詩人PIKKIのひとこと日記&詩

すっかりブログを放任中だった。
詩と辛らつ日記を・・

寺山修司についてー

2010年03月31日 | 
同時代の詩人・物書きだな・・と初めて思ったのは寺山修司からだった。
でもずっと慢性的な金欠病だったので、彼の演劇も一度も観たことがない。
脚本を読みながら想像するばかりだった・・

どっちかというと彼の短歌・俳句の方が好きだったけど、でもこの詩は今でも好きだ。
ー昭和十年十二月十日に
 ぼくは不完全な死体として生まれ
 何十年かかって
 完全な死体となるのである
 ・・・・・・・・
 ぼくは
 世界の涯てが
 自分自身の夢のなかにしかないことを
 知っていたのだ
    (「続・寺山修司詩集」より)

◆寺山修司についてはー『ここ』

世界と折り合いをつけるための「四要素論」(勝手に命名)と夢の復権

2010年03月31日 | 歴史
この「四要素論」は、生まれついて唯物論者の僕が、高校で遺伝子の文字が四つと知って以来物事を考える際の尺度にしている考え方だ。

物質の極大極小分野(宇宙、素粒子)も、生命の極大極小世界も四つの要素からなっていて、それらは類似し連関しているのではないなと思う。何処まで拡小しても相似的なフラクタル図形のように・・

宮沢賢治の手帳にも、それと似たような易についての書き込みがある。ただ易の場合はそれを循環的に繰り返すだけだけれども(易の入門書として推薦したいのはSF作家ディックの「高い塔の男」・・第二次世界大戦で日独が勝利して殖民地となったアメリカが舞台の物語)

最近あまり本を読んでないので、もう現在は以前読んだ時代のように・・宇宙構成要素や恒存する素粒子や遺伝子の文字が四つではないのかもしれないが、それは不完全な人間にはまだ解明不能なだけなのかもしれない。

「進化論」(過去遺産継承、多様化、突然変異、共生)や、夢の構造(シャッフル、シャーマン的予言性、類としての記憶への遡行、問題解決性)さえも、四つの要素から考えることは決して無益ではないなと思う。
フロイトやユング心理学で始まったばかりだけれども、とりわけ夢には新しい時代を予感させるものがあると思える。

シベリアや新大陸では(古代日本でも)、夢がシャーマンとしての資質を図る尺度にされてきた。とりわけ、臨死体験を人工的に作り出す成人儀式(イニシエーション)や過酷な放浪・修行の途上での・・
そしてそれらと同じ環境を、人工的に作りだすために利用された太鼓の音や、きらびやかな装身具や、麻薬等・・

「無知の涙」を読んで連想する・・寺山修司、森進一、サッチモ

2010年03月30日 | 日記
死刑制度というとついついまた永山則夫を連想してしまう。そして、彼と同じような生い立ちのの表題の三人をもまた。
永山則夫は1997年八月一日、東京拘置所内で、ひそかに絞処刑された。執行命令書にサインしたのは松浦巧法務大臣。

 ーとある代のとある日の真夜中
  西も東も分かんない馬鹿が
  日本資本主義国家へ
  たった独りで宣戦布告した
      (永山則夫「独りぽっちの革命家」より)

  独りで誕まれて来たのであり
  独りで育って来たのであり
  独りでこの事件をやったのであり
  とある日、独りで死んで逝くのだ
  
  涙が頬にかかるとき  
  それは無知の涙ではない  
  涙せる日を憧憬し、存在を置く     もっと華麗ななかにー   
 
  花よ・・花よ・・わたしの花よ
  わたしは犯罪者だ
  わたしに信じられる祖国はない

  全人間社会主義人民共和国万歳!

  苦患なんかじゃねえぞ
  恨みだ 憎さだ そうなったら
  鬼と化する 身体満身悪魔と
  嘆く前に憎め! 憎み殺せ!

  キリストよ 復活(よみがえり)せよ
  かたりよ 聴こえるか
  ・・・・・・・後略
     (「無知の涙」より)

もう少し彼の叫びが聞きたかったなと思う・・ 

死刑を待つ革命家の句&死刑制度についてー

2010年03月30日 | Weblog
 ・生かされて四十九年の薄暑かな  (大道寺将司句集より)
 ・秋の日を 映して暗き 鴉の目
 ・死を抱き 人は生まれく 岩清水
 ・一茎の 秋の向日葵 直立す
 ・その時の 来て母還る 木下闇
 ・赤蜻蛉 残るいのちの 軽さかな
 ・みなしごの また生まれけり 星月夜


僕が死刑制度に関心をもったきっかけは、同郷北海道先輩にして、日本では稀有な革命家・・東アジア反日武装戦線による三菱重工等の大企業爆破事件のリーダーとして死刑を宣告された『狼煙を見よ』の大道寺将司氏の存在を知ってからだった。(天皇の列車爆発未遂が権力者たちを激怒させたのかもしれない・・)
詳しくは戦後最高のノンフィクション作家松下竜一全集参照を。(どの巻も昭和理解には必読!)

◆敬愛する故松下竜一氏についてはー『ここ』
◆大道寺氏の思想について簡潔に知ることができるの「東アジア反日武装戦線『狼』」はー『ここ』
◆大道寺将司氏については「大道寺将司 君の今日このごろ」ー『ここ』

死刑制度反対論は、以前日記に書いた四つほどではないらしい。
大別してー①違憲性に基づく死刑廃止論 ②誤審冤罪に基づく死刑廃止論 ③刑罰一貫性に基づく死刑廃止論 ④人権尊重に基づく死刑廃止論 ⑤国際的潮流に基づく死刑廃止論 ⑥刑務官問題に基づく廃止論・・があるらしい。
詳しくは「死刑制度の問題点の整理」はー『ここ』

