私的感想:本/映画

映画や本の感想の個人的備忘録。ネタばれあり。

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「許されざる者」

2013-09-19 20:09:59 | 映画(や行)

2013年度作品。日本映画。
第65回アカデミー賞で作品賞など4部門に輝いたクリント・イーストウッド監督による名作を、日本を舞台にリメイクしたヒューマンドラマ。一度は戦う事をやめた男が、女郎の願いを聞き入れ、再び戦いの世界に身を投じるようになる姿をつづる。
監督は李相日。
出演は渡辺謙、柄本明ら。




オリジナルの「許されざる者」を見たのはだいぶ前のことだ。
そのため覚えていることと言えば、クリント・イーストウッドが床を這いずり回っているシーンくらいでしかない。

その程度の記憶しかなかったためか、先入観もなく、物語を楽しめることができた。
個人的には満足そのものの、すばらしい作品である。


物語は人斬りと恐れられていた男が、賞金稼ぎのために戦友と共にお尋ね者を殺しに向かうといったところだ。

この作品では善悪は必ずしも明確ではない。

悪いのは娼婦の顔に傷をつけた男だが、お尋ね者の仲間は単純に巻き込まれただけで、殺されるほどの罪もなく同情に値する。
悪役とも言うべき、佐藤浩市演じる町の警察も、手段は暴力的だが、治安を守るため彼なりの筋は通している。

そんな二元論で回収できない世界観は個人的に好みである。


そして善悪定かでないという点では、主人公の十兵衛もそうだ。

彼は幕末のころ、政府軍を殺しまくった男だ。
そういった過去の罪を抱え生きているためか、映画の間、彼には常に陰がある。
それでも妻と出会ったことでまっとうな人間になろうと努めている。

しかし、最後の方の、敵を殺す彼の行為にためらいもない。
ヒーロー的立ち位置にもかかわらず、彼の行為には正義とは言いかねる非情さがある。
贖罪の日々を送り、生まれ変わったように生きても、人殺しと呼ばれた過去の彼がそこにはあり、ぞくりとさせられた。
この造形はすばらしい。

最後の渡辺謙のうつろな表情もすてきだった。
そこからは「許されざる者」として生きる他ない男の悲しみがにじみ出ているように思う。


また映画では、弱者の存在もクローズアップされていて、印象的である。
娼婦たちは男たちの虐待を受け、アイヌの人々は和人に虐げられている。特にアイヌの存在は舞台を蝦夷地にした意味が出ていた。
また娼婦たちも、復讐のための人殺しを頼んでおきながら、ためらいに満ちた表情を浮かべるなど、単純に解決できない苦悩が仄見えて良かったと思う。


本作のクライマックスである最後の決闘シーンも見応えがあった。

佐藤浩市との銃撃と刀剣を使った対決シーンは一触即発の張りつめた空気が流れており、ただただ息を呑むばかり。
その後の多数との乱闘シーンも、緊張感は持続していて、食い入るように見ていられる。


善悪で割り切れない世界、決闘シーンのすばらしさなど、エンタテイメントとしても、人間を描いたドラマとしても、はっきり言って僕好みである。

オリジナルを忘れたので、比較でどうこうは言えないが、一本の作品として見事であると感じ入るばかりであった。

評価:★★★★★(満点は★★★★★)
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「夢売るふたり」

2012-09-13 21:09:58 | 映画(や行)

2012年度作品。日本映画。
東京の片隅で小料理屋を営む貫也と妻の里子。店は小さいながらも繁盛していたが、調理場からの失火が原因の火事で全てを失ってしまう。絶望して酒びたりの日々を送っていた貫也はある日、常連客だった玲子と再会、酔った勢いで一夜を共にしてしまう。その事を知った里子は、結婚詐欺で金をだまし取る事を思いつく。店を再開するための資金を稼ぐために貫也は、出版社OL、重量挙げ選手、デリヘル嬢などに言葉巧みに次々と接近する。
監督は西川美和。
出演は松たか子、阿部サダヲら。




もどかしいけれど、良いと感じる部分は多い。
それが本作に対する、個人的な感想である。

もどかしい部分とは具体的に言うと、筋運びであり、良い部分とは西川美和特有の、ぼんやりとした感情のぶれの描写だ。


物語は小料理屋を営んでいたものの火事で店が焼けてしまった夫婦が、ふとしたきっかけから結婚詐欺を働くというお話だ。

そういった設定は、なかなかおもしろい。
だけど、話の流れ的に納得いかない部分がいくつか見られ、それがしっくりこない。

まず根本である結婚詐欺をする流れが、どうも腑に落ちなかった。
その理由を夫は浮気をした自分への腹いせもあるだろう、と言っている。
確かにそうだと思うけれど、それでもとってつけたような気がして、見ててもいまいちピンとこないのだ。

また最後の方の、探偵が訪ねてきてからの流れも僕には合わなかった。
監督的には、男への何らかの制裁や転落、あるいは物事の終焉を描きたかったのかもしれないけれど、あれはさすがにやりすぎだと思う。
少なくとも僕は少しばかり白けてしまった。あれではカタルシスなどえられない(別にカタルシスは映画における必要条件でもないが)。
あれなら、大半の人がパッと思いつくようなシンプルな展開でも良かったのではないか。


