんストーリーもすばらしい。
ルソーとピカソが生前交流をもっていたという事実を元に、そこから幻の絵の真相が判明していく流れは読みごたえがあった。
一枚の絵を巡り、それぞれの思惑が交錯していく様は見事で、純粋におもしろいと思うことができる。

またこの作品の中のピカソもなかなかかっこよくてしびれるばかりだった。

ともあれ、楽しい娯楽作品である。
アンリ・ルソーに関心を持つこともできたし、お話としても充実している。
ともかくも非常に収穫の多い一冊であった。

評価:★★★★(満点は★★★★★)
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綿矢りさ『勝手にふるえてろ』

2014-05-19 20:47:16 | 小説(国内女性作家)

江藤良香、26歳。中学時代の同級生への片思い以外恋愛経験ナシ。おたく期が長かったせいで現実世界にうまく順応できないヨシカだったが、熱烈に愛してくる彼が出現!理想と現実のはざまで揺れ動くヨシカは時に悩み、時に暴走しながら現実の扉を開けてゆく。妄想力爆発のキュートな恋愛小説が待望の文庫化。
出版社:文藝春秋(文春文庫)




同著者の『かわいそうだね』がすばらしかったので、本作も読んでみた。

一言で言うなら、単純におもしろい作品だったというところである。
ラストはそれでいいのか? って気もしたけれど、トータルで見れば楽しい作品だ。

そしてそれは主人公のキャラクターと語りの勢いに依る所が大であろう。


主人公のヨシカは「彼氏が二人」いると言っている。
しかし一人目のイチは彼氏ですらなくただの片思いの対象でしかない。
その時点でもう、イタイ子だってのがまるわかりである。
もう一方の彼氏ニの方は、さほど好きではないらしい。

そのときのイチと二に対する比較はそれだけで笑ってしまう。
イチに対する言葉はメロメロって感じで、妄想混じりですらあるのに、二に対する言葉は大層冷たい。

二はいい男とは言い難い。
空気を読むことはできないし、自分の自慢話ばかりして、女の話もちゃんと聞こうとはしない。タクシーの運転手には横柄な口を利くシーンもあるし、で、体育会系でほんの少しデリカシーの足りない、ダメな男だ。
「思い込み」と「自己陶酔」が激しいと、ヨシカは分析しているが、まあ当たっていよう。

だから、二を突き放す気持はわかるのだけど、ずいぶんヨシカもひどい言葉で二を評するな、と思ってしまう。
だがそれゆえにおもしろいのだ。


そうしてのらりくらりと二を交わし、イチを思い続けていたヨシカだが、あるきっかけから、嘘の同窓会をでっち上げ、イチと再会しようと試みる。
何たる行動力とも思うが、妄想をこじらせ、猪突猛進で行くところは、彼女らしくおもしろい。

だがイチと近づいても、自分ではイチの心をつかめないことをヨシカは確認することとなる。
こればっかりは致し方ないと言えよう。

そうして、現実と妥協し、二とつきあおうかと考えるが、そこからヨシカは暴走していく。


このとき彼女の暴走の痛さは見事だった。
女同士の友情の齟齬と言えばそれまでなのだけど、その暴走のアホらしさには、にやにやと苦笑の両方を浮かべてしまった。

だがそれがきっかけで、ヨシカは本音で、二とぶつかりあえたと言えるだろう。
そういう意味、ラストの展開は必然と言えるかもしれない。

ただ何となくそれでいいのか、って気もしなくはないのである。
何と言うか、ご都合主義っぽい気もするし、幾分甘すぎるようにも思えてならない。

それが、もどかしくはあるけれど、トータルで見ればすばらしい作品と言える。
綿矢りさの実力をまざまざと知らしめる作品だ。



併録の『仲良くしようか』は、ほとんど内容が理解できなかった。
しかし文章の美しさは絶品で、散文詩を読んだ後のような余韻を読後に覚えた。

評価:★★★★(満点は★★★★★)



