私的感想:本/映画

映画や本の感想の個人的備忘録。ネタばれあり。

『シラノ・ド・ベルジュラック』 エドモン・ロスタン

2012-04-10 21:34:50 | 戯曲

ガスコンの青年隊シラノは詩人で軍人、豪快にして心優しい剣士だが、二枚目とは言えない大鼻の持ち主。秘かに想いを寄せる従妹ロクサーヌに恋した美男の同僚クリスチャンのために尽くすのだが……。1世紀を経た今も世界的に上演される、最も人気の高いフランスの傑作戯曲。
渡辺守章 訳
出版社:光文社(光文社古典新訳文庫)




本作の良さを語る上で欠かせないのは、語りの勢いと、主人公シラノのキャラクターだ。

表記は韻文分かち書きという特殊な形態を取っているけれど、語りは古典とは思えない勢いがあり、新訳の良さが存分に出た格好だ。

特に、シラノの語りが抜群にいい。
彼の語る詩は臨場感に富んでいて、勢いがべらぼうにいいのだ。
その言葉のテンポに乗せて、場面を追っていくのは、非常に楽しい体験だった。
訳注などを読む限り、訳者も演出家としての視点から、かなりプライドをもって訳しているのがわかり好ましい。


そんな彼の語りに依る面も大きいが、このシラノ・ド・ベルジュラックという男は、最高に魅力的なやつでもある。

シラノは鼻が異様に大きな醜い男だが、容貌にとどまらず、すべてにおいてキャラが濃い。
最初の登場シーンからして、むちゃくちゃだ。
役者の演技が下手だ、と野次を飛ばして芝居を台無しにするし、相手の顔をいきなりぶん殴るような喧嘩っ早いところもある。無頼であること甚だしい。
この人はひでえな、と感じてしまい、少し引いてしまうときもあった。


しかし先にも触れたように、言葉は達者なのである。
詩のような言葉を流麗に操るところは、はっきり言ってかっこいい。

それに加え、物売り娘に見せる態度など、粋っ!と叫びたくなるほど気風が良いし、戦場の場面で青年隊に対して、ウィットに富んだ返答をするところなどは、頭の良さを感じさせて、おもしろい。
それでいて、要望の醜さから、ロクサーヌに思いを伝えられずもじもじするところなどは、うぶか? と言いたくなるほどにかわいらしいのだ。
クリスチャンに対する思いをロクサーヌが吐露する場面もおもしろかった。はあ!っていうセリフなんかは、彼の間の抜けた素の部分も出ていて、笑えてしまう。

シラノは、基本的に直情径行なのだろう。
それゆえ感情表現は豊かで、その、人としてのまっすぐさが、僕の心にぐいぐいと届き、彼の強い個性に魅了されてしまう。

そんな性格もあってか、シラノは男気というポイントも満点である。
特にクリスチャンに対する態度は、彼の善意がにじみ出ているようだ。
両思いのクリスチャンとロクサーヌのため、恋の仲立ちをしたり、クリスチャンの代わりに、自分の思いを抑え、手紙を書くところなどは、シラノのいい人っぷりがうかがえてすばらしい。
第四幕の最後などは、彼の優しさと悲壮さがうかがえて、じんわりと胸に響いてくる。


というわけで、全編にわたり、シラノの「心意気」に満ち満ちているような作品だった。
百年以上前の作品だが、主人公の存在が、現在においても燦然たる魅力を放っている。
古典の魅力を再発見できる、古典新訳文庫の名に恥じぬ一品である。

評価:★★★★★(満点は★★★★★)

コメント (1)    この記事についてブログを書く
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1 コメント

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おしらせ (オラフ)
2022-06-23 21:44:18
いい文章ですね。ありがとうございます。一点だけ「要望の醜さから」→「容貌の醜さから」のお知らせです。
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