詩人PIKKIのひとこと日記&詩

すっかりブログを放任中だった。
詩と辛らつ日記を・・

北海道やアイヌ語がなまら懐かしかった掲示板だった

2010年10月13日 | 歴史
この「アイヌ語掲示板」は、北海道とアイヌ語を知るためには最適と思える。
絶対にお薦めなので騙されたと思って是非訪問を!

僕の言語学の師匠が相変わらず元気そのもの。
その掲示板は(古い書込みからどんどん消えてくので急げ!)ー「ここ」

ここにも書かれてるように・・僕の故郷から数時間の登別市に生まれた知里姉弟のおかげで、アイヌ語は細々ながら後世に残ることができた。(アイヌ語はもう死語となってしまったが・・)
◆アイヌ民族の最後の抵抗の歌を高らかに宣言したのは、二十歳で亡くなった知里幸恵。
彼女の作品はー「ここ」

ー序ー
その昔この広い北海道は,私たちの先祖の自由の天地でありました.天真爛漫な稚児の様に,美しい大自然に抱擁されてのんびりと楽しく生活していた彼等は,真に自然の寵児,なんという幸福な人だちであったでしょう.
 冬の陸には林野をおおう深雪を蹴って,天地を凍らす寒気を物ともせず山又山をふみ越えて熊を狩り,夏の海には涼風泳ぐみどりの波,白い鴎の歌を友に木の葉の様な小舟を浮べてひねもす魚を漁り,花咲く春は軟らかな陽の光を浴びて,永久に囀(さえ)ずる小鳥と共に歌い暮して蕗(ふき)とり蓬(よもぎ)摘み,紅葉の秋は野分に穂揃うすすきをわけて,宵まで鮭とる篝(かがり)も消え,谷間に友呼ぶ鹿の音を外に,円(まど)かな月に夢を結ぶ.嗚呼なんという楽しい生活でしょう.平和の境,それも今は昔,夢は破れて幾十年,この地は急速な変転をなし,山野は村に,村は町にと次第々々に開けてゆく.
 太古ながらの自然の姿も何時の間にか影薄れて,野辺に山辺に嬉々として暮していた多くの民の行方も亦いずこ.僅かに残る私たち同族は,進みゆく世のさまにただ驚きの眼をみはるばかり.しかもその眼からは一挙一動宗教的感念に支配されていた昔の人の美しい魂の輝きは失われて,不安に充ち不平に燃え,鈍りくらんで行手も見わかず,よその御慈悲にすがらねばならぬ,あさましい姿,おお亡びゆくもの……それは今の私たちの名,なんという悲しい名前を私たちは持っているのでしょう.
 その昔,幸福な私たちの先祖は,自分のこの郷土が末にこうした惨めなありさまに変ろうなどとは,露ほども想像し得なかったのでありましょう.
 時は絶えず流れる,世は限りなく進展してゆく.激しい競争場裡に敗残の醜をさらしている今の私たちの中からも,いつかは,二人三人でも強いものが出て来たら,進みゆく世と歩をならべる日も,やがては来ましょう.それはほんとうに私たちの切なる望み,明暮(あけくれ)祈っている事で御座います.
 けれど……愛する私たちの先祖が起伏す日頃互いに意を通ずる為に用いた多くの言語,言い古し,残し伝えた多くの美しい言葉,それらのものもみんな果敢なく,亡びゆく弱きものと共に消失せてしまうのでしょうか.おおそれはあまりにいたましい名残惜しい事で御座います.
 アイヌに生れアイヌ語の中に生いたった私は,雨の宵,雪の夜,暇ある毎に打集って私たちの先祖が語り興じたいろいろな物語の中極く小さな話の一つ二つを拙ない筆に書連ねました.
 私たちを知って下さる多くの方に読んでいただく事が出来ますならば,私は,私たちの同族祖先と共にほんとうに無限の喜び,無上の幸福に存じます.

  大正十一年三月一日

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1 コメント

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欧米の伝統(魔女・超能力者狩り)が日本や沖縄文化の抹殺へとなのかも (道産子pikki)
2010-12-24 23:15:29
欧米の伝統(魔女・超能力者狩り)が日本や沖縄文化の抹殺へとなのかも
伊坂幸太郎『モダンタイムス』読了。
《超能力ってのは、人間の奥底に眠っている力を無理やり引き出すものっていう説もある危険な目に遭ったり、絶対絶命の危機に襲われたりな、そん時に、ぶわっと覚醒・・》

この力を人間が失ってしまった野生的な力とばかりは言えない。

新大陸先住インディアでは、子供から大人への成人儀式として、聖なる場所で寝泊りさせて・・そこでみた夢で、その子の霊的力を判断して、その力の最も強い子供をシャーマンとして社会全体が教育した部族も多い。

日本では、「シャーマン」の語源となったシベリア先住民のように・・いにしえの流れ巫女やイタコや、九州や沖縄のユタのように、さすらい型のシャーマンが多い。

欧米の伝統は、ジャンヌダルクをはじめとして・・数十万人が犠牲になった「魔女狩り」でシャーマンを根絶やしにするのが約千年間の伝統であり、新大陸インディアンの抹殺や、日本や沖縄文化の抹殺が・・その流れの結末なのではと思う。
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