日本でいちばん問題なのは、前近代的な警察検察と司法制度のために、冤罪が野放し状態という点ではないのかと思う。
従来でも、自白重視による拷問的取調べが冤罪の温床になってきた。その一点だけからでも、日本の死刑制度は一時停止すべきと思う。せめて他の先進国のように、取り調べ時の弁護士の臨席や、取調べの全面的映像化なしには、冤罪は増えこそすれ減ることはありえない。死刑制度存続論はその点でだけでも重大な欠陥を抱えていると思える。

さらには、主にスピードアップのための「裁判官制度」が冤罪の温床になるという・・日本の裁判制度は最悪の事態を迎えつつある。
◆「大谷昭弘の日本の死刑制度の問題点」はー『ここ』
http://www.the-journal.jp/contents/otani/2008/06/post_21.html
◆よりわかりやすい「裁判員制度の問題点早わかり、父と娘の会話」はー『ここ』

きたるべき大恐慌の被害を最小にするためにはー

2010年03月30日 | 政治
サブプライローンだけではなくて、優良な数百万件のプライムローンも近い将来に破綻しそうだ。日本とアメリカの課題は同じだなと思う。仕事がなく、地方が疲弊し、貧富差が増大しつつある。ただ日米の違いは、日本には膨大な資産がある点だろう。米国債は少なく見積もっても百数十兆円(その数倍はあるはず)。

年金運用基金の赤字が、昨年も約10兆円(二年連続の上に、公式発表なので実際は厖大な金額のはず)で、そのような国民共有財産を、米国のようななんでもありの国でさえも神聖なお金として株運用をしていないのに・・国際金融機関にさえ運用をまかせて、どれだけの運用損か不明な点と、それをあらためる気が政治家・官僚・マスコミ・国民等も全くない点だ。

昨年末から数兆円の米国債を売り急いできた中国(現在進行中なので数十兆円規模だろ)とは対照的に、その分米国債を買わされた日本がまた世界一の米国債保有国に。それまでして米国債を買い支えても、日本のドル(輪転機が休む間もなく大増刷の)は増える一方だ。

それでは、上記の「米国破綻と大恐慌」を防ぐためにはどうすればいいのだろうか?
日本国が、その膨大なドルや売買可能な短期米国債を売って、アメリカからドンドン物を買って、日本人のみならず世界中の貧困国にばら撒いてはどうなんだろうか?
確かに製造業では二流国に堕っしたアメリカから買える物は少ない。でもアイデア次第では多くの物を買う事が可能になり、アメリカ産業を救い、雇用を増やす事は決して不可能ではない。

将来有望な米国から購買可能なものとはー
①農産物・・ただ従来のように農薬まみれではない安全食品を作るために、世界一優れて安全な日本の農水産技術を伝授するための「技能アップ職業訓練施設」(すべての日本の市区町村にも建造してそこの人材を海外へと派遣する)を米国の西海岸から順番に作ってゆくべきではと思う。
またそのような安全食料を作る事を米政府に認めさせ、そのような企業・個人を援助すべき。
②米国産パソコンは結構優秀なので、数百万台単位で購入して、上記「職業訓練施設」や図書館や、下記のような「災害救助船」で誰もが気楽に使えるようにする。(ただその際に最高級のウイルス・スパイ対策を講じる企業を選ぶことが肝心だ)
③米国製造業で最も優れているのは軍需産業だろう。日本へとせっせと米国債を売りつけた金で、先端兵器や海兵隊等の軍隊で侵略戦争に血道をあげているので・・その分の兵器を日本が購買すれば、かなりの程度米国による侵略戦争防止策にもなる。
具体的には、船舶に関して職業訓練施設を兼ねた「災害救助船」を数十隻単位で発注して、国内外の主要港に浮かべて、いざ国内外で大災害時に派遣するようにしてはどうか。普段は上記のパソコン等での職業訓練や、工場区域での援助物質の製造(貧困国援助やそうでない国のマーケットリサーチも兼ねて・・刑務所での生産販売システムが参考になる。強制労働か奨学金をもらっての世界救済のための労働かという違いはあるが)休校時には一般人にも広く開放する。
この船を、近隣のアジア諸国へも派遣して、その国の人々の職業訓練や災害救助訓練にも使うようにする。
④その他にも、憲法違反で使うことが不可能な軍隊自衛隊の代わりに・・国境警備という重大な任務の割には貧弱すぎる海上保安庁の装備を質量ともアップするための船舶・飛行機を購買してはどうかなと思う

国内的な改革案としてはー
(1)官庁(税金隠匿のための隠れ蓑○○法人も)や官僚・公務員のすべてに事業仕分け&予算配分変更案を提出させて、それを査定の条件にすべきと思う。
すなわち建設的案を提出した三分の一には予算増額や昇格を、その反対には予算減や降格を。情報公開への態度でもまた同様にすべきだと思う。

(2)デフレスパイラルの原因となっている需給アンバランス50兆円については、日本国債を買った残りの国有郵便会社の50兆円の資産を利用して、地方と・個人へとばら撒いて景気・雇用対策とすべきと思う。その際に、下記の僕のようなアイデアを広く募集して、そのリスト中から郵貯・簡保利用者の支持が多い案から実行してはどうかなと思う。僕の案のように、特定の人々の利益のためではない案が最善だけれども、地方地方で集めてた郵貯・簡保の数割はその地方独自の案に使えるようにすべきかもと思う。

僕の案とはー以前書いたように”老化する通貨”での「地域通貨」(一年毎に一割ずつ価値を減じて10年後に貨幣価値ゼロになる)10万円と10ボランティア時間記帳通帳をすべての人々に郵便局から新規発行する。
そして将来、災害・高齢・病気・事故等に遭遇して誰かの助けが必要な時に、郵便局・役所・役場に併設した「ボランティア時間貯蓄銀行」登録者からその時間分の援助を受けられ、そのボランティアには地域通貨で時給千円とボランティア時間加算する。
このシステムの利点とは、この地域通貨は10年後には貨幣価値がゼロになるお金なので、ほとんど一円も誰の負担にはならないという点と、年毎に貨幣価値が減少するので猛烈な勢いで市場を循環する点(市場を循環する回数が多いほど景気が良くなる)と、相互扶助的な共生的システムという点や、従来は社会参加不能だった子供でさえも、郵貯利用者としてもボランティア者としても、意思表明や参加できる点にある。
空缶・ペットボトルを一個持参で、一地域通貨記帳や、数回のその行為で一ボランティア時間記帳とすれば・・子供・老人・失業者の貴重な小遣い稼ぎや、貴重な環境保護活動ともなろう。