だがそんなケチをつけながらも、全体的に楽しめたのは、やはり心情の機微の描き方が絶妙だったからだろう。

特に夫婦の感情の衝突はおもしろい。

たとえば、俺に結婚詐欺をさせるのは腹いせのためだろう、と夫に嫌味を言われた妻が、思わずコップを投げつけようとするシーン。ウェイトリフティングの女の子を馬鹿にした妻に対し、男が腹を立てるシーン、などなど。
ともかくこちらを不安にさせるような場面がいくつか見られる。

そこから見えるのは、夫婦間の微妙ないらだちの構図なのだろう。
そしてそれは、自分の都合(金銭を得るため、パートナーの感情を試すため)で人の金をせしめることへの卑しさに対するいらだちかもしれないなんて思えて、なかなか心に残る。


個人的にもっとも印象に残ったのは、シングルマザーの女から金が取れそうだ、と夫が妻に報告する場面だ。

そのシーンに多くの説明はない。
だけど男は、店も開業できそうだし、詐欺をすることを引き止めてほしいとどこかで思っていることが伝わるし、女も、それを終わらせようと考えていながら、言い出せないでいるって雰囲気が伝わってくる(違うかもしれないけれど)。
その微妙な空気が忘れがたい。

もちろんその後の、男がなかなか店に帰って来ない場面も、工場の手伝いをしている男を見て、女が包丁を握りしめる場面も印象的だ。

そうして夫婦は、精神的にどんどんとすれ違っていく。
女が夫を愛しているのは明白だし、夫だって気持ちは同じと思うけれど、それだけにもう見ていて痛ましい。

ともあれ、そんな夫婦の感情的な衝突を描く、西川美和の演出は冴え渡っている。

もちろんその微妙な心理を的確に表現した、松たか子も阿部サダヲもすてきだ。


確かに本作は、隔靴掻痒の感のある映画だとは思う。
西川美和監督作は「ゆれる」「ディア・ドクター」しか見ていないが、「夢売るふたり」はその2作よりも落ちるとも思う。

けれど、作品自体は水準以上で、心情描写などのレベルは高く、見終わった後も何かが心に残る。
個人的には好きなタイプの作品であるようだ。

評価:★★★★(満点は★★★★★)
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「八日目の蝉」

2011-05-12 21:51:53 | 映画(や行)

2011年度作品。日本映画。
不実な男を愛し、子供を身ごもった女、野々宮希和子。母となることが叶わない絶望の中、同時期に男の妻が女の子を出産したことを知る。「赤ちゃんを一目見たい、見たらけじめがつけられる…」夫婦の留守宅に忍び込み、ベビーベッドで泣いている赤ん坊を見た瞬間、希和子は思わず子供を抱えて家を飛び出していた。刹那的な逃亡を繰り返し、絶望と幸福感の中で疑似親子となった二人。しかし逃亡生活は、4年で終止符を打つ。……優しい母親だと思っていた人は、誘拐犯だった。4歳の少女の、血のつながった両親との普通の生活はこの事件によって一変する。(八日目の蝉 - goo 映画より)
監督は「孤高のメス」の成島出。
出演は井上真央、永作博美ら。




親ってのは、なるものではなく、なっていくものかもしれない。
そんなえらそうなことを、独り者の僕は考えたりする。

そう感じたのは、母なるものとは何なのか、という問いかけめいたものをこの映画から感じたからだ。


この作品の母子関係はいくらか複雑である。

主人公の恵理菜は、父親の愛人に誘拐されて、薫という名前で育てられる。
人格形成期に実の両親と引き離されたためか、警察に保護された後も、実の親ときちんとした親子関係を築くことができていない。元々実の母親はヒステリックで、感情的に行動して、相手を傷つけることもある人なので、よけい良好な関係を結ぶことができない状況にある。

「お母さん、ごめんなさい」と、母親に責められ、幼い恵理菜が謝るシーンなんかはその象徴だ。
見ていて、とってもいたたまれない気分になってしまう。つうか、重い。
こんな家族の中で暮らしていくのは、恵理菜にとって非常にしんどいのだろうな、と思ってしまう。

そんな彼女は皮肉なことに、不倫の末に相手の子どもを身ごもってしまう。
特殊な環境に育った自分が子どもをまっとうに育てられるのか、と悩むシーンがあるが、それもまた事件の残酷な爪跡なのだろう。


だが彼女らが育った環境の特殊性は、そのまま完全に悲劇と言い切ってもいいものであろうか。
それはちがうのだろう、と見ていて感じる。
なぜなら、少なくとも彼女は誘拐犯である希和子から深い愛情を受けて育ったからだ。


誘拐犯である希和子は子を産んでいないこともあり、最初のうちは母親としても未熟で、手馴れていない。
おっぱいをあげようとしてももちろん出ないし、子育ての現実に、途方に暮れているように見える場面もいくつかある。

それでも彼女は、さらった娘である恵理菜=薫に、本当の母親のような愛情を注いでいく。
そしていっぱいきれいなものを薫に見せようと決意し、生活を築いていこうとする。

そんな希和子の愛情を受けて、薫も希和子を愛していくことになる。
それは非常に暖かい関係だ。倫理的な是非はさておき、希和子は母親になり、薫は確かに彼女の娘になっていたのだろう。

