私的感想:本/映画

映画や本の感想の個人的備忘録。ネタばれあり。

サイモン・シン『フェルマーの最終定理』

2013-10-24 20:59:13 | 本(理数系)

17世紀、ひとりの数学者が謎に満ちた言葉を残した。「私はこの命題の真に驚くべき証明をもっているが、余白が狭すぎるのでここに記すことはできない」以後、あまりにも有名になったこの数学界最大の超難問「フェルマーの最終定理」への挑戦が始まったが―。天才数学者ワイルズの完全証明に至る波乱のドラマを軸に、3世紀に及ぶ数学者たちの苦闘を描く、感動の数学ノンフィクション。
出版社:新潮社(新潮文庫)




人間が生き、意志を持ち、行動するからこそ、そこにはドラマが生まれる。
それは理数系のような、一見無味乾燥なものでもそうだ。

300年以上の長きにわたって証明されることのなかった、フェルマーの定理。本書はその証明に至るまでの流れを描いた、優れたノンフィクションだ。
僕は数学が得意な方だったが、数学が好きではなかった人でも楽しめる作品だろう。

それもこれも、数学の流れを描きながら、人間の姿を描いているからにほかならない。


もちろん数学の知識があれば、さらに楽しめることは確かだ。

補遺などは、錆びかけた数学の知識を呼び起こす要素に満ちている。
√2が無理数であることを証明するところや、分銅の話(情けないことに引き算に気づかなかった)、帰納法の証明の話などは、それだけで充分に楽しい。

それに限らず、川の距離と直線距離がπと関係しているところや、セミのライフサイクルが素数と関係しているところなど、本文中の数学の話も実に刺激的だ。
読んでいるだけでワクワクする。


だがそんな数学を扱いながらも、それを扱うのは人である。
そしてそういった人物たちのエピソードもおもしろいものばかりなのだ。

ピュタゴラス教団の話はおもしろかったし、ソフィー・ジェルマンが男たちの社会で認められるところや、ゲーデルのアスペルガー障害を疑わせるような変人なところ、ほとんど哲学の様相を帯びた不完全性定理とそれに伴う波紋などは、ときににやりとさせられ、ときに胸を突かれ、実に忘れがたい。

個人的には、同じ日本人の谷山豊と志村五郎の話題がおもしろかった。
楕円方程式もモジュラー形式も、初めて聞く話題で、そのすごさは読んでみても完全にわかったわけではない。
けれど、それを導き出した二人の友情はすなおに胸に響くのだ。
それに別々の領域の理論を結びつけるという点も大きな意義を見出せる。


そして本書の主人公とも言うべき、アンドリュー・ワイルズのエピソードもまたすてきである。

子どものころからの夢だったフェルマーの最終定理に取り組み、それを証明するまでの流れがすばらしい。
そのために、人と数学的に議論するのを避けて、ストイックに証明に励む。
そして一旦証明したかに見えた内容に穴があると気付き、追いつめられるところなどは、読んでいるだけでハラハラする。

それだけに、天啓のように下りてきたアイデアで、突破口を見つける流れは印象深い。


知的好奇心も刺激され、人間たちのドラマにも感動できる。本書はそういう内容である。
優れた理系ノンフィクションと言い切ってもいいだろう。

評価:★★★(満点は★★★★★)

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1 コメント

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abc予想で証明できる?  (もののはじめのiina)
2022-10-27 08:57:04
存在するものを証明するより、無限に存在する自然数で試みて、そのどれもが存在しないとする証明は極めて難しいです。

超難問「フェルマーの最終定理」は、「abc予想」を使うとの長い証明を数行で証明できるらしいですょ。

京都大学数理解析研究所教授望月新一博士が考え出した「abc予想」は、理解するにはもう少し説明を求められる段階だそうではあります・・・。

当方も、よく理解できていません。
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