そのほかの綿矢りさ作品感想
 『かわいそうだね?』
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大島真寿美『ピエタ』

2014-03-31 20:10:39 | 小説(国内女性作家)

18世紀ヴェネツィア。『四季』の作曲家ヴィヴァルディは、孤児たちを養育するピエタ慈善院で、“合奏・合唱の娘たち”を指導していた。ある日教え子エミーリアのもとに恩師の訃報が届く―史実を基に、女性たちの交流と絆を瑞々しく描いた傑作。2012年本屋大賞第3位。
出版社:ポプラ社(ポプラ社文庫)




この作品は何と言ってもタイトルが良い。

題名はシンプルに『ピエタ』で、孤児院の名前にすぎず、一見すると平凡そのものだろう。
しかしこの作品を読み終えた後には、『ピエタ』以外にありえないな、と思えるのだ。

それは本作がピエタから生まれた人と人とのつながりを描いた作品だからである。
まさに『ピエタ』以外にはないタイトルの作品だ。


物語はヴィヴァルディの訃報から始まる。
著名な音楽家でもあったヴィヴァルディはピエタ慈善院で孤児たちのために、音楽教育を施していた。慈善院で育ったエミーリアは訃報から間もないころ、ヴィヴァルディのとある楽譜を探すよう、パトロンの一人に頼まれる。その過程で、ヴィヴァルディの知られざる側面に触れることになる。
ざっくり流れを書くとそうなるだろうか。

ピエタ慈善院には、孤児たちもいれば、音楽を学ぶために通ってくる富裕層の娘もいる。
エミーリアはそういった女性たちとつながりを持ち、そして亡きヴィヴァルディを通じて、高級娼婦のクラウディアとも知り合う。

そこで生まれるのは、人と人との交流を通じて生まれる絆である。


たとえばエミーリアと同じ日に孤児院に来たアンナ・マリーアとの絆は強く、二人の信頼は「秘密の有無などで揺らぎはしない」と自信をもって述べているくらいだ。

またヴェロニカとの関係も貴族と孤児院出身の女という以上に、強いものを見出せる。
彼女が慈善院の少女たちに羨望に似た思いを抱いたことなどはその典型だろう。
エミーリア以外でも、クラウディアに家の真実を聞かされるシーンなどにも、人と人とのつながりの姿が見えるようで、心をゆさぶられる。


そしてそんな女性たちのつながりは、クラウディアをめぐる最後の展開で大きく花開く。

エミーリアや、ピエタのために恩返しがしたいと思っていたジーナ、そして昔の美しい記憶のためにクラウディアのために動こうとするヴェロニカなど、ピエタと、ヴィヴァルディによって引き寄せられた友情をきっかけにして、誰もがクラウディアのため必死になって動こうとしている。



そんな各人の思いは美しく、読んでいるとしんしんと胸に響いてならない。
そして読み終えた後には淡い感動を覚えるのである。

女性たちの友情を美しく描いた見事な一品であった。

評価:★★★★(満点は★★★★★)
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綿矢りさ『かわいそうだね?』

2014-03-06 21:07:18 | 小説(国内女性作家)

「許せないなら別れる」―恋人の隆大が求職中の元彼女・アキヨを居候させると言い出した。百貨店勤めの樹理恵は、勤務中も隆大とアキヨとの関係に思いを巡らせ落ち着かない。週刊誌連載時から話題を呼んだ表題作と、女子同士の複雑な友情を描く「亜美ちゃんは美人」の二篇を収録。第6回大江健三郎賞受賞作
出版社:文藝春秋(文春文庫)