けれど、そんな関係が続くわけないことは、冒頭の裁判シーンですでに示されている。
それだけに二人の愛情が深くなればなるほど、見ていてとっても悲しい気分になってしまう。


誘拐から数年後、薫=恵理菜は結果的に希和子と離れ離れになる。
だけど、別れたからと言って、それですべてが終わってしまうわけではないのだ。

恵理菜の中には、誘拐犯とは言え、希和子に愛された記憶があり、その愛情から何かを受け取っている。
少なくとも、恵理菜は希和子が自分にしてくれたように、きれいなものを自分の子どもに見せていくことはまちがいない。
親子は(血のつながりはともかく)そのようなつながっていたという記憶を、生活などの関係性を通し、倫理を超えて、否応なくつないでいくものなのかもしれない。


いろいろまとまりなく書いたが、個人的にはかなり好みの作品である。
二人の女優の演技も本当にすばらしく(特に永作博美は圧巻)、物語世界にぐいぐいと引き寄せられる。
内容はヘビーだが、心ゆさぶられる作品であった。

評価:★★★★★(満点は★★★★★)



原作の感想
 角田光代『八日目の蝉』

出演者の関連作品感想
・永作博美出演作
 「空中庭園」
 「好きだ、」
 「腑抜けども、悲しみの愛を見せろ」
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「闇の列車、光の旅」

2010-10-20 21:03:44 | 映画(や行)

2009年度作品。メキシコ=アメリカ映画。
ホンジュラスで暮らす少女サイラのもとに、アメリカで暮らしていた父が戻ってきた。強制送還された父は家族と暮らすため、サイラを連れて再びアメリカを目指す。一方、メキシコ南部の町で、青年カスペルはギャング団の一員として未来の見えない生活を送っていた。彼の希望は恋人のマルタだったが、その幸せの日も終わりを告げる。強盗目的でサイラたちが乗る貨物列車の屋根に乗り込んだカスペルだが、事態は意外な展開を見せる。(闇の列車、光の旅 - goo 映画より)
監督はキャリー・ジョージ・フクナガ。
出演はエドガル・フローレス、パウリナ・ガイタン ら。




ラテンアメリカに行ったことはないのだけど、この映画に出てくる風景は、僕がイメージする中南米のイメージとぴったり合致する。

街の雰囲気はどこか猥雑で、ときに不正や暴力が場を支配する。
移民というシチュエーションや、移民たちの移動方法が列車の屋根という点も、ラテンアメリカのイメージと合っている。
実際のラテンアメリカの現実は知らないし、僕の偏見も入っているかもしれない。『シティ・オブ・ゴッド』のイメージを引きずっているのかもしれない。
だが少なくとも、映画の中の風景は、異国の空気が出ていて、心地よい。


そしてギャングたちの洗練されていない、生々しい暴力もまた、僕のイメージするラテンアメリカとマッチしている。

ギャングたちの行動原理は、実に血生臭い。
ギャングに入会するための洗礼が暴力という点や、組織の裏切り者を迷わず殺すという点はえぐい。
だがそのえぐさゆえ、ギャングから逃げる若者の逃避行に緊張感が出ている。
それが僕的には好ましい。


ただ後半の、少女が若いギャングについていくところはやりすぎだと思った。

恋は盲目と言えば、美しいのだろう。
だがあまりにも少女の行動は危ういもので、いかにも物語の都合でそうなったように見えてならなかった。
何より、映画中の少女のキャラを考えても、そんなことをしそうにない娘に見えるのだがどうだろう。
個人的には、その点が腑に落ちず、いくらか引っかかってしまう。


だがそれらを抜きにしても、全体に感じられる緊張感、ロードムービー的な雰囲気、プロットの運び方などに、光る物があり、最初から最後まで楽しんで見ることができる。
地味な作品だろう、と思うのだが、これはこれでなかなかの佳品と思った次第だ。

評価:★★★★(満点は★★★★★)
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「4分間のピアニスト」

2009-01-28 21:23:30 | 映画(や行)

2006年度作品。ドイツ映画。
ピアノ教師として刑務所を訪れたクリューガーは、まさかそこで天才ピアニストに出会うとは、思ってもいなかった。彼女の名前はジェニー。彼女は類まれなる才能を持ちながらも、過去の悲しい出来事から人生を誤り、心を硬く閉ざしていた。すぐに彼女の才能を見抜いたクリューガーは、それを花開かせることが、残り少ない自分の人生の使命だと決意し、所長を説得して特別レッスンを始める。
監督はクリス・クラウス
出演はモニカ・ブライブトロイ。ハンナー・ヘルツシュプリング ら。


ストーリーだけで見るなら、個人的にはイマイチである。

その最大の理由は、さながら狂犬のような主人公ジェニーの境遇に、まったく関心が引かれなかったのが大きいと思う。
彼女は看守を殴ったり、ケンカをふっかけたりするわけだが、それにより彼女の状況が窮地に陥っても、それは自業自得だという気がしてならなかった。彼女の過去にいろいろなことがあったとはいえ、意地悪な言い方だが、だから何だ、という気もして、情状を酌量する気にはなれない。
それに音楽教師がそこまでジェニーに肩入れする理由がピンと来なかったというのも、いまいちこの作品に乗り切れなかった理由だと思う。
正直ラスト手前までは、こりゃダメだなと思いながら見ていた。