(3)それでは国は従来のように、すべての国民のための雇用・景気回復のための政策を何もしなくていいのだろうか?それはありえない話しだ。公共投資が悪いのではなくて、従来のような特定の団体・個人を利するだけの・・とりわけダム建設で典型的だったような談合がらみで、天下り官僚や利権がらみ政官財を利する公共工事が間違っていただけである。
その意味で、以前僕が何度か書いたような・・すべての市区町村への「技能アップ職業訓練施設」(年齢・性別の差別なく誰もが奨学金を受けながら学べる)新設は未来の日本や、地方や貧困に苦しむ日本人や起業を目指すすべてにとって必要不可欠なものだし、持続可能な未来のために必要な公共事業ではないのかと思う。

何故なら、減税やエコカー減税等をいくらやってももはや企業にはなんの期待もできないからである。10年間で倍増した内部留保や非正規雇用の増大・・というように雇用や景気がより悪化するばかりだったからであり、直接地方や個人にお金や救済をする公共事業をすべきと思う。

この「技能アップ職業訓練施設」を地方再生や人材育成・起業や情報発信のセンターとすべきである。ここの成績有料者や上記のボランティア活動者を、優先的に公立大学入学資格を与えるべきと思う。
そしてさらには、地球・世界救済のために、アジアで唯一の国際機関「国連大学」の分校をBRIC(ブラジル、ロシア、インド、中国)ばかりではなく、アジアの近隣諸国や、アメリカ大陸にさえも拡大して・・世界一優れた日本の農林水産技術や物作り技術や環境保護技術や世界の博物館というべき過去遺産文化で断崖絶壁の淵にある地球・世界のために日本人が貢献すべき時代なのではと思う。
そのような人材供給や、情報や資金面で彼らを支えるものとして地方に根を下ろした「技能アップ職業訓練施設」や世界的な国連大学分校システムが急務なのではと思う。

↓日記でボートを買おうと思った理由はー

2010年03月29日 | 日記
◆小学校に入ってすぐ読んで以来大好きなアーサー・ランサムの『ツバメ号とアマゾン号』シリーズの影響だった。ヨットは売っていなかったので・・この童話についての貴重なサイトはー『ここ』

◆宮沢賢治童話の中でもっとも笑える童話「ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記」はー『ここ』

◆最近の童話では、主人公のオタクの子供と歴史の扱いが鮮やかな森下真理の「ステーションホテル二〇五号室」はー『ここ』

◆子供の頃読んで忘れられない新美南吉の「おぢいさんのランプ」はー >『ここ』

メーテルリンクの「青い鳥」と、ベケットの「ゴドーを待ちながら」を思いだす

2010年03月28日 | 日記
この二つの演劇は相当古い。
前者は、宮沢賢治全集で初めて知った。
後者は演劇を観る経済的余裕がなかった僕がずっと気になってる演劇(脚本だけは本で読んだことが)。ゴドーは色々解釈ができるけど、その多面性の射程は今でも新しいのではと思う。「待つこと」というのが、慣性や惰性だったとしても・・

その頃、中学校から帰ると毎日二時間かけての牛乳配達だった。台風の日も、猛吹雪の日も・・一日も休まずに二年間牧場から、一軒一軒契約した家々に絞りたての牛乳を届けたというのが僕の原点なのかもしれない。

小遣いなどもらえなかったので、自分の欲しいもの(本、ラジオ、ボート)を買うためには、働くしかなかった。ボートだけは買う事ができんかったけど・・

小学生時代から、畑作業や測量の手伝いとかをやっていたなーと思い出していたら、昨晩その頃の夢をみた。

測量の手伝いをやっていた頃の夢だった。
数千円をもらってどう使おうかと思っていると、どうもその測量士やその助手がアイヌ人らしい・・
それで「アイヌ民族の文化は世界一素晴らしいですね」という自分。それから、アイヌ民族の素晴らしさを語り合う自分たちだった。

眼が覚めるとすがすがしい気分だった。
クラスには一人くらいはアイヌ民族の子がいた。休みというと、町史を持って、アイヌ語地名を探索する日々だった。

アイヌの少女に恋をしていて、彼らの文化を、なんとか理解したいと思っていた子供時代だった。

獅子身中の虫&懐かしい詩人たちの詩ー

2010年03月27日 | 
われ、傷にして刀なり
掌にして打たるる頬なり
四肢にしてかつ拷問車
死刑の囚徒かつ刑吏なり
われ、わが心の吸血鬼なり・・
  (「悪の華」斉藤磯雄訳)

全滅に向っていることもしらない
遠い雪中行軍のような音が
ぽつんと、ことこきれてしまうと
しんしん淋しさがつもってきて
どうしようもなく
夜の夜中に
なま玉子をのむ
(『花地獄』高内壮介「水仙」より)

数億年も生きている
さかなのはらわたの中に
のまれてしまうと
俺も、お前も
めくらのむきみとなり
血の虹や、雨の線が
俺のもう盲膜をかすめる時
俺のガスは
よじれあう
おんなの口から
俺の
どろどろの奥へ
しみとおってくるのだ
(『花地獄』高内壮介「浄夜」より)

◆「敵は獅子身中の虫」という記事はーhttp://sensouhantai.blog25.fc2.com/blog-entry-834.html

「坂の上の雲(下)」司馬遼太郎再読

2010年03月26日 | 歴史
この本を読み返すのは10年振りくらいだろうか。この下巻では、司馬氏の陸軍軍事官僚批判はいよいよ苛烈なものとなる。

僕は正岡子規の大ファンなので、この下巻はあまり好きじゃないが・・それでも、日本に残された最後の北海道の師団が到着して数日の間に、一万五千人から千人へと203高地で殺されしまうシーンは涙なしには読めなかった。(まだ若い頃の祖父がこの中の一人だったので・・)

