1 日本 姫路独協大教授・道谷卓さん
![道谷卓 姫路独協大教授=兵庫県姫路市で2009年2月2日、森田剛史撮影](https://mainichi.jp/select/jiken/coldcase/prescription/archive/news/2009/images/20090210org00m040016000p_size5.jpg)
■期間、根拠薄く ナポレオン法典が手本
殺人など凶悪事件の時効を見直す森英介法相の勉強会が今年1月22日に発足した。撤廃・停止を求める遺族の動きも強まっている。イギリスには時効の概念自体がなく、アメリカに殺人の時効はない。フランスには停止措置がある。各国の現状はどうなっているのか、日本と欧米4カ国の識者に語ってもらう。
第1回は、日本。制度に詳しい道谷卓・姫路独協大学教授に時効の歴史と現状を聞いた。
--公訴時効はいつからあるのか。
紀元前17年、ローマ法で姦通(かんつう)罪に5年の公訴時効が規定されたのが起源とされる。日本では江戸時代の1742年、公事方御定書(くじかたおさだめがき)に、12カ月捕まらないと処罰できない「旧悪」制度があった。明治になると、1880年に仏・ナポレオン法典を手本とした治罪法が制定され、「証拠の散逸」を主な理由に、殺人などの重罪に10年の時効「期満免除」が設けられた。1890年制定された刑事訴訟法でも10年の時効は引き継がれ、1908年の法改正で15年となり、1948年に制定された現在の刑事訴訟法もこれを踏襲。重罰化された05年の法改正で他の刑罰強化に付随する形で十分な議論がないまま25年に延長された。
--必要な理由は。
主に二つの理由で説明されてきた。一つは、社会や遺族の犯人に対する処罰感情が年月とともに薄れるということ。二つ目は、年月の経過で証拠が散逸すること。一つ目は、罪と罰という刑法的な考え方で、二つ目は裁判手続きを円滑に行う刑事訴訟法的な考え方を踏まえている。
--環境は変化してきたか。
変化している。例えば処罰感情についてはインターネットなどの発達で過去の情報に触れやすくなり、事件を忘れにくい状況になってきた。また証拠の散逸については、DNA鑑定など科学捜査の精度が上がり、根拠が弱くなりつつある。
--それでも存在するのは。
容疑者とその周辺の人たちの権利を保護すべきだという説が有力になってきた。例えば犯人が逃走中に家庭を築いたとして、それを20、30年後に、いきなり捜査員が来て壊していいのかという理論。周囲と構築した人間関係、権利関係を尊重し、社会を安定させようという考え方だ。
--これからどう議論していくべきか。
時効理論は、既に存在した制度を説明するために後からできたもの。時効の本質を論じる判例もあまりなく、裁判所がどの立場かも明らかでない。時効期間を決める絶対的な根拠はなく、存廃、長さは国民が慎重によく議論して決めるべきだ。【聞き手・宮川裕章】=つづく
2009年2月8日
殺人と時効:各国制度から/2 米国 元検事、ケネス・オドネルさん
![ケネス・オドネル アメリカ ニューヨーク市立大刑事司法学部助手・元検事=小倉孝保撮影](https://mainichi.jp/select/jiken/coldcase/prescription/archive/news/2009/images/20090210org00m040017000p_size5.jpg)
■ニューヨーク市立大刑事司法学部助手・元検事、ケネス・オドネルさん(33)
すべての州法、連邦法とも、殺人に時効を規定していない。それは英国の影響を受けた建国以来の歴史だ。
今議論されているのはレイプや誘拐などの重罪で時効を廃止すべきかどうかだ。政治家の多くは、犯罪に強い姿勢を示すべきだと考えるため、廃止を支持する傾向が強い。ニューヨーク州は06年、レイプの時効も廃止した。
一方、弁護側からは廃止すべきでないという声もある。それは、事件から長時間経過して突然、「犯人はあなただ」とされても、関係者の記憶が薄れていたり、目撃者がすでに死亡していたりで反証が難しいためだ。
しかし、捜査側には、時間が経過しても、最近の科学捜査の発達でかなり問題が解決できるようになったとの認識がある。90年代になってDNAを使った捜査技術は急速に進歩した。米国の警察は今、長期未解決事件(コールドケース)についてDNAを証拠として保存しておく特別な部署を設置している。70年代の事件で最近、DNAで犯人が特定できたこともあった。
また、DNAが検出された場合、犯人を特定しないまま容疑者「ジョン・ドウ(名無しの権兵衛)」で起訴することも行われている。DNAの個人識別レベルは極めて高く、問題はないと思う。
「時効」は、すべての関係者の利益になるような答えはない。結局、人権への配慮と社会正義の実現とのバランスをいかにとっていくかということだ。その意味で日本が時効についての勉強会を設置したのは賢明だ。時効を廃止した場合の長所と短所を検討して、時代や社会に合った法律に変えればよい。結論が出るまで、暫定的に「ジョン・ドウ」起訴を採用することも選択の一つだと思う。【聞き手・ニューヨーク小倉孝保、写真も】=つづく
2009年2月10日
殺人と時効 各国制度から/3 フランス ディディエ・レブさん
![パリ第2大法学部教授のディディエ・レブさん=2009年1月27日、福井聡撮影](https://mainichi.jp/select/jiken/coldcase/prescription/archive/news/2009/images/20090212k0000e010078000p_size5.jpg)
■停止や再開、可能 状況に応じて適用
殺人罪など重罪の時効は、犯罪発生時から10年、非行や軽犯罪は3年と比較的短く定めている。しかし、刑事訴訟法は同時に「時効停止」の規定を設けているのが特徴だ。犯行と同時に時効は始まるが、検察・警察が覚知し捜査に入った時点から時効の対象外となり、捜査終了後に再び時効が発効する。
また、捜査が手詰まりになりいったん中断すると、時効が発効するが、その後、新事実が出てきて捜査が再開されれば、時効は再度、事件発生時と同じゼロからスタートする。
これは捜査をより確実なものとするための制度で、19世紀に制定された刑事訴訟法以来ずっと続いている。現在も多くの捜査で適用されており、検察・警察は事情聴取で時効停止を長引かせるなどテクニックとして用い、また事件全体の流れを見ながら時効停止や再開を繰り返す。
時効を定めていることは、「容疑者へのダメージが強すぎないよう抑制する」という意味があり、被害者や遺族の容疑者への反感が薄れていく場合に有効だ。一方、いつまでも反感が消えないケースもあり、検察側は事件の状況を見ながら時効停止の措置を適宜運用する。適用はすべてケース・バイ・ケースとなっている。
例えば1975~79年にブルゴーニュ北部で15~26歳の女性7人が暴行、殺害された事件では、犯人不詳のまま84年に捜査が中断。そこから時効が発生していたが、93年に新たな事実が浮かんだとして捜査が再開され、00年に元バス運転手(74)が逮捕され、04年に終身刑判決が下った。事件発生から10年の時効はとうに過ぎていたが、時効発効は新事実が浮かんだ93年から新たに10年間となっていた。【聞き手・パリ福井聡】=つづく
2009年2月11日