それだけにラストであんな大逆転があるとは思っていなかった。
タイトルにもなっている4分間の演奏が、あんな形とはさすがに予想をしていなかった。
てっきりクラシカルな演奏で締めるのかと思いきや、まさかの破天荒な弾きっぷり。しかも何たるアヴァンギャルドだろう(キャラやそれまでの演奏を思えば当然だけど)。それだけで思わずにやりとしてしまう。
しかもその演奏がまたカッコいいのである。彼女の最初の演奏シーンもカッコよかったが、さすがにこちらの方が際立っている。
それはともかくパフォーマンス抜群で、メロディもぞくぞくと心に響いてくる。クラシックだけど、魂で言えばまさしくあれこそロックだ(キャラもロックっぽいし)。
正直、たった4分のために、それまでの否定的な印象がくつがえされるのは悔しくさえあったのだけど、その4分に僕の心が完全に持っていかれたのだから、仕様がない。とにかくすばらしい締めである。

トータルで見ればいろいろあるのだが、少なくとも最後まで見て良かったな、と心から思う一品である。

評価:★★★(満点は★★★★★)
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「容疑者Xの献身」

2008-10-25 18:21:15 | 映画(や行)

2008年度作品。日本映画。
顔がつぶされ、指を焼かれた絞殺死体が見つかる。身元は判明し、刑事の内海薫は捜査に乗り出す。被害者の別れた妻のアリバイを確認していたところ、その隣人の石神が物理学者湯川学と同じ大学出身と知る。内海から話を聞いた湯川は事件の裏に、天才的な頭脳の持ち主石神がいるのではと推理する。
監督は「県庁の星」の西谷弘。
出演はドラマと同じく、福山雅治、柴咲コウ ら。


テレビ版の「ガリレオ」はツッコミどころの多いドラマだった。
主人公ガリレオが数式を書くシーンや、どこからそんな予算を取ってくるのだろうと疑問になるような実験の数々(貧乏研究室にいた僕としては驚き)、犯人が物理的なトリックを使って、犯罪を行なうパターンが多いのだが、そのトリックを使う必然性のなさなどは、非常にツッコミがいがあって、それをいちいちあげつらうだけでも十分楽しめるドラマだった。

ただ金を払って見る映画で、それをやられたら僕はドン引きするだろう。
そう思い、若干不安な気持ちで映画を見に行ったのだが、派手な実験シーンは冒頭にあるだけで、あとは基本的に原作に沿って物語が展開している。
少しばかりほっとする思いだ。

プロットは原作がしっかりした良作だったので、非常に丁寧なつくりになっている。
物語には適度な盛り上がりがあるし、ガリレオと石神の対峙の様も優れている。何よりミスディレクションの構成が見事だ。
それはすべて原作の力だが、それをきちんと映像に起こしえた点は誉めるに値するだろう。

ただやはり石神を堤真一が演じるのはどうだろう、という気もしなくはない。
「君はいつまでも若い」と堤演じる石神が福山演じる湯川に言うシーンや、湯川が「彼は外見には気を使わない。それを聞いて、僕は思った。彼は恋をしている、と」と言うセリフは、まったくもって説得力がなかった。
容姿が並以下の僕からすれば、おまえ(石神)が容姿に気を使わないのは、元がいいからだろう、と見えるのだがどうだろう。
確かにネクラな雰囲気を堤は見事に演じているが、やはり根本的なミスキャストである。

しかし欠点はその点と、ラストの号泣くらいしかない(ラストシーンは感情表現が幾分過剰だ。見ていて少し引いてしまう)。
普通に楽しめる作品だし、いくらか感動的なエピソードもあり、タイトルの「献身」の意味合いも印象的だ。ドラマ未見の人も楽しめるだろうし、ちょっと時間が余ったときにはこれほど最適な映画はないだろう。

評価:★★★★(満点は★★★★★)


原作の感想
 東野圭吾『容疑者Xの献身』

出演者の関連作品感想
・柴咲コウ出演作
 「どろろ」
 「日本沈没」
・松雪泰子出演作
 「フラガール」
・堤真一出演作
 「姑獲鳥の夏」
 「魍魎の匣」
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「闇の子供たち」

2008-10-03 21:34:31 | 映画(や行)

2008年度作品。日本映画。
貧しい農村から売られ、家族と離ればなれになり売春宿に監禁されている子供たちがいた。彼らは幼児性愛者の性の玩具にされ、生きたまま臓器を抜き取られていた。タイ在留の新聞記者南部は、NGOの女性職員とフリーカメラマンの青年の協力を得てその事実を暴こうと行動を開始する。
監督は「顔」の阪本順治。
出演は「スワロウテイル」の江口洋介。「NANA」の宮崎あおい ら。


この映画で描かれている内容はショッキングなものが多い。
タイのスラム街に生きる子供たちが人身売買の犠牲になり、虐待を受けている状況は過酷だ。それに先進国の買春の相手となるのは残酷としか言いようがない。子どもを買う外国人の姿は醜悪そのもので眉をひそめたくなる。
それら情報にはある程度知っている部分もあるけれど知らない部分も多い。
特にAIDSに罹患した子どもの扱いや、臓器売買などは特にひどい。てっきり臓器は肝臓や腎臓だと思っていたのに、心臓まで扱うというのはフィクションではなく事実なのだろうか。
真実のほどはわからないが、世界の矛盾のあらゆる部分がそこに濃縮されていることは確かだろう。