二十人近くいた祖父母の子供の末っ子で、太平洋戦争末期に故小説家城山三郎氏のように海軍に志願した父とその祖父とが酔うといつも、戦争の話しで盛り上がって徹夜で飲み明かして困ったよ・・と母が嘆いていたのをいつも思いだす。
再婚同士だったらしいけど、いつもとても仲がよくて、話し込んでいた今は亡き父母の姿を懐かしく思いだす。

日本中、その行方を探したけど、とうとう消息がわからなかった高校時代に家出したという僕の異父兄は今頃何処かで無事に生きてるんだろうか・・といつも心配してた母の顔をもまた。

詩 苦い奇跡

2010年03月26日 | 
ぼくら人間という存在は
地球にとって癌やエイズともいうべき
無茶苦茶に利己的な寄生虫的存在

人間という
この地球での奇跡が
起源が同じくする多くの生命の
壮大な試行錯誤のひとつの成果だったのを
決して忘れてはならない
植物や他の生命もまた

それを忘れては
明日にも
ぼくらは滅びなければならないだろう

地球と他の生命のためには
一刻も早く滅び去るべき人類なのではと
ぼくは人類をそう思っている

酔いどれ詩人ブコウスキー、沖縄から連想した「法の下克上」と「オッカムの剃刀」の原理

2010年03月25日 | 政治
沖縄の基地移転問題が長引くのはむしろ良いことではと思う。
もっともっと長引かせて、多くの日本人がもっと真剣に考えるべき問題ではと思う。
ここで問題にすべきなのは「法の下克上(」憲法に反する法律や条約が憲法違反を堂々と遂行)と「オッカムの剃刀」という原理が問題なのではと思う。

ブコウスキーというアメリカの酔いどれ詩人がいた。ビートたけしがブコウスキーを絶賛するはるか前から・・「アメリカを理解するのにはブコウスキーを読んだほうがいい」と、知り合いの誰彼に薦めたもんだった。その思いは今でも変わらない。
大恐慌以来の彼の過酷な自伝的物語は、アメリカという非情な社会を最底辺から照らし出すものだと思う。

さらに彼がそれだけの物書きでないと思った理由を辺見庸「眼の探索」(朝日新聞社)から引用したい。
《「政治ほどくだらない」という、一意直到の、そして彼にしてはちょっと珍しい大真面目なエッセーがある。答えがタイトルにある仕掛けで、なぜ政治を書かないのか、そのわけを縷縷とつづっており、これがなかなかのテーマ論、マスメディア論、反核論にもなっている。
 1968年一月、水爆を搭載した米戦略空軍のB52がグリーンランド沖で墜落sた。エッセーによれば、これへの注意と反発を逸らすために、米政府は北朝鮮による海軍情報収集船プエブロ号拿捕事件を大宣伝して、愛国心をかきたて、結果、マスコミは墜落事件報道を縮小していった、という。作家はそれに苛立ち、「自分たちの命が愚かな連中の手中にあることに気づく・・」と書き、良い政府などありえず、「あるのは悪い政府と、もっと悪い政府だけだ」といいつのる。》

注:「オッカムの剃刀」とはースコラ哲学者オッカムが用いた原理で、ある事がらを説明するのに不必要に多くのことを仮定してはならないという原理。
僕の好きなSF作家カール・セーガンは「二つの異なる説明があるとしたら単純な方を選んだほうがいい」と簡略に説明。
剃刀というだから当然「髭」が想定されているが・・髭の濃いほど怪しいというのがオッカムのこの原理の基本的な考え。

◆121. 2010年3月26日 00:52:41
結局 「飯島勲」の名前を広めないためのカモフラージュ騒動だろ(注:一連の検察への圧力)
ニュースの価値すらないはずの男
しかし 何かを知ってるので 消される可能性あり
このコメントがかかれていた記事「スクープ!!生方議員、離党へ!!」はー『ここ』

沖縄の基地移転問題についての正論はー

2010年03月25日 | 政治
《そもそも普天間の移転と辺野古の基地建設は別々の話だったのに、マスゴミが関連付けて報道したせいで、アメリカにつけこまれ日本政府は選択肢が極めて減ってしまったというアフォ話。普天間の部隊はどうせグアムに移転するんだから、日本政府が移転先を決めてやる必要はないし、辺野古はアメリカの環境アセスメントで不可となっているので、放置しておけば建設はできない。日本政府はこの問題はほっとけばいいだけ》
このコメントが書かれていた記事「鳩山政権の役割は終わった。次は菅直人政権だろう。(文藝評論家・山崎行太郎の『毒蛇山荘日記』)」はー『ここ』

ただ僕としては、優柔不断な鳩山総理で参院選挙を戦った方がいいのではと思う。その理由はー①民主党の大勝を防ぐ ②売国的閣僚たち(平野、岡田、北澤、前原、長嶋等)の正体をもっと国民が知るべきと思うので。

◆民主党の公約や役割とは、子供手当てや農業保障や高速道路無料化や天下り禁止のように・・従来は中間の利権まみれ官僚や天下り官僚のための○○法人、大企業・農協等の利権団体に中抜きされていた税金を直接国民に届けて、貧困・景気回復ということだったと思う。
さらには、「脱日米軍事同盟」と「冤罪利用して暴走しこの国の主人面をする検察警察等からの脱官僚」だったと思う。
これらについての記事「自衛隊一佐の暴言を放置続ける民主、社民の連立政権」はー『ここ』

・・社民党の存在意義がかかってるなと思う。自衛隊は誰がみても憲法違反の「軍隊」であり、それをどうするのかが問題であり、僕はそれは「専守防衛」「徹底的なシビリアンコントロール」「国境警備隊へ向けての武器の質量の改変」だと思う。(列島国家に陸上自衛隊は必要ない・・戦車などいったい何処で使うというのか)

