デザイン会社に勤める由人は、失恋と激務でうつを発症した。社長の野乃花は、潰れゆく会社とともに人生を終わらせる決意をした。死を選ぶ前にと、湾に迷い込んだクジラを見に南の半島へ向かった二人は、道中、女子高生の正子を拾う。母との関係で心を壊した彼女もまた、生きることを止めようとしていた――。苛烈な生と、その果ての希望を鮮やかに描き出す長編。山田風太郎賞受賞作。
出版社:新潮社(新潮文庫)
癒しの物語である。
人は人である以上、傷ついていかざるをえないが、それがゆっくりと癒されていく様が、しっかりと伝わり、胸に沁みる。
端的に感想を書くなら、そういうこととなろう。
この作品の主人公は二十代の若者の由人、五十間近の野乃花、女子高生の正子の三人だが、誰もが問題を抱えた家庭で育っている。
由人は、祖母には可愛がられて育ったものの、実母からは目も掛けられず、嫁姑問題で敗北する祖母の姿に傷ついている節がある。
野乃花は、酒のみの父と、父の暴力を受ける母を見て育ち、十八で妊娠した後は、誰からの支えも得られないまま、家庭内で孤立していくこととなる。
正子は抑圧的な母の押し付けがましい愛情に苦しんでいる。
誰もが家庭的に見て不幸だ。
そんなトラウマを抱えた若者たちが、新たな困難に出くわし、それぞれに傷つくことになる。
由人は失恋に、野乃花は会社の倒産に、正子は友人の死で、それぞれに精神的に追いつめられていっている。
その過程は大仰な気もするけれど、何とも切なく、大層読ませる力に溢れていた。
そんな三人が集まって、湾内に迷い込んだクジラを見に行くこととなる。
ほぼ成り行きでそうなったような展開なのだが、そこから三人は疑似家族を築いていく。その過程が温かい。
そんな中で、正子は母の呪縛を逃れ、野乃花は自分が捨ててきたものと折り合いをつけ、由人は自分なりに失恋に対して納得していっているように見える。
死ぬことは存外簡単なのだろう。
しかし前を向き生きていくことはそれなりにつらい。
だけど本作はそんな前を向いていく過程を丁寧に描いていて、しんと胸に響いた。見事な一品である
評価:★★★★(満点は★★★★★)
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