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「腰掛け農業」体験記=鳥取支局・武内彩

2009年11月21日 | スクラップ

 


◇新米の苦労かみしめ

 気分は「記者ときどき農家」といったところだろうか。国宝・投入堂のふもと鳥取県三朝町三徳地区でこの春から半年間、米作りに挑戦した。水の管理などは田んぼの持ち主の農家にしてもらう「腰掛け」農業ながら、代かきから脱穀まで一通り経験することができた。作業を教えてくれた農家や学生ボランティアとのふれあいを通じ、農業の面白さを実感するとともに、農で生計を立てることの難しさを学んだ。

 


■おいしくて決意

 地域自治会にあたる三徳地域協議会は07年、米の消費拡大などを目指し、都会の家族に田んぼを貸し出す「田舎体験ツーリズム」を始めた。有料で“オーナー”となり、地元農家や学生ボランティアの助力を得ながら稲を育て、収穫の一部を割り当ててもらう。農業をもっと知りたいと、私も申し込んだ。

 きっかけは08年の田植えを取材したことだった。途中からカメラとノートをあぜに放り出し、裸足で田んぼに入った。指導する地元農家のお母さんが作った昼ご飯にまで飛び入り参加させてもらった。この時のおにぎりのおいしさが、私に米作りを決心させた。

 今回、一緒に参加したのは鳥取市の3家族で、子ども連れもいれば退職後を楽しむ夫婦もいた。申し込みは一口・1万5000円で、一口につき30キロの新米を受け取れる。私は1人暮らしながら、迷わず二口(60キロ分)を申し込んだ。地元農家の能見国夫さん(69)と松原辰夫さん(69)、金山義雄さん(67)に教わりながら稲を育てた。各参加者に田んぼを割り当てるのではなく、同じ田んぼで一緒に作業する。日によって作業する田んぼも違う。

 


■天候には勝てぬ

 5月。ぽかぽか陽気の中、代かきのため初めてトラクターを運転した。能見さんがあらかじめならした田んぼが私のジグザグ運転でどんどん不格好になっていく。田んぼの端で曲がり切れず、能見さんが駆け寄って運転席に腕を差し入れてエンジンを切る“騒ぎ”にもなった。1週間後、いよいよ田植え。機械と手植えで丁寧に植えた。ひざまである田植え用の長靴をはき、雨に打たれながら、へっぴり腰で奮闘した。

 しかし、今年は長梅雨の影響で稲の成長が悪く、茎が太くならなかった。9月時点の農林水産省の県産米の作況は「やや不良」。案の定、我らが田んぼの稲は収穫前に重さに耐えきれず、ところどころで倒れてしまった。ただ、何とか収穫はできた。倒れ方がひどかったり、台風に直撃されると、収穫に大きく影響する場合もある。農家がどれだけ手をかけても天候には勝てない。収入に直結するから怖い。

 9月には待ちに待った稲刈りが始まる。収穫した稲穂を天日で乾燥させる「ハデカケ」にこだわった。コンバインで刈り、機械乾燥させた方が効率的だ。しかし、ハデと呼ばれるさおに掛けて干すと、茎や葉の栄養が稲穂に染み込んで完熟するとされ、味が違う。ハデを組み、渡した竹ざおに稲を掛けていく。ワラを使って器用にハデを組み、稲をまとめていく松原さんの手際に目がくぎ付けになった。

 10月には稲こきをした。モミを取った後のワラは果樹農家に引き取られた。冬、根元に敷いてナシの木を乾燥や積雪から守るという。無駄がない。

 


■支援不足の現実

 最も重労働の夏の草刈りを担ってくれたのが鳥取大の学生で作る田舎応援戦隊「三徳レンジャー」5人組だ。農学部などで学ぶ学生が実際の農作業を経験するためツーリズムに協力する。色違いのつなぎが作業着だ。草刈りや水路の掃除、地域の祭りの盛り上げ役まで担う。

 5人は地区の田んぼ約20アールを無償で借りて初めての米作りにも挑戦し、収穫にこぎ着けた。

 レンジャーには、就農を目指す学生もいる。5人の先輩、高田昭徳さん(28)は来春、県西部の日野町で米作りに乗り出す。同大農学部を05年に卒業後、農業法人に就職して技術を学んだ。3・3ヘクタールを機械込みで借り受け、耕作する。近くに民家も借りた。「将来は10ヘクタールに増やし、就農を目指す若者を雇用して、農業体験ができる民宿も営みたい」と意欲を燃やしている。

 夢想家ではない。「血も汗も流すくらいの覚悟がないなら就農は勧めない」と冷静だ。農業法人では連日午前8時から10時間労働、農繁期にはほとんど休めなかったという。

 05年農林業センサスによると、同年の三朝町の農業就業者のうち65歳以上は75・5%。後継者不足などで、耕作放棄地は25・28ヘクタールあり、経営耕地面積は15年前の約3分の2に縮んだ。

 高田さんのような若い力が必要で、行政も新規就農を奨励している。しかし、支援制度が追いついていない。新たに農業を始めるには、土地や機械、最低1年間の生活費など多額のコストがかかるが、鳥取県の施策に土地や生活支援は含まれていない。また、高田さんは昨年、生活拠点を置く県東部で農地を探したが、行政から紹介されたのは飛び地ばかり。耕作放棄地は増えているのに、集約が十分進んでいないのだ。収益が見込めないため、高田さんは独立をいったん断念したほどだ。

 「腰掛け」でも農業を体験して思う。農家が農業だけで食べていけるようになってほしい。新規就農を目指す若者に実効性のある支援をしてほしい。

 さて、私たちが育てた新米。せっかくならと、炊飯器を買い替えた。6カ月かけてようやく口に入ったお米の味は……。

 おいしい!

 60キロでは少なかったと後悔した。

 


 
毎日新聞 2009年11月18日 大阪朝刊

 

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