怒れる物書きの系譜

2010年03月24日 | 日記
それは、戦後は坂口安吾から始まるのではと思う。
◆僕が学生時代に読んで目から鱗だった本はまだ「青空文庫」にアップされてないので「安吾の新日本地理 高麗神社の祭の笛」はー『ここ』
◆その頃飛騨に住んでいたので特に懐かしい「安吾の新日本地理
飛騨・高山の抹殺」はー『ここ』

安吾が孤軍奮闘して芥川賞に推薦した松本清張(同じ選者三島由紀夫は大反対して「それなら選者を辞める」と)や、同じく文壇から傍流で仲のよかった開高健、竹中労・・
そして、戦後最高のドキメンタリー作家松下竜一こそは、松本清張の後継者だったのではと思う。

つい最近では辺見庸(開高健をもう少し詩的にした感じかな)だろと思い、今日図書館から借りてきた本は、辺見庸が三冊と、「坂の上の雲」(下)と、開高健。
冒頭真っ先に、永山則夫の死刑についての記述がある。永山則夫について書かれた文は、寺山修司と竹中労以来だな。

「この部屋の一番明るい所が、一番暗くなる所であるとは、私は気がつかなかった」(永山則夫『無知の涙』河出文庫より)

◆政党・政治家を判断するための二つの軸とはー
それは税金についてと、遵法についてではと思う。
税金についてはー
①税的負担増か負担減なのかと(僕の立場は経済的破綻を防ぐために後者) ②特定者・特定団体のために使うのか、それとも貧富差を解消するための再配分機能の増大なのか(同じく先進国中で最悪となってしまった貧困層救済のために後者)

官僚や大企業等・・の正当さが皆無の従来の特権層(選挙で選ばれたのでもないし法律的に特権的地位が明記されてるのでもない)の立場は、税的負担増やさらなる貧富差の増大となる法人税減税・消費税増税等や、従来でも罰則が甘かった違法行為をさらにやりやすくするための法律やシステムの改悪だ。

冤罪事件の多発(前近代的な取調べ等の可視化なしには防ぐことが不可能)や、裁判官が裁判結審の日時や証拠までをあらかじめ決めてしまう裁判員制度が典型的だ。

上記の軸に沿って、すべての政党・政治家を判断・査定すべきではと思う。

嘘だらけ法人税、米国の属国化&昨日の小説の冒頭部分

2010年03月23日 | 日記
法人税の減税や消費税増税という・・自公でもやらなかった暴挙を民主党が目指すのは自殺行為というしかない。米国のさらにいっそうの属国化も。
◆嘘だらけの法人税についての記事「日本の大企業負担(法人税・社会保険料)は他国より軽い - 法人税減税でなく欧州並みの負担増を」はー『ここ』
◆「強請りたかりの米政府ー普天間基地の海兵隊について、アメリカは日本にあと30億ドル出せと言っている」はー『ここ』

ー「隠し部屋を査察して」エリック・マコーマックよりー(2)
第一章

 この入植地をつくった人々は、渓谷のヘリにあるフィヨルドの近くに建物を建てた。渓谷の両岸は古いケーキのようにぼろぼろとくずれているが、建物はしっかりしている。地面にうずくまっているような建物の地下には、かなり広い貯蔵室がある。
<地下室>、あるいは<地下牢>とよぶほうがふさわしいのだが、ここでは<隠し部屋>とよぶことが好まれる。とりわけ、地上部分に住んでいる管理人たちは、地下の状況を自慢げに力説する。隠し部屋には最新設備がそろっていることを、わたしとしても否定するつもりはない。すべてを査察して、わらマットの木製寝台や、セメントの壁にとりつけられた水道の蛇口や、急ごしらえの粗末な本棚やテーブルといった、快適な設備がととのっていることを証言できる。それでもときには、厚さが三十センチもある防音材や、拡声器からたえまなく流される陽気な行進曲といった涙ぐましい努力にもかかわらず、いわゆる<隠し部屋の住人>の苦悶の叫び声が、あらゆる障壁をつらぬいて、通行人の耳にまでとどくこともある。ほかの隠し部屋の住人がその叫び声を聞きつけるのは物理的に不可能なはずだが、つねにだれもが聞きつける。そうだ、聞きつけるのだ。フィヨルドの巨大な裂け目に沿った峡谷を吹きぬける風の、たえまないすすり泣きと混じりあって、それはまぎれもなく、彼らの不幸という事実をあらわにするのである。

 ところでこの入植地だが、かつては森林だった大地の渓谷に沿って建設され、多くの地区に分けられている。各地区は六棟の建物で構成され、それぞれに隠し部屋があって、それらとはべつの建物に査察官が住んでいる。それというのも、各地区には政府から査察官が派遣されて、ほかの建物とそっくりの七番目の建物に住んでいるのだが、そこには隠し部屋がないのである。<査察官>と書かれた名札がドアに釘づけされている。

かくいうたたしも査察官であるが、わたしが担当している地区の建物は、縫合した傷のようにぎざぎざの渓谷のへりに並んでいる。この仕事は、ひきこもりがちな人間にはぴったりである。月にいちど、六つの建物の隠し部屋を査察して、報告書を作成する。月末になると、政府の特使が回収された報告書をもとにして、管理人は有能であり、隠し部屋の住人の世話はいきとどいていると当局に報告する。残りの時間は、自宅で本を読んだり、日記を書いたりしてすごす。行政当局は、あらゆる戸外活動や地区間の交流を認めていないからである。管理人たちが集会を開くこともないー少なくとも、招かれたことはいちどもない。

