出版社の営業部員・馬締光也は、言葉への鋭いセンスを買われ、辞書編集部に引き抜かれた。新しい辞書『大渡海』の完成に向け、彼と編集部の面々の長い長い旅が始まる。定年間近のベテラン編集者。日本語研究に人生を捧げる老学者。辞書作りに情熱を持ち始める同僚たち。そして馬締がついに出会った運命の女性。不器用な人々の思いが胸を打つ本屋大賞受賞作!
出版社:光文社(光文社文庫)
『舟を編む』は、まず最初に映画の方で見た。
非常にすばらしい内容の映画だったわけだが、原作も当然、それに劣らぬできばえである。
物語の中身はすでに知っているのだが、それでも飽きることなく、充分に楽しめる。
それもこれも、映画以上に丁寧な描写がなされているからだろう。
本作は辞書編纂の物語である。
そう語ると、一見内容は地味に見えるが、そこには言葉に対するこだわり、そして辞書編纂という仕事に対して、真摯に取り組む人たちの姿が丁寧に描き上げられているのだ。
その丁寧な描写には、作者の愛情すら感じられ、すなおに胸を打ってならない。
たとえば、主人公の馬締。
彼はややオタク気質のある男なのだが、その偏執的な言葉へのこだわりもあって、辞書編纂という根気のいる作業にも力を発揮していく。
とは言え、馬締自体は、そんな自分の能力には、さほどの自覚もあるように見えない。恋に対しても、不器用を通り越して、朴念仁にすぎるところもあり、読んでいると、にやにやさせられ通しである。
それをユーモアたっぷりに読ませてくれるのがいい。
おかげでぐいぐいと胸に沁み込んでくる。愛すべき男である。
それ以外のキャラクターもまた愛すべき人物が多いのだ。
個人的には西岡が一番好きかも知れない。
彼の何かに熱中もできない屈折した心理や、嫉妬などは理解できるだけに、深く共感する。
加えて、チャラそうに見えて真剣に物事を考えているところなどは胸に響いた。
一見ダメ男に見える男を、こうも愛情たっぷりに描出していることに、すなおに感動する他なかった。
もちろん一冊の辞書完成までの物語もまたすばらしい。
一冊の辞書の完成のために、皆が皆、真剣に熱心に、思いを込めてがんばっている。
その姿は、美しいとさえ言ってもいいくらいだった。
それだけにラストの辞書完成の場面は万感の思いを抱くのだろう。
ともあれ、登場人物たちのそれぞれ思いを強く感じる一冊である。
三浦しをんは、『まほろ駅』シリーズしか知らなかったが、こうもすばらしい作家だとは思いもしなかった。
良質な作品に出合えたという思いでいっぱいである。
評価:★★★★★(満点は★★★★★)
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『まほろ駅前多田便利軒』
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