綿矢りさを読むのは久しぶりだが、こんなにいい作家になっていたのか、と驚くほかない。

『かわいそうだね?』と『亜美ちゃんは美人』の2作を収録しているが、どちらもおもしろい。
人間関係を丁寧に描いていて一気に読ませるのだ。




まずは『かわいそうだね?』


三角関係の話である。
樹理恵は隆大とつきあっているのだが、隆大は元カノを家に住まわせることとなり、それが理由で別れてしまう。しかしその後二人はよりを戻すことに。

恋人の隆大は、誰にでも優しいのか、いくらか優柔不断だ。
彼女が嫌がっているのに、元カノを自分の家に住まわせる神経も理解できないし、彼女とよりを戻すところも、ずいぶん都合がいい。
もちろん元カノの図々しさもちょっとおかしい。

だがそれを言うなら、主人公の樹理恵だって、おかしいのである。
樹理恵自身は、彼が元カノと暮らすのを嫌がっているが、隆大に優しくされると、それにほだされ、アキヨに会えば、かわいそうだから、大目に見ようと考えている。
いやいやそれはちょっとちがうんじゃないの、と思うし、綾羽が看破したように「自分をだまして耐えようとしている」とも思う。
だが樹理恵はその自覚に乏しく、自分をごまかす情報だけを集めていく。


もちろんそんな関係は破綻することとなる。
それが如実に現われる、メールを盗み読むシーンは圧巻だった。

そのときのアキヨのメールは本当に気持ち悪くて、ドン引きする。
アキヨの元カレに甘えようとする無神経さも、元カノのメール攻勢に対処し、現カノにもいい顔をする隆大の神経にも怖気をふるうほかなかった。
これだけ気持ち悪い関係を描ききっただけでも実にすごい。

最後の関西弁で元カノを怒鳴りつけるシーンもすばらしかった。というか笑った。
修羅場ちゃあ修羅場なのだが、どこかおかしみがあって、それが良い。
そして吹っ切れて自分の心に素直になった状態が小気味よくもあるのだ。


そんなおかしみと苦みとあっけらかんとした気持ちといくらかの皮肉の混じった内容がゆるやかに胸に響いた。
文句なしの佳品だ。




『亜美ちゃんは美人』もまたおもしろい。

女性二人の微妙な友情とぎくしゃくした関係が丁寧に描かれていて目を引く。

亜美ちゃんは大層かわいく、近くにいるさかきちゃんはいつも彼女と比較される。
新歓コンパでの扱いなんか、読んでいるだけで切なくなってしまう。
さかきちゃんにとってはつらいし、亜美ちゃんのことが気に食わないと思うこともあったろう。

しかしそこで亜美ちゃんを突き放さないあたりが、さかきちゃんのすてきなところだ。


そんなかわいい亜美ちゃんは絵に描いたような転落に至る。
心のどこかで亜美ちゃんが気に入らなかったさかきちゃんは、亜美ちゃんに対して、そんな男やめなよ、と強く止めようとはしない。

さかきちゃんが、亜美ちゃんをどう思っていたかは周囲からは割に見透かされている。
だからそのことを理由に、亜美ちゃんに復讐しているのではとかんぐられたりもする。

そして個人的におもしろいと感じたのは、そんなさかきちゃんの心理が、友人だけでなく、当人の亜美ちゃんにも見透かされていたという点だ。


亜美ちゃんの不幸な性格は、読んでいると悲しい。
周囲の状況で、亜美ちゃんはあのような行動に至ったのだろう。

そしてそのことをちゃんと理解できるのが、実は亜美ちゃんのことが気に入らなかったさかきちゃんだけだったというのが良い。

亜美ちゃんを支えられるのは、確かにさかきちゃんしかいない、と読めば納得できる。
彼女はそれだけの気概があるし、亜美ちゃんのことを理解もしている。
そういう意味、亜美ちゃんは男を見る目はなかったが、友人を見つける点ではすばらしい眼力をもっていたのかもしれない。

そんな微妙な二人の友情が、ぐっと胸に届く佳品である。

評価:★★★★★(満点は★★★★★)
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