査察は必要である。これまでの経験から、管理人たちがかならずしも信用できないことはわかっている。彼らはいつも微笑をたやさず、隠し部屋の住人についてたずねると、心配ないとでもいうように頭を振って、いかにももっともらしい言葉を口にする。
「・・とてもしあわせそうですよ・・」
「・・よくなっていますよ・・」
「・・もうすぐよくなるでしょう・・」
 だが、いかにも愛想のよさそうな瞳をのそきこんでいると、しだいに不快感がつのってくるのである。

行政当局の指示にしたがって、すべての建物は茶色に塗られている。昨年の指定色は濃紺だった。建物には窓がなく、軒樋もない。庭をつくることは禁じられている。そのために、慣れないうちは、それぞれの建物を見分けるのはむずかしいだろう。だから管理人たちは、それぞれの建物に凝った名前をつけ、それを木の板に焼き付けて、ドアに吊るしている。こうしてそれぞれの建物は、個性的な特徴がほとんど剥ぎとられた風景のなかで、それなりに個性を発揮しているのである。建物のまわりの広大な森や大地は、平坦にならされている。それぞれの地区は、丈のある茶色のキャンパス地の背景幕によって、ほかの地区や渓谷からさえぎられている。遠く離れたフィヨルドの崖を乱打する波の音に干渉しようとする試みは、一切なされなかった。その音は不規則であるが、すべての建物をわけへだてなく抱擁しているからである。

査察の時期になると、わたしはいつも、むせび泣きがしばらくやんでいるときに訪問を開始する。それは<静かな時期>とよばれている。むせび泣きがやまないときは、査察を中止することもある。「タイミングがすべてだ」というのが、わたしの前任者のせりふだった。そういうことにしっかりした男で、「査察とむせび泣きが重なったら、査察官のだれひとり生き延びることはできないだろう。どんなに意志が強くても、あのむせび泣きにむしばまれてしまうのだ」ともいった。

いつものように、まず最初に<貿易風>の茶色に塗られたドアをノックする。広大な凍土地帯のただなかにある建物にしては変わった名前であるが。
 ドアがさっと開かれる。かなりふとった丸顔の中年女が顔をのぞかせる。わたしだということはわかっているくせにーその年、彼らを訪れるのはわたしだけなのだからーいかにも驚いたふりをしてみせる。査察はまるで儀式のように進行する。器量の悪い女か赤ら顔の大男。ふたりとも実直そうで、実直そうにふるまうことに慣れている。わたしはいつでも薄暗い部屋に案内される。黒っぽいマホガニーの家具のならんだ鏡のない部屋である。いつでも厚い詰め物をした肱掛椅子をすすめられる。いつでも、たまたま淹れたばかりのお茶をすすめられる。いつでも、わたしは断る。

はじめてこの地区を査察したときに、<貿易風>という名前にはびっくりした。といったことを憶えている。こんなところで、どうしてこんな名前を選んだのかとたずねたところ、器量の悪い女だったか、赤ら顔の大男だったか、いまでは憶えていないが、どちらかが大笑いして、それはこの世でいちばん自然な名前だといった。絶対に、この世でいちばん自然な名前だと。それ以来、名前についてたずねたことはいちどもない。

このあたりで、いつも儀式はぎくしゃくしはじめる。ふたりの微笑やおしゃべりの背後に不安が顔をのぞかせる。そろそろ隠し部屋の住人に会わなければならないと告げると、予想どおり、ふたりはしばらくためらってから、彼の状態についてあいまいな口調でつぶやく。
「・・だいぶよくなっていますよ・・」
「・・今日は静かでね・・」
「・・ほんとに愉快な人です・・」
ここまでくると、ふたりがわたしをいやがっていることがはっきりしてくる。
 だが、ここでやめるわけにはいかない。隠し部屋の近くに吊るしておくことが規則で定められている赤いエナメル塗りのカンテラをはずしてー階段には電灯がないのだー黒っぽいマホガニーのテーブルにのせてから、ふたりに弱みを見せないように、マッチをしっかり握って火をつける。男が居間の隅のくたびれたカーペットをめくると、落とし戸が現れる。男はその扉をいかにも重そうにもちあげて壁に立てかける。わたしはためらわずに闇のなかに降りていく。
 カンテラの光は階段を一段ずつ照らしだす。それを追って階段を降りていき、明るい光の輪に照らされた石畳にたどりつく。隠し部屋の鉛色の扉が目の前で湿っぽい光をはなっている。わたしは足もとにカンテラを置いて、格子窓のスリットを横にすべらせる。

 かびくさいにおいがむっと鼻をつく。湿っぽい腐敗臭である。いつものようにからだをまるめて、ひとりの男が寝台に横たわっている。顔に腕をのせて、天井の格子電球から顔をそむけている。かすかな声で、なにやらリズミカルにつぶやいている。男にはいわくいいがたい気品のようなものがある。乱れた灰色の髪とぼさぼさのひげづらをおおう腕は、下生えに横たわる倒木を思わせる。
 わたしは男に話しかけない。たとえ隠し部屋の住人が話しかけてきても、わたしはなにも話さない。わたしの職務ははっきりと規定されているのだ。わたしの仕事は査察であって、彼らとは視覚的接触しか許されていない。生きていくためには、そうするしかないのだ。
 この男は、ほかのすべての隠し部屋の住人とおなじように、われわれのファイルにも名前が記載されていない。だが、名前は奪われているが、行政当局にとって興味深そうな行動を記録するために、査察官は彼らのこれまでの病歴を熟知することになっている。それがどのような行動なのか、いまだにはっきりしないが、前任者の忠告にしたがって、なにもかも報告することにしている。
 わたしが格子窓から観察しているこの男は、北部地方からやってきた大家族の最後のひとりである。数百年のあいだに、男の先祖たちは、荘園の建物のまわりに人工の森をつくりあげた。十六世紀なかばから、天然の樹木や、家屋のまわりの潅木を丁寧に抜きとり、せっせと複製をつくってきたのである。細部はそれほど正確ではないが、全体としてはみごとな複製であった。初期の素材は針金を芯にした紙だったが、そのうちに、プラスチックと合成支柱になった。彼らがつくりあげた樹木には、アサダ、チンカピングリ、ベブヤナギ、ハナミズキ、あるいは、バルサムの採れるハコヤナギ、ヒッコリー、ブラクデドバルサム、あるいは、神樹、苺樹、生命樹、衰退樹、ユダの樹、などがあった、彼らは根まで複製し、精巧な工学技術を駆使して、天然の樹木を抜きとったあとの穴に挿入した。
 その結果はじつにみごとなものだった。遠くから見れば本物そっくりの、何千ヘクタールにもわたって広がる人工の森林である。その恒常性は季節の変化に左右されなかった。秋になっても、枯れてゆく樹木は一本もなかった。
 