そんな矛盾に主として二人の日本人が立ち向かおうとする。
たとえば宮崎あおい演じるNGOの女性はどうだろう。彼女はあくまで正論を吐いて、その矛盾に立ち向かおうとする。
しかし正論のすべてが正しいわけではない。正論をふりかざすあまり、人の状況を忖度しようとはせず、怒る相手だってまちがえてしまう。正直なところ、その偽善っぷりに見ていていらっとするところがないわけじゃない。
しかしそれでも言葉じゃなく、体を張って実際にその正論を実行しようとする姿は崇高であり、勇敢だ。欠点も多いが、彼女のような存在がなくては、世界の矛盾に立ち向かえないだろう、ということを強く感じさせる。

もう一方の日本人である江口洋介演じる新聞記者は、事実をありのまま描くことで、世界の矛盾を根本から変えようと行動する。
しかし彼の場合は、若干単純ではないところが印象的だ。ラストの展開で、彼の行動のすべてにちがう意味合いが与えられたからだ。
だがだからこそ、臓器ドナーとなった少女を見たときの新聞記者の表情が深い悔恨を感じさせて、心を深くうつものがある。
それに最後のシーンで、新聞記事を周りに張った鏡を持ってくるあたりに心から震えてしまった。そこにある彼の絶望、あるいは自戒、苦悩、悔恨が本作に深い余韻と問題意識を与えていたと思う。

桑田佳祐の歌にはがっくりきてしまったし、ガンアクションは正直要らなかったし、テーマではなくプロットそのものに幾分つくりすぎの部分もある。だが、全体的にはすばらしい作品であったと僕は思う。
「ぐるりのこと。」「接吻」「おくりびと」といい、今年の邦画は収穫が多いが、本作もその収穫の一つであろう。

評価:★★★★★(満点は★★★★★)


出演者の関連作品感想
・江口洋介出演作
 「憑神」
・宮崎あおい出演作
 「エリ・エリ・レマ・サバクタニ」
 「好きだ、」
 「初恋」
・妻夫木聡出演作
 「クワイエットルームにようこそ」
 「ザ・マジックアワー」
 「憑神」
 「どろろ」
 「パコと魔法の絵本」
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「山桜」

2008-06-08 16:53:07 | 映画(や行)

2008年度作品。日本映画。
江戸後期、浦井家の長女、野江は最初の夫に先立たれ、勧められるままに磯村家に嫁いだが、家風になじめず辛い日々を送っていた。叔母の墓参りの帰り道、山桜の下で、かつて野江を妻に望んで果たせなかった手塚弥一郎と再会する。飢饉が続き、重い年貢で農民たちの生活が困窮する中、弥一郎はある決断をする。
監督は「地下鉄に乗って」の篠原哲雄。
出演は「夕凪の街 桜の国」の田中麗奈。東山紀之 ら。


この映画を見ていると、「古き良き日本」という言葉を思い出してしまう。
映し出される四季の風景は美しく、花の映像や田園風景の和やかさは情感をそそられるものがある。どの映像もどこかなつかしさを感じさせるばかりで、その美しい世界の中にすっと入りこむことができる。

そんな物語の主人公二人もまた「古き良き日本」に暮らしていそうな人物たちだ。
田中麗奈演じる野江は清楚で控えめな女性だが、心の内には熱い感情が秘めているのが伝わってくるし、東山紀之演じる手塚も寡黙ながら、正義感を持った男で好ましい人物だ。どちらも現代ではまずまちがいなく存在しない人種だろう。
現代を生きる僕からすると、彼らの存在は非現実的でファンタジーにすら映る。だがこのゆるやかな世界の中に、彼らは自然に溶けこんでいて、その自然さが僕には好ましく、彼らのような人物が生きている世界に心地よさすら感じられた。

だが、映像、人物、世界観と優れているものの、ストーリー自体は良くも悪くもシンプルで、山が特になく、退屈にすら感じられた。
また時代劇ではありがちだが、殺陣やそのほかの面でつっこみどころも多く、幾分半笑いになってしまう点もあった。
あえてプロットで良かった部分を上げるならリドルストーリー的なラストくらいだろうか。

映画はプロットと思っている僕としてはそういうわけで、物足りなさもあるが、雰囲気を味わうだけならば申し分ない作品である。

評価:★★★(満点は★★★★★)


出演者の関連作品感想:
・田中麗奈出演作
 「姑獲鳥の夏」
 「暗いところで待ち合わせ」
 「魍魎の匣」
 「夕凪の街 桜の国」
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「4ヶ月、3週と2日」

2008-04-28 20:48:49 | 映画(や行)

2007年度作品。ルーマニア映画。
1987年、チャウシェスク大統領による独裁政権末期のルーマニアを舞台に、望まない妊娠をしたルームメイトの違法中絶を手助けするヒロインの緊張感に満ちた一日を描く。
2007年カンヌ国際映画祭パルムドール受賞作。
監督はクリスティアン・ムンジウ。
出演はアナマリア・マリンカ。ローラ・ヴァシリウ ら。


