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才能豊かなパティシエの気まぐれに奔走させられたり、犬のボランティアのために水商売のバイトをしたり、難民を保護し支援する国連機関で夫婦の愛のあり方に苦しんだり……。
自分だけの価値観を守り、お金よりも大切な何かのために懸命に生きる人々を描いた6編。
あたたかくて力強い、第135回直木賞受賞作。
出版社:文藝春秋(文春文庫)
森絵都の作品を読むのは今回が初めてだったが、こんなに巧みな作家なのか、と驚いてしまう。
何と言っても、物語の構成が手馴れていて、ぐいぐいと読み手を引っ張っていく点がすばらしい。
それに、心理描写も本当に丹念で、登場人物が何を大事にし、行動基準にしているかがはっきりと伝わる。
そのおかげで、読み手である僕も、物語の中にすっと入り込むことができ、登場人物たちの思いを追体験し、ときに彼ないし彼女らを応援することができるのだ。
巧みであるがゆえに、まとまりすぎていて、全体の余韻が淡くなっている点だけがちょっと難だけど、それでもこの上手さは見事だろう。
個人的に気に入っているのは、表題作の『風邪に舞いあがるビニールシート』。
難民を保護支援する国連職員の夫婦の話だが、二人が出会い、結婚し、という、紆余曲折を非常に丁寧に追っており好印象だ。
そしてそこから、里佳とエドとの間には絶望的なまでに距離があることがわかり、何とも切ない。
だがその切なさがあるからこそ、苦難に満ちた道を歩もうと決意する里佳の最後の判断が非常に前向きに映るのだ。特に「人間の肌のぬくもりを感じながら死んでいったんです」という言葉が胸に響いてならない。
また平和な場に住むということに対する後ろめたさと、作家が真摯に向き合っている様も非常に印象的だ。
それは『犬の散歩』で、保健所に行ったことから、ボランティアを始めようとした心理とも通じるものがある。
世の中にはひどいことが起きているけれど、日常を生きるため、大抵の人はひどい事実から目をそむけて生きている。
『風に舞いあがるビニールシート』も、『犬の散歩』も、そういう風に簡単に目をそむけることができない人たちの気持ちをしっかりと捉えていてすばらしい。
そこからは、偽善を乗り越えた、強い思いが感じられ、読みながらわが身をふり返らずにいられなかった。
上に触れた以外でもすばらしい作品は多い。
どんなに周りから否定をされても、自分が好きなものだけはどうしても否定できず、それに惹かれてしまうという心理描写が丁寧な『器を探して』。
文学とマジメに向き合い、取り組む姿が、熱くて胸を打つ『守護神』。
不空羂索観音と准胝観音の使い方が絶妙な『鐘の音』。
「十年のうちで一日くらい、野球のためになにもかも投げだすようなバカさ加減だけはキープしたいよな」という言葉に激しく共感する『ジェネレーションX』。
どれも森絵都の技巧を堪能でき、心にも響く作品が多い。すばらしい短篇集である。
評価:★★★★(満点は★★★★★)
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