 われわれの行政当局が権力を掌握すると、そのような異常な行為はすべて禁じられた。昆虫のようにつややかな青い制服を身にまとい、火炎放射器を手にした選りすぐりの青衛兵連隊が、森林を焼きつくせという命令を受けて派遣された。
 焼却がはじまった。巨大な雲のような黒煙と火花が大気にたちのぼり、はるか遠くの首都からも見えるほどだった。森林は破滅を迎えた。
 だれもが予想していなかったのは動物だった。炎が森林のへりに迫ったとき、まるでテーブルにこぼした水のように、何千頭もの森林動物たちが兵士めがけて殺到してきたのである。豪胆さで選ばれた青衛兵たちすらもおびえさせたのは、不自然な知性にきらめく瞳ではなかった。ポリフェニックな咆哮(わたしは報告書のことばを使う)でもなかった。観察者たちのことばを借りれば、それは動物たちの姿そのものだった。いままでだれも、そのような生物を見たことがなかった。全体的な姿は、ウサギ、リス、シカ、クマといった、森でよく見かける動物に似ていたが、その走り方は関節がはずれたようにぎくしゃくしており、その姿はなんとも形容しがたいものだった。異様な知性を宿した多色の瞳は、頭とおぼしい球状のふくらみにでたらめにとりつけられていた。口は胴体のあちこちにぽっかりと開いた穴にすぎず、歯のかわりのようなぎざぎざの骨に縁取られていた。四肢の位置もでたらめで、背中や腹から意味もなくつきだしているものもあった。これらの動物たちが炎に近づきすぎると、ふいに溶けて液体になってしまうか、生きた榴霧弾のように破裂してしまうのだった。青衛兵たちは冷静を保って皆殺しにせよと命じられた。
 
 この隠し部屋に横たわっている男は、青衛兵の行為を目撃すると、「人殺し!人殺し!」と叫びながら突進してきた。わきに押しやられると、すすり泣きながら、せめていくらかでも生かしておいてくれと懇願した。そのことばも無視されると、しばらくしてから、また突進してきたが、今度は山刀を振りまわしたので、彼らは身を守るために、やむなく男を殴り倒したのである。
 焼却の一夜があけて、広大な森がくすぶる石筍の共同墓地と化してしまうと、男はここに移送されてきた。それ以来、このようななんともいえない姿でここに横たわっている。ここ何年間も、ひとことも口をきこうとはしない。なにかしゃべったとたんに姿が消えてしまうとでも思っているかのようだ。われわれの行政当局は、いつの日にかこの男が口をひらいて、森に生きていた鳥たちについてしゃべることを期待している。鳥たちは山火事のあいだに姿を消してしまったが、いまでもときおり国じゅうで目撃されており、鳥というよりもむしろ空飛ぶ土くれのように、こどもたちの頭上をぎこちなく飛びすぎては、彼らをびっくりさせているのである。

 けれども、男はなにもしゃべらない。ときおり声を殺してすすり泣くばかりである。そしてそれは、隠し部屋の住人たちのむせび泣きをいざなうこともある。
 わたしは格子窓を閉めて急な階段をのぼっていく。管理人に礼をのべてから(ふたりの安堵は歴然としているが、わたしの安堵は隠されている)、消したばかりのカンテラのにおいに吐き気をもよおさないうちに、冷えびえとした空気のなかに出ていく。最初の訪問はこうして終わる。
 わずかなちがいはあるが、残りの建物でも、ほとんどおなじ儀式がくりかえされる。人は好いが信頼できない管理人たちの、いかにももっともらしい驚き、湿っぽい隠し部屋への湿っぽい降下。訪問の終わりに双方が憶える心からの安堵。われわれはみなひとつの大きな希望を共有している。あのむせび泣きがはじまらないことだ。なにが引き金になるのか、だれにもわからない。いまのところ、査察官であるわたしにも、管理人である彼らにも、隠し部屋の住人を理解できないことだけがわかっている。ひょっとすると、行政当局がつきとめたいと思っているのは、彼らのむせび泣きの秘密なのかもしれない。
 この地区には六人の隠し部屋の住人が住んでいる。わたしはひとり残らず知っているが、ほんとうはなにも知らないのだ。彼らはいつまでも親しい他人のままだろう

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2010年03月22日 | 日記
◆検察に圧力をかけたのは、どうやら、小泉元首相やその一番の部下だった飯島元秘書官らしいという記事「亡国のイージスは大慌て!?飯○某さん自ら陰謀だった事を告白!?」はー『ここ』

ー「隠し部屋を査察して」エリック・マコーマックよりー
「第三章」
この地区には、六人の隠し部屋(地下牢)の住人と、十二人の管理人と、ひとりの査察官が住んでいる。行政当局がだれを隠し部屋の住人にしてだれを査察官にするのか、わたしのような人間にはほとんど理解できない。

 不思議な城壁と監視塔のある首都にはじめてやってきたとき、わたしは命じられるままに、住所と名前を警察に登録した。生まれてからずっと暮らしてきた、北の海のほとりの辺鄙な漁村の名前も登録した。折り目のついた書類から情報を書き写しながら、警官は疑わしそうにわたしをみつめた。