中絶が禁止されていた時代のルーマニア。その中で堕胎手術を行なう女性を描いた映画だが、妊娠した女性にはずいぶんイライラさせられた。彼女には責任感が感じられず、考えなしの部分や嘘をついたり、他人に頼ったりする面が目立って共感にはほど遠い。
元々堕胎映画を女性の視点によりそって見ることなど、男の僕にはできないということもあるのだろうが、それを差し引いても、彼女の行動は納得いかないものばかりだった。

だが彼女ばかりを責めるわけにはいかないかもしれない、と思わなくもない。元々社会が堕胎を否定しているという時点で、彼女らの状況を忖度すべき部分はあるだろうからだ。

そんな状況を描いている中で、個人的にもっとも心に引っかかったのは堕胎をほどこした医師の姿である。
彼の主張は筋の通った部分はあるし、法的に罪を問われる行為に手を貸すというリスクを負うという主張はわからなくはない。
だがだからといって、そこで女の体を求めるという行為は、どうしても許すことができなかった。何でこんな理不尽なことがまかり通るのか心の底から理解できない。
しかしそういった理不尽な状況こそが、20年前まで普通に行なわれていたことなのだろう。そう考えると気が滅入るばかりである。

また医師の部分とある意味では通じるのだが、僕が男ということもあってか、女に妊娠したときどうするか、と問われたときの男の姿に同情すると共に情けなさを感じてしまった。こういう場面になると、男というものは本当に弱いものであるらしい。

どうしても男性目線になってしまい、監督の意図を正確に汲み取れているとは思えないが、考えさせられるという点でいつまでも心に残りそうな映画である。

評価:★★★★(満点は★★★★★)
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「やわらかい手」

2008-03-31 19:23:26 | 映画(や行)

2007年度作品。イギリス=フランス=ベルギー=ドイツ=ルクセンブルク映画。
ロンドン郊外で平凡な人生を送ってきた主婦マギーは、最愛の孫の手術費用の工面に奔走していた。絶望の中ふらふらと迷い込んだのは歓楽街。偶然目にした「接客係募集・高給」の張り紙に思わず飛びついた。しかしそこは壁越しに手で男をイカせる”ラッキー・ホール”の風俗店だった。
監督はサム・ガルバルスキ。
出演は「あの胸にもういちど」のマリアンヌ・フェイスフル。「アンダーグラウンド」のミキ・マノイロヴィッチ ら。


孫の医療費を稼ぐため風俗業に飛び込んだ初老の女性が主人公だ。最初は風俗業に拒否的な態度を取り、おっかなびっくりのところもあったが、やがてそれに慣れ、少しずつ彼女の内面に変化が現れる姿が淡々と描かれている。
基本的にその淡々としたトーンは最後まで維持されており、特別大きな盛り上がりもなく、カタルシスにも乏しいため、地味だという印象はぬぐえなかった。また僕が男で、ギリギリ20代ということもあってか、映画のエピソードが僕の心に響いてくる場面は少なかった。

しかしラストの方で見せるマギーの変化はそれなりに興味深い。
友人だった人間に、臆せず自分の職業を語る心情や、亡き夫の不倫相手とのささやかな対決をするシーンはそこそこ見応えがある。
こういうシーンを見るかぎり、この映画は初老の女性の自立と新しい人生を獲得する成長物語なのだな、という印象を受け、新鮮な感じを受ける。
ラストシーンは、そういう方向に持っていくのか、と残念で安っぽく思ったが、女性の成長ものと考えるなら、必然と言えるのかもしれない。

琴線に触れる部分は乏しいものの、初老女性の人生に思いを馳せる佳品であることは確かだろう。

評価:★★★(満点は★★★★★)


出演者の関連作品感想:
・マリアンヌ・フェイスフル出演作
 「マリー・アントワネット」
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「夕凪の街 桜の国」

2007-09-01 18:08:07 | 映画(や行)
   
2007年度作品。日本映画。
手塚治虫文化賞新生賞も受賞したこうの史代の同名原作を映画化。
昭和33年、皆実と母は復興の進む広島に暮らしていた。皆実は同僚の打越から好意を寄せられる。皆実も彼のことが好きだったが、原爆の記憶と罪悪感から打越の思いに答えることができないでいた。
監督は「半落ち」の佐々部清。
出演は「がんばっていきまっしょい」の田中麗奈、「カンゾー先生」の麻生久美子 ら。


原爆から13年後の前半部「夕凪の街」と、現代を描いた「桜の国」が描かれている。

個人的には「夕凪の街」のパートが好きだ。
その中では被曝し生き延びた人たちの苦悩が描かれていて、さすがに重い。風呂のシーンでのケロイドの姿を始め、広島の人間は原爆を浴びたにもかかわらず、そのことを決して語ろうとせず避けていることに、深い心の傷を見ることができる。
個人的には、原作『夕凪の街』にもあった、原爆を落とした人がまた一人殺した、と思ってくれているのか、といったセリフに、もっとも胸を締め付けられた。敵国の人間から死んでしまえばいい、と思われ、親しい人が死んでいく中を生き延びてしまった皆実だけにそのセリフの持つ深さが心にずーんと響いた。
本編のいくつかにあざとすぎて腹立たしい部分もあるが、彼女の悲劇性と彼女のセリフの持つ重みのために、原爆について思いを致し、悲しい気分に浸ることができる。