その夜遅く、黒い外套をまとったふたりの刑事が、わたしの泊まっていた安宿の扉を音もなく押し開けて、きわめて慎重にわたしを拘束した。窓を黒く塗りつぶしたリムジンで首都の監獄にもどる途中、ふたりは書類偽造の罪でわたしを告発した。そのような名前の村は存在しないというのである。わたしは笑った。とても小さな村だから、地図には載っていないかもしれないが、何世紀も前から存在してきたし、三百人の村人がいて、そのひとりひとりがわたしのことを知っていると答えた。

ふたりは反論しなかった。わたしは都市の監獄に一晩監禁された。煉瓦の壁で囲まれた小さな独房で、ここの隠し部屋とはまったくちがっていた。やかましい蝉の声に心を慰められながら、わたしは寝棚に横たわった。真夜中に、その蝉の声がぴたっとやんだので、ひどく不安になった。

翌朝、不安に疲れはてたわたしは、看守にひきだされて尋問室につれていかれた。そこには監獄の司令官がすわっていた。こぎれいな身なりの太った男で、引退した青衛兵の将校だった。その顔には、わたしに対する同情のかけらもなかった。わたしはくたびれた木の手すりの前に直立不動させられ、司令官が手短にこういった。
「われわれは北部にあるすべての機関を動員しておまえの陳述を調査した。おまえが主張するような村はどこにもないと彼らは断言した。われわれのファイルにはおまえの名前は載っていない。ひきつづき拘留して、数日後に法廷に出頭させることになるだろう」
司令官はふいに立ちあがって尋問室を出ていった。

 独房にもどると、わたしを助けるために指名された弁護人が待っていた。左頬に茶色のほくろのある小柄な男で、くたびれたような声をしていた。わたしは自分の村についての説明をもういちどくりかえした。出発した朝のことは鮮明に憶えていた。あのときでも、なんとなくこれが見納めのような気がしたものだ。わたしは丸石を敷きつめた通りの左右に並んだ花崗岩の建物について説明した。郵便局、ビジネスホテル、雑貨店、尖塔のある教会、引き潮のときに陽光にきらめく波止場、マッチ棒のように乾いて直立した杭。凪いだ海に飛びこんでいく鋏のゆな尾の海鳥たち。深みにはまって必死に泳いでいる犬のように、漁場へと船出していく数艘の漁船(そのうちの一艘はわたしの父が船長をつとめていた)。太古の化石のように、油にまみれた砂から顔をのぞかせている船の残骸。

 わたしにかわって証言してもらうために、わたしは百人の村人の名前をすらすらとあげてみせた。弁護人は納得したらしく、なんとかしましょうといってくれた。左頬のほくろが、まるで独立した生き物のようにひくひくと動いていた。

二日後、早朝に叩き起こされて、顔を洗ってひげを剃れと命じられ、ふたたび司令官の前につれていかれた。彼はこの前よりもこざっぱりとして、いかめしそうだった。弁護人の主張により、行政当局の役人がわたしの村があるという地域を訪れたと、司令官はいった(その弁護人は、わたしの視線を避けるようにしながら、部屋の隅に立っていた。ほくろがひくひくと痙攣していた)。村など影も形もなかったが、海岸の近くに、通りの痕跡や黒焦げになった柱や煉瓦やモルタルの破片といった、ついこのあいだまで村だったかもしれない廃墟があった。

 もっと恐ろしいことに、近くの牧草地で、ブルドーザーで盛りあげられたばかりの巨大な小山がみつかった。なにか想像を絶するものが埋められているのかもしれない。

 司令官はぐっと声をひそめた。
 海岸の松林のなかに、たったひとつ、無傷の建物が残っていた。警察の報告によれば、建物は無人だったが、刈りこまれたイボタノキの垣根と満開の花が咲き乱れる裏庭の、本来なら平坦なはずの芝生に、なにかを埋めたような痕跡がみつかった。近くにころがっていた柄の長いシャベルを使って、慎重に掘りすすめていくと、なにか固いものにぶつかった。はじめは大きな茶色の革鞄のようだったが、土をとりのぞいて穴からひっぱりあげてみると、なんともおぞましいことに、それは骨も内臓も抜きとられた若い娘のなめし皮だった。どこも傷んでおらず、手触りはパンクしたタイヤのチューブのようだった。中身は傷ひとつ残さずに取りのぞかれていた。
 顔のあたりの泥をこすり落としてみると、びっしりと刺青がほどこされているのがわかった。警察のひとりが胴体の部分を洗ってみると、頭からつまさきまで、細かな文字が整然と刺青されており、まるで湿った地下室に放置されていた古新聞のようだった。
 警察は娘の死体をくるくると巻とって、専門家に鑑定させるために、スーツケースにおさめて首都まで運んできた。
 わたしを嫌悪しているかのように、司令官の瞳がぎらついた。
「したがって、調査が完了するまで、おまえはこの監獄に無期限拘留される。以上だ」

一年前、きらめく夏の日に、わたしは武装した青衛兵のオートバイ部隊に護送された軍用ジープで、この入植地につれてこられた。到着すると、この地区の査察官に指名され、ただちに任務につくよう命じられた。わたしはこの査察官の建物に送りこまれ、前任者の最後の報告書と隠し部屋の住人のファイルをたわされた。

 暗い時代である。わたしはよく眠れない。埋葬されていた娘のことが脳裏から離れないのだ。あれからなにがわかったのか、どうして行政当局は教えてくれないのだろう? あの男は不平をもらしていたなどと、管理人たちに密告されるのを恐れて、わたしは体面をつくろうのに汲々としている。いかなる形であれ、彼らと親密になるのも避けている(ここではたやすいことだが)。どんな犠牲をはらっても、あのむせび泣きに加わりたいという衝動をぐっとこらえている。聞こえるかい? よく聞いてごらん。慣れないうちはわかりにくいかもしれないが、そうだ、あの声だ。聞こえるだろう。低い太鼓のような遠い潮騒にまじって、たえまなくフィヨルドを漂いつづけ、ついには北風のはてしないうめきに収斂していく、悲鳴のようにかすかな悲嘆の歌が。