一方、その後日談とも言える「桜の国」はいささかパンチが弱い。
こちらは皆実の姪の視点から「夕凪の街」のテーマ性を補足するようにつくられているのだが、田中麗奈の好演が光るものの、物語としては描き込みが不十分な気がする。そのため原爆を取り巻く人々の姿などを描いているわりに、訴えかけるものが少なかった。物語全体の締めの部分なだけに、この結果には不満が残る。

映画全体としての不満としては、過剰な音楽や、芝居くさい演出といった佐々部清の、あるいは邦画の悪い面も出ている点だろう。
たとえば、原爆症のため、起きたら枕に髪が束になって抜けていた、といった演出などには見ていてイラッとしてしまった。そのわざとらしさを良しとする感性が僕には理解できない。

しかし、そういった欠点を抱えながらも、本作が、投下直後だけにとどまない原爆の悲劇を静かに訴える作品であることはまちがいない。
残念ながら、原作を越えることはできていないが、広く原爆の悲劇性を訴えるためにも、こういう映画はつくられる意義があるのだろうし、多くの人に見られるべきだと思う。

評価:★★★★(満点は★★★★★)


制作者・出演者の関連作品感想:
・田中麗奈出演作
 「暗いところで待ち合わせ」
・麻生久美子出演作
 「THE 有頂天ホテル」
 「どろろ」
・中越典子出演作
 「ストロベリーショートケイクス」
・堺正章出演作
 「寝ずの番」
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「約束の旅路」

2007-05-08 20:39:17 | 映画(や行)


2005年度作品。フランス=ブラジル=イスラエル=イタリア映画。
エチオピアのユダヤ人をイスラエルに移送するという「モーセ作戦」。スーダンの難民キャンプにいたエチオピア人の少年は母に命じられてユダヤ人と偽り、イスラエルに脱出する。彼はそこで養父母と出会うが、自らの素性を偽っていることに葛藤する。
監督はラデュ・ミヘイレアニュ。
出演はヤエル・アベカシス。ロシュディ・ゼム ら。


この映画はエチオピアのユダヤ人をイスラエルに移送するという「モーセ作戦」という実話を元に描いている。主人公はエチオピア人だが、ユダヤ人と偽り、母の手を離れイスラエルに移動する。
その主人公の描写はなかなか丁寧で、心に響くものがある。
ユダヤ人ではないのに、そのことを偽らねばならないという葛藤、母をアフリカに置いてきたという苦悩、そして身の回りで起きる人種差別。少年を取り巻く環境は厳しく、その苦痛に満ちた表情と粗暴に走らなければならない少年の心情が、見ているこちらの心に深く深く沁みこみ、共感し応援せずにはいられない。
半分くらいまで観たときには、この映画はひょっとしたら今年のナンバー1映画になるのではとすら思えたほどだった。

しかし中盤で主人公が成長してからは若干だれてしまい、最後の方はエピソードの詰め込みすぎで物語が雑になってしまっている。
途中まで良かっただけに、それが非常に残念でならない。

しかし本作で描かれるアイデンティティの描写は中盤以降も秀逸であることは間違いない。
イスラエルでもパレスチナ系は排除されるし、どれだけユダヤ教に対する理解があっても差別の目は消えない。パレスチナ系ユダヤ人でさえそうなのに、元々ユダヤ人ですらない主人公はまさしく根無し草そのもののようである。
そんな彼に救いをもたらすのが、周囲の人間の愛情であるという点がすばらしい。
特に養母の存在は大きいだろう。実母と離れてしまった主人公の欠落感を、養母が懸命になって埋めようとしているのが感動的である(さすがに主人公のプロポーズに口出すのはどうよ、と思ったけど)。

構成に難がある作品だが、テーマ等は単純にすばらしいし、感動的である。個人的には大好きな作品だ。

評価:★★★★★(満点は★★★★★)


制作者・出演者の関連作品感想:
・ロシュディ・ゼム出演作
 「あるいは裏切りという名の犬」
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「善き人のためのソナタ」

2007-03-25 15:51:58 | 映画(や行)


2006年度作品。ドイツ映画。
1984年東ベルリン、国家保安省のヴィースラーは劇作家ドライマンと恋人が反体制的だということで、彼らの生活を盗聴することとなる。だが盗聴を続け、ふたりの生活などに触れていくうちに彼の心に変化が生まれる。
本年度アカデミー賞外国語映画賞受賞。
監督はフロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク。
出演は「ファニーゲーム」のウルリッヒ・ミューエ。「マーサの幸せレシピ」のマルティナ・ゲデック ら。


東ドイツで行なわれていた非人道的な行為を描いた良質な作品だ。
だがもちろん、本作の良い点はそんな政治状況を描写していることではなく、人間の心の変化を描いているあたりにある。
本作の主人公は、盗聴という行為を通して心に変化が生まれている。ふたりの生活を聞いて孤独感にさいなまれ女を買う描写や、ベートーベンを聴いて涙を流すシーンなどからは、孤独で生真面目な男が、その孤独と生真面目さゆえに変化していく姿がよく伝わってくる。その過程を丁寧に描写しているのがきわめて印象深い。

そして変化をした彼は組織や出世欲ではなく、ひとりの人間として行動をしていく。それは盗聴を通して、監視される側に親近感を抱いたからだろう。
バーで女優に語りかけるシーンや、タイプライターなどの行動は生真面目な彼らしいものと言えるかもしれない。その個人の行動を取る姿などは普遍的であり、それゆえ美しくさえある。

個人的にもっともすばらしいと思ったのはラストだ。
献辞の扱いなどは心憎くて、粋であり、そして淡い感動すら感じられる。なんとも爽やかな余韻に浸ることができた。

評価:★★★★★(満点は★★★★★)
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「弓」

2006-10-23 22:47:40 | 映画(や行)


2005年度作品。韓国映画。
海の上に浮かぶ船で暮らす老人と少女。老人は17歳が近付く少女と結婚しようと考えるが、一人の青年の登場が二人の生活に嵐を引き起こす。
監督は「魚と寝る女」「うつせみ」のキム・ギドク。
出演は「清風明月」のチョン・ソンファン。「サマリア」のハン・ヨルム ら。


キム・ギドクの作品が僕は好きだ。理解できない部分も多いけれど、強い印象を必ず後に残す。そして今回もそんなギドクらしさが存分に溢れた仕上がりになっている。

この映画の中で印象的なのはやはりヒロインのハン・ヨルムだろう。
濃密にただようエロス、そして妖艶としか表現しようのないエロスの中に漂う若干の狂気を見事に表現している。特に笑顔で弓を引くシーンの恐ろしさはすさまじい。そして老人の嫉妬を煽るような行動やその時に見せる表情の変化がゾクゾクするものがある。
今回も人物にセリフがない分、彼女のまとっている雰囲気が前面に出てきて、映画を引き締めていたように思う。女優の存在と、画面から伝わるギドクの美意識とがうまくマッチしていて、優れた相乗効果をもたらしていたのが心に残る。

さて、本作最大のインパクトは何と言ってもラストにある。
映画のストーリーは自体はいたってシンプルだったはずだ。しかしラストで想像しえない展開へと突き進んでいる。
そこで描かれているはエロスの極みだ。つうかこれでR指定が付かないことに逆に驚くくらいである。
しかしそのメタファーに満ちた展開が完全には理解しきれない。意味はわかるけれど、理由がわからないのだ。もちろんそれに関して自分なりの結論は出ているのだけど、煙に巻かれているような気分に陥る。
しかしそのわからなさがたまらないから不思議なものだ。完全にこの作品は僕のツボにはまったのである。

キム・ギドクの魅力は、ストーリーを越えた雰囲気の中にあるのだろう。
それゆえにギドクは厄介なのだ。それは言語化するのが難しいものだからだ。しかしそれゆえに僕はギドク作品を愛し、この作品を傑作と呼ぶのに一切のためらいを持たない。

評価:★★★★★(満点は★★★★★)
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「夜のピクニック」

2006-10-02 19:32:37 | 映画(や行)


2006年度作品。日本映画。
本屋大賞を受賞した恩田陸の同名原作を映画化。24時間一昼夜をかけて歩き通すという歩行祭。その行事で甲田貴子は一度も口を聞いたことのない異母兄に話しかけようという賭けを胸に秘めていた。
監督は「ココニイルコト」などの長澤雅彦。
出演は「HINOKIO ヒノキオ」の多部未華子。「蝉しぐれ」の石田卓也 ら。


原作が好きで見に行ったが、やはりあの大きな事件の起こらない作品を映画にするということ自体、かなり大変な行為であるらしい、と見終わった後に思った。

基本的に平坦なプロットである本作をいかにおもしろくするか、それが本作を語る上で重要な要素の一つだが、原作と映画ではそのアプローチの仕方が異なっている。
原作の場合、登場人物の綿密な心理や何気ない会話が醸し出す雰囲気を描き出すことに終始している。それによって青春小説らしい爽やかな葛藤が前面に現れ、傑作と呼べる領域にまで達することができた。

で、一方の映画の方は、コメディタッチなエピソード、アニメを使った演出等を駆使して、その平坦なプロットを乗り切ろうとしている。
だがその演出は空回りをしていたように僕には思えた。原作にも登場したハイテンションキャラなどを使って、笑いを狙っているが、基本的に滑っていて中途半端な感じである。それに過剰な音楽や劇中歌もすこし邪魔に思えたのはいただけない。
そのため映画全体に居心地の悪いというか、まとまりの悪さがただよっているように思えた。それがいささか残念といえば残念だ。

しかし本作はつまらないというわけではない。むしろ見終わった後には、美しい余韻が胸に残る仕上がりとなっている。
それはラスト付近の異母兄妹のシーンによるところが大きいだろう。二人の会話のシーンは爽やかであると同時に、感動的である。わだかまりがあり、ぎこちなさがあったからこそ、二人が親しく会話をする姿には美しいものがある。なかなか秀逸だ。
そしてその感動を生み出されたのは、多部未華子の、思いつめたような、どこか悲しみすら感じさせる表情の演技によるところ大であるのは言うまでもない。初めて見るが、いい女優である。
ゴールシーンも前向きな雰囲気を感じさせ、麗しい。

何かと気に入らない面もあるが、この爽やかな余韻はなかなかのものであろう。
その点は青春小説である原作の良さを十二分に引き出していると思った。

評価:★★★★(満点は★★★★★)
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